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第14章 リヒトさんは、何も悪くない

挿絵(By みてみん)



あの日、ツヴェルフェト大学から二人で帰ったとき、僕は、リヒトさんを得たと思ったのだ。


彼女は、「大神殿に帰りたい」と言ってくれた。

僕のそばに戻って来てくれた。

泣きながら、僕に気持ちをさらけ出してくれた。


それが、震えるほど嬉しかった。


そして、その喜びを、僕は彼女に伝えたのだ。

「僕は嬉しいです……貴女と共に大神殿に帰ることが。」…と。


そうしたら、彼女は涙を流したのだ。

そして、僕に、顔と体を寄せてくれて、

僕も彼女に寄り添って…


夕暮れの一番星の下、これからは、ずっと二人で歩んでゆくと、僕は思ったんだ。


****************


それがどうだ。


それからのリヒトさんは、再生(リザレクション)計画に妙に積極的で、自分でもあれこれと提案するようになった。

人間の感情を分析した表を作成して、今はコレコレが再生(リザレクション)できた、次はドレソレが目標だ、などと言った時には心底…


…心底腹が立った。


その馬鹿げた表のうち、「喜」が「再生(リザレクション)済」になっていることに至っては、最悪だ。

まさか、僕が、あの一番星の下で、共に帰れることが嬉しい、と言ったことで「表が埋まった」とでも?


僕は、リヒトさんを置いて席を立ってしまった。

彼女の落ち込む顔が目に浮かぶようだったが、とても耐えられなかった。


*******************


この2ヶ月間、リヒトさんと僕は、一事が万事この調子。

リヒトさんは借りてきた猫のよう。

僕は反抗期の幼児のよう。


彼女の気が変わったのか?

どこかですれ違ったのか?

いや、あの一番星の下の僕の喜びは、そもそも勘違いだったのか?


リヒトさんに会うたび、彼女が懸命に再生(リザレクション)計画を進めようとするたび、

僕の苛立ちは募っていった。


ロベルトとステファニーも、どうして彼女を止めないのか。

僕の苛立ちには気づいているはず…

…しかし、彼らの対応は当然だ。


再生(リザレクション)計画を立てたのは十二支、

利用している猫族(フェリス)は協力的、

実際に僕の感情も再生(リザレクション)され(この計画においては「苛立ち」もまた望ましい感情なのだ)ているのだから。


リヒトさんは間違っていない。

しかし、彼女に裏切られた気がする。


一緒にいると苛立って、

その一方で、絶対に手離さない。

夜な夜な夢に見るのに、

昼は目を合わすこともろくにできない。


明日から春の十二支会議が始まるという夜、

僕は、そっと一枚の手紙を取り出した。


”シリウスへ

貴方は何も悪くない。

全部私が悪いのです。

本当にごめんなさい。

リヒト”


ロベルトから、僕に会わないままリヒトさんが大学に戻ったと聞いてすぐ、

彼女の部屋に走り込んだときに見つけた、僕への、彼女からの手紙。


これを読んだ僕は、従僕も親衛隊も振り払って、

単騎、全力で、ツヴェルフェト大学に向かったのだ。


僕は手紙に手を当てた。

温かい気がする。

こんな優しい女性に、どうして僕は、全力で優しくできないのか。

どうして………


*********************


次の日、各王たちへの挨拶のため、謁見の間に入ってきたリヒトさんを見て、

気恥ずかしい話だが、僕の胸は、高鳴るだけ高鳴った。


いつもは平民服を通しているリヒトさんが、控えめながらも、正装していたのだ。


なんて可愛いんだろう!

なんて可愛いんだろう!


各王の手前、平静を装っていたが、

僕は、ここ2ヶ月ほどの空白を埋めるかのように、穴が開くほど彼女を見つめた。


その後は、久しぶりに獣化したリヒトさんに襲われたり、

制服に身を包んで懸命に仕事をする、可愛いリヒトさんの姿を見られたりと、

久々に、「妙に頑張るリヒトさん」から解放され、会う時間は少ないのに、大いに満足していた。


リヒトさんが書記担当となる会議など、否応なく身が入るし、

職員室の近くを通るタイミングでは、聞こえるかもしれないと期待して、あえて大きい声で話してみたりと、

まったく大王らしからぬ行動をしていたと思う。


それに…リヒトさんたちが、朝の訓練場に「覗き」に来たとき。


ツムギとクロエは、神通力で周囲から自分たちを遮断していると思っていただろうが、

そういった類のものですら、神鼠の僕には通じない。


そのおかげで、僕は、風を受けて広がる「リヒトさん」を、

下から見上げる恩恵に与ったわけなのだ。


************************


園遊会が始まる。


思惑渦巻く社交の場は嫌いだ。でも、大王の役割だから仕方がない。

顔と名前と関係と人柄と要望と苦情と敵味方の別を、一人ひとり記憶し、変更について更新する作業だ。


「シリウス様」


フレドリックの隣でマリアが礼をする。


「お久しぶりです。お元気でしたか。」


と機械的に口にしたが、ふと、何か絶対に忘れてはいけないことを忘れている気がした。

記憶を司る神通力を持つ僕が、である。


続いて進み出たのは、フレドリックとマリアの両親。


「マリアは今日お会いできることを本当に楽しみにしていたのです。

いつも、シリウス様のお話ばかり。」


「礼儀作法、勉強、教養…本当に、親も驚くほど、毎日熱心なのです。」


「婚約の日までに、シリウス様に恥じない女性になる、と、まあ、それはもう一生懸命で。」


その瞬間、脳髄に槍が刺さったような衝撃を受けた。


…【婚約】…?


僕は初めて会った人を見るようにマリアを見た。


そうだった。2年後に、僕は、この人と「婚約」する「予定」なのだ。


………猫族フェリスなければ、大王で、無敵で、強くて、頭もよくて…きれいなお姫様の婚約者までいる君とは、本当は会うことなんてない!


………君には分からないんだ!惨めに生きる私が、もっと惨めになるこの気持ちが!


………もう君の前から消えるから…


リヒトさんの声が、泣きそうな彼女の表情と共に、竜巻のように僕の脳裏を駆け巡った。


その間もリュウザキ夫妻は満面の笑みだ。


「婚約してからですと、時間が少なくて、十分な王妃教育ができないですもの。ねえ?」


「お、お母様!まだ婚約もしていないのに、王妃などと…」


…【王妃】…?


つまり、数年後、僕は、マリアと結婚して、

「ずっと二人で歩んでゆく」ことを神に誓うのか?


そうだ。そうなんだ。


婚約は…たといそれが「予定」に過ぎないとしても、

子供の僕が、その意味を深く理解せずにいたとしても、

僕がマリアと結婚して共に歩むことを、周囲に確信させる力を持っているんだ。


僕の立っている地盤がグラグラと崩れ落ちた。

地獄の魔物に激しく肩を揺さぶられているようだ。


謝るべきなのは僕だ!


”貴女は何も悪くない。

全部僕が悪いのです。

本当にごめんなさい。”


***************************


その時、回廊からこちらを見るリヒトさんが見えたのだ。

中座して、ほとんど走るように向かうと…


…リヒトさんは泣いていて、テオがそれを慰めていた。


そして、テオは彼女の手を取り、

彼女はテオと去っていった。


その二人の後ろ姿に、僕は声を掛けることもできなかった。


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