王宮にて
「イヴ、可愛いかったなぁ」
王宮に戻ったシエルは執務室で呟く。
「またですの? それを聞かされるためだけに呼び出されたのかしら?」
呆れたようにナターシャは言う。
それもそのはず。クライヴの元に訪ねて帰って来る度にこうして聞かされているのだから。
初めは婚約なんて断るつもりだった。『イヴを愛でるので忙しいから』と。だが、ふと思ったのだ。この愛らしさを布教するチャンスでは、と。あとは単純に誰かに語りたかっただけだが。
シアは僕に恋愛なんて求めて来ないからちょうど良かったというのもあった。彼女はそれよりも国政に携わりたいと考えるタイプだったから。
そうして婚約に至った。
だから思う存分聞いてもらわないと。
シエルがそう思う反面、ナターシャは何度も何度も聞かされ続けた結果、軽く流すようになっていた。
「僕のイヴが結婚しちゃうなんて……」
「クライヴ殿下も成人されていますのよ。王族なら幼い頃から婚約者がいるのが普通よ。今まで婚約者すらいなかったことが不思議なぐらいだわ」
「だって婚約してほしくなかったから」
「まさか……婚約が成立しないように手を回していた、なんて言わないでしょうね」
「…………」
長い無言――それは肯定を意味する。
「嘘でしょ? 呆れたわ。貴方を純粋で穢れのない王子様とか言って信仰している方たちにも聞かせて差し上げたいわ。皆様さぞ驚かれるでしょうね。クライヴ殿下の方がよっぽど純粋だわ」
ナターシャの嫌味にシエルは顔を上げる。
「当然だよ。イヴだからね」
当たり前だと言う風に彼は大きく頷いた。
だけど今回の婚約は違う。手を回す暇なんてなかったし、他にも候補はいた。それなのにリリアーナ嬢をイヴの婚約者に選んだのはきっと……。
「それに、それはシアもだろう? 皆の前では猫を被ってる」。
「あら。完璧な淑女たるもの皆様の前では常に理想通りに振る舞わなくては。貴方は特別でしてよ。……ブラコンっぷりをちっとも隠しもしないシエルを見て、演じるのが馬鹿らしくなったのよ」
「まあ僕は弟が一番だからね。今までもこれからも」
「どうぞお好きに。ですが毎度惚気を聞かされる私の身にもなって頂きたいわ。仮にも貴方の妻でしてよ」
「ええー!! だってあんなに可愛いんだよ。話さずにはいられないよ」
思わず、立ち上がって言う。
「でしたら彼に話すことをお勧めしますわ」
ナターシャは笑顔で、無言に徹していたシエルの侍従長を差し出した。
二人の会話に口を挟むことなく黙々と仕事をしていた彼は「え……」と小さく声を発した。あまりにも不憫である。
「では私はこれで失礼しますわ」
「ああ、また話し相手になってくれるかい?」
「もう勘弁願いたいですわね」
ナターシャが執務室を去ると、シエルは侍従長の方へと向き直った。
「じゃあ可愛い弟のことを聞かせてあげるよ」
シエルの笑顔の圧に彼は「はい……」と答えることしか出来なかった。




