第13章 楽しめていますか、一度きりの人生を
春の十二支会議が始まって、数日が経った。
各州の王たちはもちろんだが、特にシリウスは、分刻みの予定のようだ。
大神殿、王宮を慌ただしく行き来する様子が伝わってくる。
勉学はもちろん、食事も共にとっておらず、顔もろくに見ていない。
再生計画はすっかり休暇状態になったものの、
動いていないと落ち着かない私は、昨日から、十二支会議の臨時職員として稼働することになった。
今日の午前は、公聴会の書記。
時間になり、黒を基調に金の刺繡が施された重厚な服装で、シリウスが議場に現れた。
シリウスは、終始落ち着いて議事を進める。
質疑応答も端的で的を射ている。
判断の説得力がオーラと相まって圧倒的だ。
釘付けになりそうな自分を戒めて仕事に臨んでいたが、周りを見ると、少なくない人々が、度々シリウスに目を奪われて手を止めている。
不思議と、そうした人々の様子は、私の心に開いた穴を埋めてくれた。
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午後、大神殿の庭園では、園遊会が開かれている。
商工会など各種団体の代表、各州の王の親戚などが一堂に会して、
シリウスを始め王たちに挨拶をしたり、互いに顔合わせをする、重要な社交の場だ。
その間も、私は、明日の会議資料の作成に追われている。
書庫に向かう回廊を急いでいるとき、賑わう庭園の中で、正装に身を包んだシリウスが目に入った。
思わず立ち止まる。
不可抗力の幸福が胸に満ちていく。
と、神竜のフレドリック様がシリウスの前に立った。
その隣でシリウスに優雅に挨拶をする少女…
誰に言われないでも分かる。マリア様だ。
緑がかった薄い金色の髪は長く、空気に溶けそうな柔らかさで、午後の光を優しく反射している。
フレドリック様と瓜二つ、おとぎ話から抜け出してきたような美しい少女。
ふんだんにレースをあしらった薄緑のドレスをまとった姿は天使のよう。
所作の美しさは、生まれ育ちから来る自然な上品さに溢れている。
マリア様は首を少し傾け、頬を染め、慕わし気な視線でシリウスに話しかけている。
シリウスも、真っすぐマリア様を見ているようだ。
前回会ったのは昨年秋の十二支会議のはず。
久々に会ったお互いの成長と美しさに、驚いているのだろうか……
「女が俊才だと嫁にもいけないだろ。」
「ここじゃ窓際なのに、色々不憫だな?」
あの学友たちの罵声が耳に蘇る。
喉に熱いものが込み上げ、見つめ合う二人の姿が霞んでいく。
急いで踵を返すと、サッと視界が塞がれた。
「なんで泣いてるん?」
見上げると、神蛇クロリ州の王テオ・ジャバシリ様が回廊の柱に腕をついて、
金色の目で私を見下ろしていた。
「いえ、泣いていません。」
慌てて瞬きをしたのが良くなかった。
溜まった涙が押し出されてポロポロとこぼれ落ちた。
テオ様が吹き出した。
「めっちゃ泣いてるやん!ええなぁ、自分!」
クックッと笑うテオ様の姿は、気まずい雰囲気を緩和してくれる。
私もつられて少し笑った。
テオ様は、濃く、深い金色の髪、つり目気味の切れ長の瞳が印象的な、涼やかな顔立ちをしている。
「どしたん?大丈夫?」
まだ吹きさらしの私の涙にテオ様が手を伸ばす。
頬にそっと触れられて、私はハッと後ずさりした。
「恐れ入ります。少々疲れてしまい…」
「シリウス様のこと?」
テオ様の整った顔が真っすぐに覗き込んでくる。
私は、この場から立ち去りたいのに、どうしていいか分からず、立ちすくんでしまった。
「なあ、泣くほど辛いことなんかやめたらええやん。
一度きりの人生…」
と、テオ様の目線と声が、スッと背後に逸れた。
「楽しまなアカンて。
……なあ、シリウス様?」
「泣いているんですか、リヒトさん。」
静かな声がヴェールのように私にふわりと掛けられた。
不覚にも再び涙が溢れそうで、振り向けない。
「シリウス様。僕が泣かせたんとちゃいます。」
「では、何があったのですか。」
「さて、それは…」
テオ様は、私の手をとって自身の胸元に引き寄せ、両手で包み込んだ。
「ご自身にお聞きください。」
シリウスは何も答えない。
テオ様は私の手を取ったまま言った。
「さあ、そこまでご一緒しましょう。
疲れたときは、誰かに頼らんとな。」
エスコートされて、私はテオ様と書庫の方へ歩き始めた。
振り向いて、君の顔を見たい。
君のそばに行きたい。
せめて、君の声を聞かせてほしい。
その願いは、一歩一歩、空間に阻まれて遠のいていく。
テオ様は黙って私をエスコートして進む。
こんなに近いのに、私はテオ様に対して、シリウスに対して沸き上がるような憎悪も食欲も湧かない。
そのことが、なお寂しかった。
書庫に近い回廊の角に来ると、私はテオ様に礼をした。
テオ様はしばらく地面に目を落としていたが、
「なあ、リヒト、さっきの冗談ちゃうで。
泣くほど辛いならやめたらええ。」
私は何も答えられなかった。
その真摯な優しさが、私を否定するからだ。
テオ様の均整のとれた後ろ姿を少しだけ見送ると、私は急ぎ足で書庫に向かった。




