殿下のお願い
「……手を繋ぎたい」
クライヴは誰に言うのでもなく、呟いた。
あの笑顔は反則だ……。
改めてそう思う。
クライヴはリリアーナとの散歩中にずっと考えていた。自然と手を繋げる方法はないだろうかと。折角隣にいるのに、その貴重な時間を会話だけで終わらせたくはなかった。しかし、クライヴにはそれすらもハードルが空のように高かった。一体どうすればいいのだろうか、とひたすら考えていたため、口からうっかり出てしまった。
「はい?」
その言葉に思わずイザックが反応する。
仕事中だったことを思い出し、今更だが恥ずかしくなった。
「奥様とのことですか?」
「他に誰がいる」
「ええ、そうですね。というか、まだその段階なのですか?」
イザックは初心な主人を心配そうに見つめる。
「くっ、仕方ないだろう……。女性と関わる機会なんて今までほとんどなかったんだぞ。そもそも夫婦というものはどこまでがセーフなんだ? 簡単に手を繋いでもいいのか? 許可がいるのではないのか? それで断られたら……うぐっ、俺は立ち直れないかもしれない……」
その瞬間を想像しただけでショックを受け、頭を抱える。
「……貴方は深く考えすぎですよ。巷ではクライヴ殿下は常に大勢の女性を侍らせている、なんて噂されているようですが」
「それに関しては知らないぞ、俺は」
「ええ、実際はお話しされるだけでも精一杯ですからねぇ」
「おまっ、はっきり言いすぎだ。そもそもおかしいだろ。どうやって恐れられてる俺がそんなに侍らせられるんだよ」
「お金ですかね?」
「何でそこまでして侍らせないといけないんだよ。俺はリリー以外の女性になんて興味ないっていうのに」
「まあまあ。奥様のことでしたらきっと大丈夫ですよ。ですから普通に誘ってください。“手を繋ぎたい”って言ったらいいんですよ」
「それが難しいのだがな……」
そう言って苦笑する。
「“手を繋ぎたい”だな。よし覚えた」
「何も一言一句違わずに言えとは言っていませんよ」
真っ正直なクライヴの言葉に今度はイザックが苦笑いを浮かべた。
「そんなに気を張らなくても殿下なら大丈夫ですよ。例え断られたとしても、お二人が出会われてからの日数が少なかったからというだけです」
「そ、そうだな……。きっと大丈夫だ。よし、行って来る」
「その前にこの大量のお仕事を片付けてください」
「え……」
気がつくと机の両端には山のような書類が積み上がっていた。今にも崩れ落ちそうだ。
一体いつの間に……。
今すぐ愛する妻の元へ行きたかったクライヴだったが、どう見てもすぐには行けそうになかった。
クライヴはがっくりと肩を落とし、一刻でも早く終わらせて会いに行こうと心に誓った。
そんなクライヴによって、かつてない速度で仕事が片付いていった。
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「どうされました?」
リリアーナはクライヴの姿を見て、若干驚きながらも声を掛ける。あの後、仕事を終わらせたクライヴは真っ直ぐにリリアーナの元へと向かったのだ。
「あ、ああ、一緒に散歩しないか?」
「ぜひっ」
クライヴから再び誘いを受け、じわっと胸が温かくなるのを感じた。
庭園まで来たクライヴはふと足を止めた。どことなく緊張が伝わってくる。
「あー、えーと、だな……」
ぎくしゃくした動きにリリアーナまで緊張して、思わず身構えてしまう。
「て…………手を繋ぎたい」
クライヴは勇気を振り絞って勢いよく告げる。
上擦った声で恥ずかしそうに言われ、思わず思考停止し、その場で静止してしまった。
「へ?」
「だ、駄目か?」
しゅんとした顔で見つめられる。
「いっ、いえっ、駄目というわけではなく……よ、よろしくお願いします」
「あっ、ああ、よろしく……」
初めて繋いだその感覚はどこかぎこちなく、それでいて不思議と安心するようなそんな感覚だった。この時間がずっと続いたらいいのに、とさえ願ってしまった。
辺りには温かい空気が漂っていた。




