殿下からのプレゼント
「仕立て屋コンフェーヌから参りました。カミラと申します、奥様」
クライヴの屋敷で暮らし始めてから初の来客に驚きを隠せなかったリリアーナだったが、名前を聞きさらに驚愕することとなった。
コンフェーヌといえばあの有名な!? 社交界の話題に疎い私でも知っている、知らない人がいないというあの仕立て屋さんよね!?
「リリアーナ・シュテイン・リーツェンベルクです。えっと、どうしてこちらに?」
「奥様のドレスをとのことで、クライヴ殿下からご依頼を受けまして」
「えっ!? クライヴ様から!?」
クライヴ様がどうして?
いきなりのことにリリアーナは困惑する。
* * * * * * * * * *
先日のこと、リリアーナがドレスをあまり所持していないと気づいたマイラは、それをクライヴに伝えに行ったのだ。
「というわけで奥様にドレスをご用意されてください」
「別に俺に言わなくとも好きに注文してくれていいんだが。ドレスのことなど分からないしな」
クライヴは肩を竦めて見せる。
「そういう問題じゃありません。たとえ普段着でもプレゼントされるのって嬉しいものなんですよ」
「しかし、まだ俺には早い気が」
「はい?」
「結婚したてだぞ? ほぼ知らない人状態なのに、いきなりドレスなど重すぎないか? 嫌がられたりしないだろうか?」
「ですが殿下、奥様にプレゼントされない方が後々問題になるかと思われますよ?」
「くっ」
確かにマイラの言う通りだ。リリーは王子妃だ。相応のものを全く持っていないと周りに知られてしまったら? そのときに嫌な思いをするのはリリーなんだ。俺自身はこれ以上落ちる評判なんてもう何もないから問題ないんだが。
「分かった、いくらでも注文しよう」
俺も着飾っているリリーが見たいしな。
そして、クライヴはこの国で最も人気のある仕立て屋を呼ぶように、その場にいたイザックに指示したのだった。
* * * * * * * * * *
「お好きなだけご購入されるように、とご依頼頂いております」
「ええっ!?」
す、好きなだけって……。もの凄い高級店よ!? それを好きなだけ……。
「さあっ、たくさんご用意しましたのでご試着しましょう」
「で、でもっ」
こんなキラキラしたドレス初めて見たわ。これは私が着てもいいものではないのでは!?
「大丈夫ですよ、奥様。殿下がそう仰っているのですから。それに奥様は王子妃なんですから」
「あ……」
今まで意識していなかったけれど私は王子妃なのよね。あまりにもな格好は出来ないわ。クライヴ様の妻である以上、それに相応しい装いは必要よね。
「……分かったわ」
マイラにも促されたリリアーナは覚悟を決めた。
リリアーナは一つずつ袖を通していく。
さすが仕立て屋コンフェーヌのドレスだわ。こんなに良い生地のドレス初めて。こんなの一体おいくら……。いえ、今は考えてはいけないわ。私には縁のないものだと思ってたから、着れて良かったと思いましょう。
リリアーナは眼前に並べられているドレスの数々を見て思考を放棄した。
「まあっ、本当によくお似合いですわっ」
カミラの明るい声に現実に引き戻される。
「ええっ、本当に素敵ですっ。髪型もアレンジしたくなってきました」
「でしたら、こういったものもございますよ」
カミラは髪飾りを机の上に並べる。
「どれも奥様に似合いそうですっ。これがいいですかね? いえ、これも良さそうですっ」
マイラは興奮気味に言う。リリアーナは完全に置いてけぼりになっている。
そのとき、どこからか視線を感じ、そちらを向くとクライヴが立っており、ぱちっと視線が交錯した。
「クライヴ様?」
驚いたリリアーナが声を上げるとマイラとカミラも振り返って見る。マイラも驚いた顔をしている。
「なんだ。揃いも揃って。俺が来るのがそんなにおかしいか?」
「いっ、いえっ」
反射的にそう答えたが、正直自ら来るなんて意外だった。
クライヴはリリアーナのドレス姿を見て、ぴしっと固まる。あまりの美しさに目が離せなかった。
「あっ、あの、変でしょうか?」
不安になったリリアーナは尋ねる。
「えっ、いや、そんなことはない。その……キ、キ、キレイだ。よく似合って、いる」
その言葉はどこかぎこちなく、クライヴは照れているのか耳が赤く染まっていた。それに気づいたリリアーナも恥ずかしくなり俯いた。
「あっ、あのっ、こんなに素敵なドレスを本当にいいのですか?」
念の為しっかり確認せねばと思い、顔を上げ尋ねる。
「ああ、もちろんだ。これは俺からのお礼だと思ってくれればいい」
「お礼ですか?」
リリアーナは首を傾げる。
お礼なんてされるようなことしたかしら?
