第10章 春の会議と十二支の王たち
あの日から2ヶ月が経った。明日から20日間、春の十二支会議が開かれる。
「十二支会議」は、ツヴェルフェト12州の各王が首都ディモイゼに集い、国政、州政の問題を議論、採決する会議。
5月に「春の十二支会議」が20日間、10月に「秋の十二支会議」が20日間開かれる。
この期間、各州の王とその一行は、首都ディモイゼの別邸に起居し、街では、華やかな「十二支祭」が毎日催される。
ディモイゼでは、各地から多くの観光客が訪れるこの期間が、大晦日よりも重要なのだ。
私も、上京したときに初めて見た「十二支祭」の規模に圧倒されたものだ。
大神殿も、この会議の準備で大わらわという状況である。
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しかし…シリウスの再生計画は、というより、
シリウスと私の間は、この喧騒とはほど遠く、奇妙に静まり返っていた。
あの日…シリウスと二人で大神殿に帰った後、
私は、シリウスのために、再生計画を進めようと改めて心に誓った。
例えば、一般的な人に存在する感情を研究して一覧表にし、一つ一つ「再生策」を提案したり…
その「再生策」一つ一つが、シリウスと永遠に離れる道標でも、
急に終わりが訪れるより、まだ耐えられる。
再生計画を成功させ、彼を支えたという実感が得られれば、
同じ別離でも、遥かに幸せだと思えた。
でも、全く成功しなかった。
妙な距離感が生まれ、
近づくことはできず、
それでも会えば嬉しくて、
私は毎日しょんぼりと暮らしていた。
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十二支会議開会の当日。
謁見の間に十二支の王たちが参集し、シリウスに挨拶をする。
私は、その様子を控えの間から覗いていたのだが、圧巻としか言いようがない。
高貴な人々の様式美もさることながら、圧倒的なオーラのシリウスが、むず痒いほどまばゆくて…
…シリウスばかりを見つめるうちに、気付けば儀式は終わっていた。
と、すぐに私が呼ばれた。
これから、謁見の間で、十二支の王たちに挨拶をすることになっているのだ。
居並ぶ十二支の王たちを前に、心臓が口から出そうだったが、
ふと、シリウスのアクアマリンの瞳が、真っすぐに私を見ていることに気付いた。
私の心にパッと火がともり、その後は落ち着いて挨拶を行った。
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部屋に戻り、窓から大神殿の慌ただしいざわめきを眺めていると、
突然ステファニー様がやって来て、私を連れ出した。
早く早くと急き立てられて、わけも分からないままついていくと…
重厚な扉が開いて、廊下に光が広がった。
なんと、扉の向こうの豪華な部屋で十二支の王たちがくつろいでいる。
ステファニー様が言った。
「皆様、この方がリヒト・ネコミヤ様です。」
私は慌てて礼をし、十二支の王たちも優雅に礼を返す。
と、静けさはそこまでだった。
「貴女にお会いしたかったの!」
「こんな素敵なレディが我々の救世主とは…」
「シリウス様との初対面、ぜひ見たかったものです。」
あっという間に十二支の王に取り囲まれ、もうどうしてよいか分からず、赤くなったり青くなったり……
「みなさん、そんなに近づいたら引っ掛かれちゃうよ?
その子、野蛮な猫族なんだから…しかもさ、まだ完璧に調教されてないんでしょ?」
冷たい言葉に、胸がキンと痛んだ。
声の方を見ると、包帯で顔中グルグル巻きにした異様な姿の小柄な少年が、足を組んでソファに収まっている。
先ほどの謁見の間にはいなかったのでは…?
しかし、瞬時に静かな声が空気を破った。
「リヒトさんは知的で優しい人だ。ユーリ様でも聞き捨てならない。」
コツ…コツ…部屋の奥からシリウスが、ユーリ様に…神兎クローリク州の王ユーリ・トモナリ様に近づいた。
「おっと…まさかシリウス様、彼女に惚れちゃった?」
シリウスがピタリとユーリ様の面前で立ち止まると、ユーリ様も立ち上がった。
「彼女に謝罪を。」
「近づいちゃ危ないのは本当でしょ?
