第11章 だから、茶番でいい
私は、鎮静薬を打ち込んで、部屋に籠っていた。
ここまでの再生計画はそれなりに順調だったと思う。
でも、それを王たちの前で示せなかったことは、今後の計画遂行の大きな妨げになるはず。
何より、シリウスの血をほんの少し見ただけで理性が吹き飛んだことが、
私の心に、抜け出せないほどの大きく暗い穴を開けていた。
事前に鎮静薬を打っていたし、あの日以降、シリウスへの憎悪や食欲が緩和されていて、
理性が完全に飛ぶことはなくなっていたのだ。
それなのに、ほんの少しのきっかけで、シリウスに襲い掛かってしまったのだ。
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ドアを軽くノックする音がした。何もかも面倒だったが、仕方なく「どうぞ」と呼びかけると、
「失礼します。」
とハツラツとした女性たちの声。
そこには神馬の王ツムギ・ヤブサメ様と、神犬の王クロエ様が、食べ物や飲み物を両手に抱えて微笑んでいた。
「突然ごめんなさい。リヒト様とお話ししたくて参りましたの。」
「ツムギ様…クロエ様…」
唖然とする私をよそに、お二人はテーブルにいそいそと食べ物を広げ、私を囲んでソファに座った。
「ほら、リヒト様、こちらをどうぞ。
なつかしいエクウスの糖人参ですよ。お口を開けて?」
「糖人参!ツムギ様、私にもください!」
「もちろん、さあどうぞ。あーん。」
とピクニックのようなさざめきである。
「リヒト様、その様子ですと、先ほどのことを随分お気になさってますね?」
「…はい…」
「あれは、ユーリとフレディが悪い!
ア、アダム様だって、ヘラヘラ笑って役に立たないし…最低よ!」
「でも…皆様は…がっかりなさったでしょう…シリウスと私を見て…」
『シリウス…?!』
なぜかお二人は手を取り合って、ワクワクした目線を交わしている。仲良しか…
「ああ、親密な呼び方!なんて素敵!」
「それは…あの、色々とあって…」
「それに、がっかりなんてとんでもないわ。
本当に素晴らしいわ、シリウス様もリヒト様も!」
「そうよ!シリウス様が、あんなに怒ったり、ムキになったりするなんて初めて!
再生計画は大成功よ!」
「ねえねえ、クロエ!ほら、あの襟元をひきちぎったの見た?」
「ああ…シリウス様のあのお姿といったら…もう…」
「『これは…』」
「『名誉の傷跡だ。』」
『尊過ぎるッ!!』
二人で肩を抱き合って、互いの背中をバンバンと叩き合っている。仲良しか…
でも、そんなお二人につられて私も元気が湧き、心が晴れやかになってきた。
「あの、本当に皆様、再生計画が失敗だとか…シリウス…様への」
『「様」抜きで、お願い。』
「…シリウスへの評価が下がったとか…そういうことは…」
「ありません!絶対に!」
私の口にせっせと甘いクッキーを詰め込みながら、ツムギ様はきっぱり言った。
「それにここだけの話、ユーリもフレディも、シリウス様に嫉妬してるの。ずっと!」
プリプリと怒りながら(その姿も可愛らしい)クロエ様は、ローストビーフをご自分と私の口に運んだ。
「同じくらいの年で、お二人もすごい力をお持ちだけど…
シリウス様にはどうやっても勝てないものね。」
「いつも失礼なことを言って…
シリウス様が穏やかだから、これまでは何とかなってきただけよ!」
「特にフレディ様は、マリア様が婚約する話が決まってから…ね…」
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お二人は、ワインをどんどん飲んで、色々と話をしてくださる。
私も、少しワインを頂きながら、楽しい気持ちで聞く。
と、クロエ様がサラリと聞いた。
「ところで、リヒト様はシリウス様をお好きなの?」
「エッ?!」
あまりにも突然の打撃に避ける間もなかった。顔中に血が上る。
「あの…それは…どうして…」
「リヒト様、シリウス様ばかり見ているんだもの。」
「そんな…私は、再生計画の手段に過ぎず…シリウスはこの国の大王で…マ、マリアさまもいらっしゃるし…」
『まあ…!!!』
お二人は同時に声を上げ、またも二人で手を組み合わせる。
「だから気持ちを隠して、ただ再生計画に尽くしておられるのね?」
「なんて健気なリヒト様!!」
クロエ様が力強く宣言した。
「ツムギ様、私はリヒト様を推し…応援します!」
「え…?」
「クロエ、さすが貴女は心に忠実で、判断が早い…!マリア様も一途なんだけど…」
「天使みたいなのは認めます…でも!」
クロエ様が頬を膨らませた。
「十二支会議に、王でもないのに大神殿に来たり、何かとシリウス様に話しかけたり…」
「まさに、恋する乙女よね!」
マリア様の話は聞きたくない!でも…
…私は、目の前のワインを一気にあおった。
「あの、シリウスは…マリア様のことを…どう思っているんですか?」
私は顔を上げられない。私は、あの日、自分の心は死んだと思ったのに、結局、茶番だ。
「何の感情も持っておられません。」
あっさりとツムギ様は言った。
当たり前のことを確認したことが恥ずかしい…
「シリウス様は、2年ぶりに誘拐戦争からお戻りになっても…感情が戻ることはありませんでした。」
ツムギ様は遠く、暗い表情になった。
「お助けしたときの…シリウス様の凄惨なお姿は…」
ツムギ様はこらえきれないように唇を噛んでうつむいた。
クロエ様が言った。
「ツムギ様は、ロベルト様たちと共に、シリウス様を救出なさったのです。」
「シリウス様は、あの残虐な体験から、ご自分とツヴェルフェトを守るために感情を失ったのです。
でも、かえって、その孤独さ、強さ、美しさの虜になる人は多いわ。
マリア様もそう。
それがシリウス様にとっていいかは分からないけれど…
マリア様の一途さ、純粋さは、シリウス様の傷を癒やしてくれるかもしれないと思ったのです。」
何かから逃れるように、ツムギ様はワインを一気に飲み干した。クロエ様が言葉を継ぐ。
「今日、シリウス様が怒った顔…本当に驚いたわ。
あの場にいた王たちは、絶対に、みんな驚いていたと思う。
間違いなく、再生には意味があると思っているわ。」
「そうですか…それなら、その点は安心しました。でも…」
私は空のグラスを口に傾けた。虚しい一滴が唇に滑り込む。
「でも、ご覧になったでしょう。
私が、シリウスを殺さない保証はありません。」
私は、自分自身にも言った。
「だから、茶番でいいんです。応援は、要らないんです。」
急にクロエ様が泣き出した。
ツムギ様が私を抱きしめ、クロエ様も重なる。
お二人の体温がじわりと私に染みとおる。
お二人に優しく包まれながら…
こんな風に、あの憎らしい少年王の温もりを感じられるなら、
今ここで死んでもいいと、私は思った。




