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第1章 大学の窓際少女は、少年を襲う

挿絵(By みてみん)




私は、昨年まで、神牛のエクウス州高等学院の最優秀成績者だった。


数名の優秀者と共にこのツヴェルフェト大学に推薦され、希望に胸を膨らませて上京したのが、今年の春。


しかし、上京後に行われた最終試験で失敗し、「窓際」と後ろ指さされる学部に所属することになってしまった。


高等学院では私の足元にも及ばなかった学友は、ここぞとばかりに、私を見れば貶め、蔑み、優越心を十分に満たしながら、充実した大学生活を送っている。


故郷、神牛のエクウス州には母がいた。


母子家庭で親類もなく、私を学校に通わせるために、母はどれほど苦労しただろう。


鬱々とした毎日ではあったが、母のためにも、学友を見返すためにも、来年は上位学部に転部しようと、歯を食いしばって勉学に励んでいた。


しかし、その母が一か月前に病死。


私は、母に恥をかかせたまま、母の死に目にも会えなかったのだ。


*************


大学が所在する首都ディモイゼは、とにかく空気が合わない。


上京してから、心身共にひどく不安定になっている。このツヴェルフェト王国の大王がいる大神殿などは、見るだけで吐き気がするほどだ。


仮にも「エクウスの俊才」と呼ばれた私……うまくいかない人生を首都ディモイゼのせいにしたくない。


しかし、母が世を去った頃から、不調は明確になった。


憎悪のような感情に取りつかれて目まいがする。

常に空腹で吐き気がする。

金輪が嵌められたように、頭がギチギチと痛む。

うなじは焼けつくように痛くて、痒い。


冬の長期休暇に入る頃には、私は、頻繁に大学を休むようになっていた。


**************************


大晦日(シルヴェスタ)の夕暮れ、ツヴェルフェト大学には人影もない。


私は、高い塔の屋根によじ登り、ドーマーに頭をもたせかけて、街の光を遠く眺めていた。

高くて、狭くて、誰もいないこの場所は、多少なりとも私を落ち着かせてくれる。


ふと空を振り仰ぐと、鼠色の雲が空に広がり、ゆるゆると雪が舞い降りてくる。

随分冷えてきた。

あと数時間で訪れる新年に向け、いよいよ街並みに光が満ちていく。


私はブルリと一度大きく震えると、屋根をするする走り、ポプラの大樹を伝って地面に降りた。


食堂は閉鎖され、寮の自室には食料もない。

やむを得ず街に向かうが、案の定、妙な憎悪の感情が沸き起こり、激しい目まいが襲ってくる。


私は、笑いさざめく人混みを縫って、何とか食料を調達した。


しかし、もう限界だった。寮に向かう途中の大きな橋の中央で、とうとう歩くこともできなくなった。


呼吸が苦しい、動機が激しい、助けを呼ぼうにも声が出ない、光と音楽に満ちた街で、ぼろ雑巾のような私に気づく人はいない。


もう終わりだと思った瞬間、うなじに激痛が走った。


急に目の前に止まった立派な馬車と背の高い人影の映像を最後に、私は意識を失った。


**************************


意識を取り戻した私が目にしたのは、豪華な天蓋だった。


私が身を起こそうとすると、低く穏やかな声が聞こえた。


「お気づきになりましたか?」


そこには、背が高い男性が佇んでいた。


「貴女は橋の上で倒れたのです。私たちがここにお連れしました。少し治療もしています。」


「ありがとうございます…おかげさまで楽になりました。あの…ここは…?」


「大神殿です。」


「大神殿!?」


思わず飛び起きた。


「調子が戻られたようで、何よりです。では、今から謁見に参りましょう。」


「謁見…?」


「はい。…ああ、申し遅れました。私はトロス王のロベルトです。」


「トロス王!!」


私は飛び上がった。その男性の高雅な佇まいは、私に一点の疑いも抱かせなかった。


「大変失礼いたしました。私はエクウス州出身、ツヴェルフェト大学に在学中のリヒト・ネコミヤと申します…」


「こんな状況です。気楽にしてください。それより参りましょう、さあ…」


ロベルト様に誘いざなわれ、私は、驚きが冷めやらず、状況も飲み込めないまま、部屋を出た。


**************************


ロベルト様は、荘厳な空気の廊下をしばらく歩き、巨大な扉の前でピタリと立ち止まった。

私は、ロベルト様の引き締まった背中にしたたかに顔をぶつける。


「さあ、こちらが謁見室です。」


私が何を言う間もなく、ゆっくりと扉は開いていった。


しかし、扉が開くにしたがって、私は、未だかつてない激しい憎悪と食欲が体中を走り回るのを感じた。

この憎悪と食欲は、間違いなく、奥にある玉座の前に立つ人物に向けられたものだ。


そこにいたのは、一人の少年。


薄暗い部屋にもかかわらず、銀髪とアクアマリンの瞳が恒星のように光り輝いている。

もちろん、一度も会ったことはない。


しかし、その少年の瞳と私の獰猛な視線がかち合った瞬間、突如、私の理性は完全に吹き飛んだ。


私は天井近くまで跳躍すると、そのまま少年にとびかかり、その首元にかぶりついた。

吹き出す血を味わうと、これまで積もり積もった憎悪と食欲が満たされ、強烈な悦びが体を貫く。


無我夢中で彼を食らい尽くそうとしたものの、さらなる味わいを得る前に、衛兵たちが、私を少年から引き離した。


次の瞬間、重い衝撃を食らった私は、本日二度目の意識消失を経験することとなった。

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