第二王子との再会
昨夜、嫁いできた初日ということもあり、疲れが溜まっていたのだろう。あっという間に眠りに落ち、ぐっすりと眠った。そして、翌日、最高の寝心地の寝具で目覚めた。
なんて心地良いのでしょう。実家とは大違いね。歓迎されていない妻とはいえ、こんなに良い部屋を与えてくださるのだから、クライヴ殿下はきっと優しい方なのね。
そう感じ、クライヴに感謝した。
そして、今専属侍女となったマイラに屋敷の案内をしてもらっているところだ。
「こちらが庭園です」
到着したときにちらりと見たけれど、それにしても
「凄い……」
どこまでも続いていそうに見える庭園を前に思わず感嘆の声が漏れる。
こんなに広いと迷子になりそう。
「それと向こうの奥の方には騎士団の稽古場があります」
その方向をマイラが手で指し示す。
「向こうに……」
庭園しか見えないわ。
「そうだっ。奥様、折角ですし庭園を見て回られますか?」
「そうね。見てみたいわ」
「承知いたしました。さあ参りましょう、こちらです」
明るい子ね。引っ張っていってくれるし、助かるわ。
庭園には色とりどりの美しい花が咲き誇っていた。
「ここはお好きなときに自由に来てくださって大丈夫とのことですよ」
「こんなに綺麗な景色をいつでも見られるなんて素敵ね」
「ええ、そうですね。殿下がこのお屋敷にお暮らしになられてから、進化したって感じですね。ここに来た当初はこんな景色見られませんでしたし」
「そうなのね」
「とはいえ、殿下は庭園には滅多に来られませんけどね。折角の庭園が勿体ないので、奥様が代わりに楽しんでくださいね」
「ふふっ、そうね。殿下も見に来られたら良いのに」
それから、リリアーナはたくさんの花々を見て回った。
「さてと、そろそろ戻りましょうか」
「もうよろしいのですか?」
「ええ、全部見ていたら日が暮れてしまいそうですもの」
「そうですね。私、ここに来た初日に一周しようとしたんですよ。そしたら見事に日が暮れてしまったので」
マイラと屋敷に向かって来た道を戻る。しかし、しばらくして気が付いた。先程から同じ場所をくるくると回っていることに。
「もしかして、迷ったの?」
「ううっ。すみません、奥様……」
「大丈夫よ。誰にだって苦手なことぐらいあるもの。それに広いんだから仕方ないわ。一緒にお屋敷を探しましょう」
「奥様ぁ、ありがとうございます。一生付いていきます」
「お、大袈裟よ」
「いえ、とんでもないっ。私昔から方向音痴で、それが原因で前職をクビになったもので……」
「ええっ!? そんなことが……」
「はい、そのときに運良くクライブ殿下に拾って頂けたんです」
「殿下に?」
「はい。『良かったら俺の屋敷で働かないか』って。前職も侍女だったのですが、貴族のお方にクビになった私では雇って頂けるところなんてなくて……。本当に感謝しているんです。そのときに誓ったんです。絶対に殿下と、未来の奥様のお役に立とうって」
「お優しい方なのね、殿下は」
言葉の節々からクライブを慕っていることが伝わって来る。
「はい、それはもう。ちょっと失礼なことを言ってしまっても許してくださいますし」
失礼なことって。マイラは本当に正直よね。
「私にも思ってること正直に言ってくれていいわよ」
「えっ!? 奥様にそんなこと……。ですがうっかり言ってしまうかも」
そう言って悩み出した。
うん、すっごく素直だわ。
「マイラはそのままでいいのよ。むしろ、そのままがいいわ。……私、突然ここに一人で来るって決まって少し不安だったの。でも明るいマイラが側にいてくれるなら頑張れる気がするの」
「っ……」
「さっ、戻りましょう」
「はいっ、奥様」
リリアーナが優しく声を掛けると元気を取り戻したようでまた明るく返事をしてくれた。
「もしかして道がお分かりに?」
「ええ、来た道なら何となくだけどね。多分こっちよ」
暫し歩くと屋敷が視界に映った。
「着いたっ。本当にっありがとうございますっ。実は迷ったの二回目なんです」
