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第13章 楽しめていますか、一度きりの人生を

挿絵(By みてみん)


春の十二支会議が始まって、数日が経った。


各州の王たちはもちろんだが、特にシリウスは、分刻みの予定のようだ。

大神殿、王宮を慌ただしく行き来する様子が伝わってくる。

勉学はもちろん、食事も共にとっておらず、顔もろくに見ていない。


再生(さいせい)計画はすっかり休暇状態になったものの、

動いていないと落ち着かない私は、昨日から、十二支会議の臨時職員として稼働することになった。


今日の午前は、公聴会の書記。

時間になり、黒を基調に金の刺繡が施された重厚な服装で、シリウスが議場に現れた。


シリウスは、終始落ち着いて議事を進める。

質疑応答も端的で的を射ている。

判断の説得力がオーラと相まって圧倒的だ。


釘付けになりそうな自分を戒めて仕事に臨んでいたが、周りを見ると、少なくない人々が、度々シリウスに目を奪われて手を止めている。


不思議と、そうした人々の様子は、私の心に開いた穴を埋めてくれた。


******************************


午後、大神殿の庭園では、園遊会が開かれている。


商工会など各種団体の代表、各州の王の親戚などが一堂に会して、

シリウスを始め王たちに挨拶をしたり、互いに顔合わせをする、重要な社交の場だ。


その間も、私は、明日の会議資料の作成に追われている。


書庫に向かう回廊を急いでいるとき、賑わう庭園の中で、正装に身を包んだシリウスが目に入った。

思わず立ち止まる。

不可抗力の幸福が胸に満ちていく。


と、神竜(しんりゅう)のフレドリック様がシリウスの前に立った。

その隣でシリウスに優雅に挨拶をする少女…


誰に言われないでも分かる。マリア様だ。


緑がかった薄い金色の髪は長く、空気に溶けそうな柔らかさで、午後の光を優しく反射している。


フレドリック様と瓜二つ、おとぎ話から抜け出してきたような美しい少女。

ふんだんにレースをあしらった薄緑のドレスをまとった姿は天使のよう。

所作の美しさは、生まれ育ちから来る自然な上品さに溢れている。


マリア様は首を少し傾け、頬を染め、慕わし気な視線でシリウスに話しかけている。

シリウスも、真っすぐマリア様を見ているようだ。

前回会ったのは昨年秋の十二支会議のはず。

久々に会ったお互いの成長と美しさに、驚いているのだろうか……


「女が俊才だと嫁にもいけないだろ。」


「ここじゃ窓際なのに、色々不憫だな?」


あの学友たちの罵声が耳に蘇る。

喉に熱いものが込み上げ、見つめ合う二人の姿が霞んでいく。


急いで踵を返すと、サッと視界が塞がれた。


「なんで泣いてるん?」


見上げると、神蛇(しんじゃ)クロリ州の王テオ・ジャバシリ様が回廊の柱に腕をついて、

金色の目で私を見下ろしていた。


「いえ、泣いていません。」


慌てて瞬きをしたのが良くなかった。

溜まった涙が押し出されてポロポロとこぼれ落ちた。


テオ様が吹き出した。


「めっちゃ泣いてるやん!ええなぁ、自分!」


クックッと笑うテオ様の姿は、気まずい雰囲気を緩和してくれる。

私もつられて少し笑った。


テオ様は、濃く、深い金色の髪、つり目気味の切れ長の瞳が印象的な、涼やかな顔立ちをしている。


「どしたん?大丈夫?」


まだ吹きさらしの私の涙にテオ様が手を伸ばす。

頬にそっと触れられて、私はハッと後ずさりした。


「恐れ入ります。少々疲れてしまい…」

「シリウス様のこと?」


テオ様の整った顔が真っすぐに覗き込んでくる。

私は、この場から立ち去りたいのに、どうしていいか分からず、立ちすくんでしまった。


「なあ、泣くほど辛いことなんかやめたらええやん。

一度きりの人生…」


と、テオ様の目線と声が、スッと背後に逸れた。


「楽しまなアカンて。

……なあ、シリウス様?」


「泣いているんですか、リヒトさん。」


静かな声がヴェールのように私にふわりと掛けられた。

不覚にも再び涙が溢れそうで、振り向けない。


「シリウス様。僕が泣かせたんとちゃいます。」

「では、何があったのですか。」

「さて、それは…」


テオ様は、私の手をとって自身の胸元に引き寄せ、両手で包み込んだ。


「ご自身にお聞きください。」


シリウスは何も答えない。

テオ様は私の手を取ったまま言った。


「さあ、そこまでご一緒しましょう。

疲れたときは、誰かに頼らんとな。」


エスコートされて、私はテオ様と書庫の方へ歩き始めた。


振り向いて、君の顔を見たい。


君のそばに行きたい。


せめて、君の声を聞かせてほしい。


その願いは、一歩一歩、空間に阻まれて遠のいていく。


テオ様は黙って私をエスコートして進む。

こんなに近いのに、私はテオ様に対して、シリウスに対して沸き上がるような憎悪も食欲も湧かない。

そのことが、なお寂しかった。


書庫に近い回廊の角に来ると、私はテオ様に礼をした。

テオ様はしばらく地面に目を落としていたが、


「なあ、リヒト、さっきの冗談ちゃうで。

泣くほど辛いならやめたらええ。」


私は何も答えられなかった。

その真摯な優しさが、私を否定するからだ。


テオ様の均整のとれた後ろ姿を少しだけ見送ると、私は急ぎ足で書庫に向かった。



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