「そうだ。俺の元に嫁いで来てくれたことに対するお礼……というのも口実としてはあるんだが」
口実? 口実って言ってもいいのかしら? 殿下ってもしかしてすごく正直な方?
「口実というのは?」
気になって思わず尋ねてしまった。
「っそれは……俺がリリアーナのドレス姿を見てみたいだけだったりするということだっ」
恥ずかしさからか、一息に早口で告げられる。
クライヴの様子からその言葉が嘘ではないということがひしひしと伝わってくる。嬉しさのあまり、胸がどきどきと高鳴った。
まさか本当に答えてくださるなんて。もしかしなくても素直な方なのだわ。
「そ、それで全部か」
話しを逸らすように、表に出ていた複数のドレスを見てクライヴは尋ねる。
「殿下のお好みはありますか?」
わくわくした様子でマイラが尋ねる。
「俺か? そうだな……」
クライヴは逡巡し、リリアーナをじっと見つめる。
「どんなドレスでも似合うと思うが、リリアーナなら淡い色のドレスが良いか。いや、濃いのも外せないか。だが、淡い優しい色合いの方がリリアーナの雰囲気にはよく合っていると思う」
「雰囲気、ですか?」
「ああ、君の側はぽかぽかとした空気が漂っているから」
「そうなのですか?」
「ああ。だから、その……心地良いんだ」
そう言うと片手で口元を押さえ、そっぽを向いてしまった。色が戻りかけていた耳もまた赤くなっていた。
「あ、ありがとうございます」
こんなことを言われたのは初めてだった。胸が早鐘を打つのを止めることができない。
「と、とにかく俺はその…………」
そこで言葉を区切ったかと思うと、ちらっと見られ、不思議に思い首を傾げる。
「淡い色のドレスを着た君の姿を見たいんだ。いい、だろうか?」
真っ直ぐに瞳を見て尋ねられる。さらに、付け加えるように「出来れば濃色系のドレスを着た姿も見てみたい」と。
殿下がこんなことを仰ってくださるなんて、とクライヴの発言に驚きつつ嬉しく感じる自分がいた。
断る理由なんて欠片もない。
「もちろん、喜んで」
「っああ、楽しみだ」
そこから、ファッションショーが始まった。次から次へと試着させられたリリアーナは疲れ切ってぐったりしており、その様子を見てマイラは苦笑していた。
「どれもお似合いですよ、奥様」
「ううっ、まだ着るの?」
「でしたら最後にお1つ」
「分かりました……」
「どちらをご購入されますか?」
「えっと……」
リリアーナは口吃る。購入するという目的をすっかり忘れていた。
「全てだ」
クライヴは間髪入れずに答える。
「えっ!? そういうわけにはいきませんっ!!」
リリアーナは慌てて断った。
こんなにたくさんの高級ドレス、家ぐらい買えるんじゃ……。
「問題ない。予算ならまだまだある。今まで全然使っていなかったからな」
「問題大ありです。そんなにたくさん頂いても使い切れませんからっ」
「しかし」
「大丈夫です!!」
ここで折れては駄目だと思い、はっきりとした口調で告げる。
「う、うむ……分かった」
ほっ、良かったぁ。
ドレスは十着に絞り、購入した。
それでも十着……。
「よしっ、次はアクセサリーだな」
「えっ……」
まだ、あるの?
一安心したのも束の間、買い物の続行を宣言されリリアーナは呆然と呟いた。