ねえ、大王様、首元を見せてくださいよ。
『知的で優しい』猫族の噛み跡があるはずだ。」
「それも考慮に入れた計画でしょう。」
二人の周りの空気が揺れ始めた。
身震いして他の十二支の王を振り返ると…なんと、期待に溢れた表情で見守っている。
と次の瞬間、シリウスが襟元を力任せに引きちぎり、私の噛み跡をバッと広げて見せた。
「これは、名誉の傷跡だ。」
「くっ…」という唸り声が聞こえて、
「あっはっはっ!!!」と大笑いする人がいる。
その人……神虎ティグリス州の王ファリス・キトラ様は拍手しながら、
「いや、最高だ!やっぱり最高だよ、シリウス様!!」
と涙を流さないばかりに笑い始めた。
「ファリス、もう笑っていいのかい?俺も我慢の限界なんだ…ハッハッ!!!」
近くにいた男性も、ファリス様の肩に手をかけて、二人して笑い出す。
これは神猿スクリーチ州の王アダム・サハシ様。
ファリス様は50代、アダム様は30代と聞いているが、正装が映える大きく逞しい体と品格、
百戦錬磨の色気と余裕でむせ返りそうな殿方たちだ。
そんな中、スラリと背の高い人物がツカツカとユーリに近づき、あごをつまんで思い切り引き上げる。
「坊や、オイタが過ぎるとお仕置きですよ?」
「痛い痛い、むちゃくちゃ痛い!もうお仕置きしてる!」
……穏やかで落ち着き払った雰囲気がかえって迫力がある、黒髪の、怖いほどの美形の男性。
神羊コルデール州の王オスカー・ヨウ様だ。
「…オイタはシリウス様の方でしょう!
僕らは彼女のことをよく知らないんだ。
怒る前に、シリウス様がきちんと説明したらどうですか?」
と急に刃をシリウスに向けたのは、緑がかった金髪の少年…。
トゲのある言葉とは正反対の、童話の絵本から抜け出してきたような、気品溢れる正統派王子…
…この方が、神竜リントヴルム州の王。
つまり、マリア様の双子の兄上フレドリック・リュウザキ様だ。
「もう!!!やめなさい!!!本当に子供なんだから!!!」
もう我慢ならないというように声を上げたのは、私とそれほど変わらない年の少女…
神犬ペンブローク州の王クロエ・イヌカイ様。
子犬のように可愛らしい方だ。
しかし、とうとう場の雰囲気に耐え切れなくなった私が「もう失礼します…」と口にすると…
「神路開門…神通力【猪突猛進】」
振り向くと…片手を額中央の少し右にある刻印「١٢」に触れ、もう片方で印を結んだステファニー様が、ズズズと巨大化している!
「私がリヒトさんをここに連れてきたのですが、不満なんですね?」
声まで太く変質している。
腰を抜かして倒れ込んだ私を、誰かが支える。
ステファニー様の巨大化は止まらず、その辺りの飾りだの皿だのが破壊される。
アッと叫んで頭を抱えたが、何かが私を覆った。
「ほら、坊や、『ごめんなさい』しな?」アダム様の声。
「土下座じゃ足りませんね?」オスカー様の声と同時にドンと音がする。
「痛い!痛い!足でッ…頭、ふ、踏むな!!!」もちろんユーリ様。
「坊主、いたいのいたいの飛んでけ、してやろうか?ヨモギの葉がいいぜぇ?」ファリス様。
「あのう、皆さん、もうそろそろですね…」まともな声は神鶏コルリ州の王レン・ハトリ様。
「私に文句があるのね?」
ゴシャッ!バリーン!
机だのシャンデリアだのが破裂する音。
私の頭上でため息が聞こえた…シリウスだ。
チラリと見上げると、シリウスが私をマントで覆っている。
「神亥ステファニー!」
鋭い声でシリウスが呼び掛けると…
…みるみるうちにステファニー様が元に戻っていった。
これが神鼠の神通力無効化の力…
地響きや風が収まっていくが…部屋は惨憺たる有様だ。
あまりの迫力に、私はまだ膝がガクガクと震えている。
「怪我はないですか。」
「う、うん…大…丈夫…。」
優しい声音にハッとしてシリウスを見ると、彼の顔が数ヶ所切れて血が出ている。
私をかばっていたから、怪我をしたのだ。
…しかし、私のための、そのシリウスの血が、彼に対する憎悪と食欲を足元から湧き立たせ…
気づけば、私はシリウスに飛びついて押し倒していた。
シリウスは、瞬きもせずに私を見ている。
まるで待ち望んでいたかのように。
その瞳が、私に最後の自我を取り戻させた。
私は勢いよく跳ね上がって窓を突き破ると、テラスから飛び降り、遠く遠くへ、ただ走った。




