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第11章 だから、茶番でいい

挿絵(By みてみん)


私は、鎮静薬を打ち込んで、部屋に籠っていた。


ここまでの再生(リザレクション)計画はそれなりに順調だったと思う。

でも、それを王たちの前で示せなかったことは、今後の計画遂行の大きな妨げになるはず。


何より、シリウスの血をほんの少し見ただけで理性が吹き飛んだことが、

私の心に、抜け出せないほどの大きく暗い穴を開けていた。


事前に鎮静薬を打っていたし、あの日以降、シリウスへの憎悪や食欲が緩和されていて、

理性が完全に飛ぶことはなくなっていたのだ。


それなのに、ほんの少しのきっかけで、シリウスに襲い掛かってしまったのだ。


*******************


ドアを軽くノックする音がした。何もかも面倒だったが、仕方なく「どうぞ」と呼びかけると、


「失礼します。」


とハツラツとした女性たちの声。


そこには神馬(しんば)の王ツムギ・ヤブサメ様と、神犬(しんけん)の王クロエ様が、食べ物や飲み物を両手に抱えて微笑んでいた。


「突然ごめんなさい。リヒト様とお話ししたくて参りましたの。」


「ツムギ様…クロエ様…」


唖然とする私をよそに、お二人はテーブルにいそいそと食べ物を広げ、私を囲んでソファに座った。


「ほら、リヒト様、こちらをどうぞ。

なつかしいエクウスの糖人参ですよ。お口を開けて?」


「糖人参!ツムギ様、私にもください!」


「もちろん、さあどうぞ。あーん。」


とピクニックのようなさざめきである。


「リヒト様、その様子ですと、先ほどのことを随分お気になさってますね?」


「…はい…」


「あれは、ユーリとフレディが悪い!

ア、アダム様だって、ヘラヘラ笑って役に立たないし…最低よ!」


「でも…皆様は…がっかりなさったでしょう…シリウスと私を見て…」


『シリウス…?!』


なぜかお二人は手を取り合って、ワクワクした目線を交わしている。仲良しか…


「ああ、親密な呼び方!なんて素敵!」


「それは…あの、色々とあって…」


「それに、がっかりなんてとんでもないわ。

本当に素晴らしいわ、シリウス様もリヒト様も!」


「そうよ!シリウス様が、あんなに怒ったり、ムキになったりするなんて初めて!

再生(リザレクション)計画は大成功よ!」


「ねえねえ、クロエ!ほら、あの襟元をひきちぎったの見た?」


「ああ…シリウス様のあのお姿といったら…もう…」


「『これは…』」

「『名誉の傷跡だ。』」

『尊過ぎるッ!!』


二人で肩を抱き合って、互いの背中をバンバンと叩き合っている。仲良しか…


でも、そんなお二人につられて私も元気が湧き、心が晴れやかになってきた。


「あの、本当に皆様、再生(リザレクション)計画が失敗だとか…シリウス…様への」


『「様」抜きで、お願い。』


「…シリウスへの評価が下がったとか…そういうことは…」


「ありません!絶対に!」


私の口にせっせと甘いクッキーを詰め込みながら、ツムギ様はきっぱり言った。


「それにここだけの話、ユーリもフレディも、シリウス様に嫉妬してるの。ずっと!」


プリプリと怒りながら(その姿も可愛らしい)クロエ様は、ローストビーフをご自分と私の口に運んだ。


「同じくらいの年で、お二人もすごい力をお持ちだけど…

シリウス様にはどうやっても勝てないものね。」


「いつも失礼なことを言って…

シリウス様が穏やかだから、これまでは何とかなってきただけよ!」


「特にフレディ様は、マリア様が婚約する話が決まってから…ね…」


********************


お二人は、ワインをどんどん飲んで、色々と話をしてくださる。

私も、少しワインを頂きながら、楽しい気持ちで聞く。


と、クロエ様がサラリと聞いた。


「ところで、リヒト様はシリウス様をお好きなの?」


「エッ?!」


あまりにも突然の打撃に避ける間もなかった。顔中に血が上る。


「あの…それは…どうして…」


「リヒト様、シリウス様ばかり見ているんだもの。」


「そんな…私は、再生(リザレクション)計画の手段に過ぎず…シリウスはこの国の大王で…マ、マリアさまもいらっしゃるし…」


『まあ…!!!』


お二人は同時に声を上げ、またも二人で手を組み合わせる。


「だから気持ちを隠して、ただ再生(リザレクション)計画に尽くしておられるのね?」


「なんて健気なリヒト様!!」


クロエ様が力強く宣言した。


「ツムギ様、私はリヒト様を推し…応援します!」


「え…?」


「クロエ、さすが貴女は心に忠実で、判断が早い…!マリア様も一途なんだけど…」


「天使みたいなのは認めます…でも!」


クロエ様が頬を膨らませた。


「十二支会議に、王でもないのに大神殿に来たり、何かとシリウス様に話しかけたり…」


「まさに、恋する乙女よね!」


マリア様の話は聞きたくない!でも…

…私は、目の前のワインを一気にあおった。


「あの、シリウスは…マリア様のことを…どう思っているんですか?」


私は顔を上げられない。私は、あの日、自分の心は死んだと思ったのに、結局、茶番だ。


「何の感情も持っておられません。」


あっさりとツムギ様は言った。

当たり前のことを確認したことが恥ずかしい…


「シリウス様は、2年ぶりに誘拐戦争からお戻りになっても…感情が戻ることはありませんでした。」


ツムギ様は遠く、暗い表情になった。


「お助けしたときの…シリウス様の凄惨なお姿は…」


ツムギ様はこらえきれないように唇を噛んでうつむいた。

クロエ様が言った。


「ツムギ様は、ロベルト様たちと共に、シリウス様を救出なさったのです。」


「シリウス様は、あの残虐な体験から、ご自分とツヴェルフェトを守るために感情を失ったのです。

でも、かえって、その孤独さ、強さ、美しさの虜になる人は多いわ。

マリア様もそう。

それがシリウス様にとっていいかは分からないけれど…

マリア様の一途さ、純粋さは、シリウス様の傷を癒やしてくれるかもしれないと思ったのです。」


何かから逃れるように、ツムギ様はワインを一気に飲み干した。クロエ様が言葉を継ぐ。


「今日、シリウス様が怒った顔…本当に驚いたわ。

あの場にいた王たちは、絶対に、みんな驚いていたと思う。

間違いなく、再生(リザレクション)には意味があると思っているわ。」


「そうですか…それなら、その点は安心しました。でも…」


私は空のグラスを口に傾けた。虚しい一滴が唇に滑り込む。


「でも、ご覧になったでしょう。

私が、シリウスを殺さない保証はありません。」


私は、自分自身にも言った。


「だから、茶番でいいんです。応援は、要らないんです。」


急にクロエ様が泣き出した。

ツムギ様が私を抱きしめ、クロエ様も重なる。

お二人の体温がじわりと私に染みとおる。


お二人に優しく包まれながら…


こんな風に、あの憎らしい少年王の温もりを感じられるなら、

今ここで死んでもいいと、私は思った。



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