「え?」
「先程お話しした初日にも迷っちゃって、あのときは運良く辿り着けたんですけど……。それなのに奥様の案内なんてやっぱりやるべきじゃなかったです……」
あれから何十回も地図を見て勉強したのに、と俯きながら彼女は言う。
「気にしなくていいから。ね? 中も案内してくれるんでしょ?」
「はっ、はいっ!! 勿論、ここからはしっかりご案内いたします!!」
元気を取り戻したマイラに初めに案内された先には他の部屋と比べ、一際豪華な扉があった。
「ここって……」
そのとき、突然扉が開き、銀髪の男性が顔を見せる。
リリアーナは一瞬驚いた顔をして、慌てて頭を下げる。
「その……ここは俺の執務室でな」
やっぱり、とリリアーナは納得する。
中で仕事をしていたクライヴは“扉の前にリリアーナがいる気がする”となんとなく感じ、扉を開けたのだった。
「あっ、どうぞ」
そんなこととは微塵も思っていないリリアーナは自分が道を塞いでしまっており、どこかに用があり出掛けようとしたクライヴの邪魔になっていると考え、道を開けた。
「えっ、いや、その……ありがとう」
何となく歯切れが悪いことに疑問を持ちつつ見送るが、クライヴはリリアーナの横を通り過ぎたところでふと立ち止まった。
「……案内はもう終わったのか?」
クライヴは振り返るとマイラに尋ねた。
「いえ、屋敷内がまだですね。こちら以外ご案内出来ておりません」
「そうか……」
クライヴは暫し考える素振りを見せると、徐に口を開く。
「それなら、俺が続きはやる」
「「えっ」」
リリアーナとマイラの驚いた声が重なる。
「なんだ?」
「いえ、どうぞ。後はお任せしますね」
マイラは満面の笑みで言う。
「で、ですがっ、お忙しいのでは?」
「大丈夫だ。それとも俺では嫌か?」
若干声のトーンが下がり、落ち込んでいるようにも思えた。
「いっ、いえっ、決してそういうことでは」
リリアーナはクライヴの言葉に慌てて否定する。
「殿下にご案内頂くわけにはいきませんからっ」
「そうかっ、ならば問題ないな。行こう」
「ええっ!?」
どうしてなの!?
クライヴの突然の行動に意味が分からず、困惑する。
「では奥様、ごゆっくり楽しんできてくださいね」
一方、マイラはリリアーナを笑顔で見送る。
マイラ、何か勘違いしてない!?
クライヴはふと廊下の途中で立ち止まった。なぜかじっと見つめられている。
「で、殿下?」
何かしてしまったかしら?
何かした記憶はないが、少し不安になってしまう。
「……その、今更ではあるがリリアーナと呼んでも?」
「はっ、はいっ」
想定外の言葉に思わず勢いよく返事をしてしまった。本当は“リリー”と呼びたかったクライヴだったが、いきなり距離を詰めて嫌がられると困ると必死で我慢したのだった。
「良かった」
そう言うクライヴは心の底からほっとした表情をしている。
「では俺のことも名前で呼んでくれ」
「えっ、宜しいのですか?」
「いつまでも殿下呼びではおかしいだろう」
それは確かに。
「で、ではクライヴ様と呼ばせて頂きますね」
「…………」
なぜか無言でじっと見つめられる。
「ク、クライヴ様?」
「…………いや、何でもない」
それだけ言うとまた歩き始めた。
なんだったのかしら?
「こっちだ」
クライヴはどこかに到着したのか不意に立ち止まると、扉を開ける。
「!!ここは」
「ああ、図書室だ」
「凄いっ……」
見渡す限りの本棚がそこにはあった。
「どのくらいあるのですか?」
「十万冊はあるらしい」
「そんなに」
リリアーナは目を輝かせてぐるりと見回す。それもそのはず、フィリア伯爵家にあった本はお金にするために売り払ってしまっていて、手元にはほとんど残っていなかったのだ。だから読みたくても読めないものだった。それがここにはたくさんある。
「気に入ったか?」
「はいっ。とっても素敵ですねっ」
「喜んでくれて良かった。今も好きなんだな」
「え?」
それってどういうこと?
