魑魅魍魎ハイエンド
どうにも『ポンコツ』になってしまいそうな頭の中には妖怪が住み着いている。さしずめガラクタの寄せ集めで動く度にどこかが軋んでしまう類の妖怪のような気がする。どうしようもなく暑い日に、場当たり的なことをしてしまいそうだからと頼ったネットがサーバーの不調でままならぬ。何はなくとも水分は必要とガブ飲みしたはいいが量が多すぎて少しだけ腹が冷えたせいもある。『諸々』が脳を困らせる。
結果、大人でもちょっと泣きたい気分というもの。そんな日にゃ悲哀や自嘲もついてきたりで乱高下気味に嘆く。傍から見ればおかしな奴だが、リアルタイムではまだ我が身を振り返れない。
そんな『妖怪に取り憑かれた』日の事でも面白味があるように何となく感じ始めた頃合い。<あのとき変な事を考えていたよな>と思いつつ、自動制御の冷風で身体を労わりながらルーティンワークをこなしていると何と気持ちの穏やかなことよ。数時間前に麗しい異性を目撃したからという理由も大いにありそうなことで、素晴らしき日々という様相を呈し始めたところに好きだったアニメの続編の放送の決定の知らせも入り、バラ色の日々の昇格へも待ったなし。甲斐甲斐しい時にはとっても甲斐甲斐しいのでそのまま頭をナデナデしてくれると嬉しい。
そうして上機嫌のまま家に戻って、机の引き出しの中から取り出した書類と書類の間から得体の知れない落書きを見つける。黒と赤いペンがのたうち回ったような曲線とギロリと睨みつけるような目玉。あの日我が身に取り憑いた妖怪が紙面上に「顕現』させたその姿はなかなかにメッセージ性があって壮絶だったが、何よりもその下に太い赤マジックで描かれた言葉が衝撃的。
『こんにゃろめ!!』
やはり妖怪は妖怪なのだと言ったところか。ただ、幽かに漂う古の香りが宵の口には妙に合う。そいつを眺めながらキンキンの麦酒で喉を潤し、今、思いに耽ろうとしている。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
この話に続きなどあるはずがなかろうと思いきや、近隣のもみじもすっかり紅く染まったころに予想もしていなかった方面からの沙汰があった。
「コスプレイベント?」
「そう。ハロウィンの後にはなるけど、市民センターでコスプレイベントやってるんだってさ」
飲み屋で会った友人と地元トークを繰り広げている際に聞き慣れない単語が出てきたのでそこで詳細を訊ねた。どうやら地元の駅周辺の公共施設である市民センターでは何年か前からコスプレの撮影、パフォーマンスイベントが行われているらしい。集まるのは主に若い世代の方々ではあるが、県外のような遠方からも参加者が集うということらしくそこそこ話題になっているらしい。開催日がハロウィンの次の日の土曜ということもあり、盛り上がりが期待できそうとのこと。
「予定はないけど…全く知らないからなぁ…」
と当日まで及び腰だったのにも関わらず、快晴に恵まれたのとSNSの方でもしきりに件の情報が流れてくるのでついその気になってしまい思い切って『見学』してみることに。気が急いて早々と会場に辿り着いてしまった為に、市民センターの中庭に設置された舞台でまだコスプレ前の主にレイヤーさんと思われる人たちがリハーサルをしている。すれ違う人の中にはすでに自分には判別できないキャラクターのコスプレが「完成」している人もいたりして、だいぶ『異空間』と化していることに戸惑った。
<俺、場違いじゃないかな…>
詳細には『見学は自由』とのことで、当然ながら観覧者ありきのイベント。リハーサルの様子を見ていても楽曲に合わせて演舞しながらカラオケをするという趣旨が分かる発表の場でもあるわけだから、客が多いに越したことはなさそう。全てではないがところどころ自分にも馴染みのある有名キャラも見かけるから、とりあえず待機していようと決めたそのとき。
「あ“!?」
己の目を疑ってしまった。建物内の通路で今しがたすれ違ったのは紛れもなくいつぞや見かけた『麗しの人』だった。すらっとしていて上品さを感じさせる佇まい。コンビニで会計待ちをしていた際に自分の後ろに並んでいた女性で、今風にいうと「顔が良すぎて」AIが出力したのではないかと錯覚してしまいそうになった。なので此度も当然のことながら仰天してしまい、変な声を押し殺すのに精一杯だった。
にっこり
すれ違った際に、視線が合って謎の会釈はされた時には疑問でしょうがなかったが、彼女がやや大きめな荷物を抱えていた事がヒントだった。
定刻になりイベントが始まり、かなりの音量のマイクでの司会進行。イベントの趣旨が説明され、お馴染みとなっているからなのか会場に集まったお客さんからは都度拍手があって「待ち切れない」という感じ。パフォーマンスの時間が始まってからは圧倒されっぱなし。何をどう語ったらいいのか分からないけれど、全体的に歌唱もダンスもレベルが高く、そして皆、本当にキラキラ表情をしているので眩しくて会場には物凄いエネルギーが飛び交っているような感じ。
間近でそのエネルギーを浴びて、ややヘロヘロになりかけて会場の出店で飲み物を購入しようと思って席を立ち上がろうとした時だった。
「続いては『女郎蜘蛛』の○○○のキャラクターで『魑魅魍魎ハイエンド』の演舞となります」
アナウンスされたのは女郎蜘蛛のとあるキャラクターに扮した女性の番となったこと。そしてその女性こそ、あの「麗しき人」であったのだ。女郎蜘蛛らしくどこか妖艶に、たぶん化粧もかなりの手間ではあったろうけれど、全く別人のように顔に血のような赤々とした点が散りばめられていて、やはり顔が良過ぎる為なのか『現実感』が消失していた。
何より驚かされたのは『魑魅魍魎ハイエンド』という楽曲が「メタル調」なので、その風貌で『デスボイス』を駆使して歌唱をしていたということだ。『上品そう』という印象からはギャップがあり過ぎて困惑という他ない。
「こんにゃろめぇえええええええ!!!!」
曲の最後に彼女の口から飛び出した煽りは、もはやこの世のものではない妖怪の叫びのようであった。
<俺はあのとき『顕現』させてしまったのかも知れない…>
演舞が終わり、女郎蜘蛛は眩いくらいの笑顔でやはり上品にどこか恥じらうように観客に向けて感謝の意を伝える。そして思った。顕現させたモノは妖怪ではあったかも知れないが、『こんにゃろめ!』と罵られても悪い気はしなかったんだなと。
女郎蜘蛛に心を奪われつつある男のエピソードである。