「いや、なんでもない。ここは自由に使ってくれて構わない」
「っありがとうございます!!」
嬉しさで頭に浮かんだ疑問はあっという間に吹き飛んでいった。
「折角だし見てきたらどうだ?」
「えっ、良いのですか!?」
「ああ。俺も少し調べ物があるからな」
「分かりました。では失礼します」
リリアーナはしばらく歩き回ると物語が置かれている棚を見つけた。そして、すぐに一冊の本が目に留まった。
これ、一度は読んでみたかった本じゃない!!
その本を手に取る。それは数年前に話題となっていた恋愛小説だ。リリアーナはその本を開くとあっという間にのめり込み、夢中になって読み進める。
まさか、表情をころころと変えながら、楽しそうに物語の世界に耽る自身の姿をクライヴにこっそりと見られていたとは気づいていなかった。
一冊読み終わった頃には日が暮れ始めていた。
「もうそんな時間なの!?」
面白くてつい。
「読み終わったのか?」
「はい。殿下のご用事は終わられたのですか?」
「え? あっ、ああ、そうだな。終わった」
クライヴはすっかり調べ物のことなど頭から抜け落ちていた。なんとも歯切れが悪い返事のあと、背中を向けて歩き出したクライヴだったが、徐に立ち止まり、振り返った。
「その……昨日は悪かったな」
クライヴはバツの悪そうな顔で言う。
「え?」
リリアーナはきょとんとした表情を浮かべる。
「君に取るべき態度ではなかった」
「えっ」
まさかの謝罪に目を丸くし、ぽかんとする。
「気にしていませんので大丈夫ですよ」
少しの沈黙の後、そう答えるとほっとした顔をしていた。
「そうか……。で、では他の場所も案内しよう」
気まずかったのか早口でそう言うとすたすたと歩いていってしまう。置いていかれるかと思ったが、暫くすると足を止め、ちらっと振り返りリリアーナを気にしている素振りを見せている。
そして、リリアーナが近くまで来ると、また歩みを進め始めた。
何だか可笑しくなって思わず頬が緩んだ。
しかし、今度はリリアーナが隣まで来てもじっとその場から動かない。
「クライヴ様? どうされたのですか?」
そう尋ねると困ったような顔で見つめられる。
「その……自室と執務室、図書室以外全く行ったことがないことを思い出してな」
要するに他は分からないから案内出来ないってことね。
「大丈夫です。分からないことがあればマイラにでも聞きますから」
「すまない……。それともう聞いているかもしれないが、俺の部屋とリリアーナの部屋は隣、でな」
「えっ!? お隣なのですか!? 部屋の入り口はかなり離れていたかと思うのですが」
「ああ、実は中で繋がっていてな。外から見たらそう見えるだろうが」
「はい、女性が苦手だと聞いていましたので、遠い場所になっているのかと」
「イザックから聞いたのか?」
「はい」
「まあ、その認識は間違ってはいないな。中でもかなり離れていてな。間に夫婦共有の部屋というものがあるんだが、そこを挟んだ先同士になっているんだ。今は鍵を掛けているから双方の行き来は出来ないが」
「そうなのですね」
正直なところ、いきなり初対面の男性と一緒の寝室などハードルが高いと感じていたリリアーナはほっと安堵の息を吐いた。
すると
「反応薄くないか?」
となぜか逆に尋ねられてしまった。
「え?」
意味が分からず首を傾げた。
「普通なら鍵を外せだの何だのと言われるところなんだが」
皆さん、そういう反応をされるのね。
クライヴの言葉を聞き、思わず感心した。
「言った方が良かったですか?」
「いや、いい」
わざわざクライヴから尋ねたにもかかわらず、言われたくないと言う思いがひしひしと伝わってきた。
「……鍵は当分外せそうにない」
「大丈夫ですよ。気にしてませんから」
あっけらかんにそう答えたリリアーナに複雑そうな顔をしながらも「すまない」と一言謝られた。その顔はどこか辛そうだった。




