第一王子の来訪
「殿下!! お待ちしておりました」
屋敷に戻るとイザックが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「何事だ」
「それがシエル殿下がお見えなんです」
「何?」
「まずはクライヴ殿下と二人でお話しがしたいとのことでして。奥様は後ほど。さあ、早く向かってください」
「分かった」
扉を開けるとソファに腰を掛けている男性の姿が目に入る。
「やあっ、久しぶりだね、僕の可愛い弟っ」
その男性はクライヴを見るなり、目を輝かせて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……お久しぶりです、兄上」
そう、彼はクライヴの兄シエルである。
シエルは儚げな雰囲気を漂わせており、聖なる貴公子として老若男女問わず人気が高い人物だ。
まさかお忙しい兄上がわざわざ訪ねて来るなんてな。一体どうしてここに? リリーに用があるならともかくとして。そもそも今は長期間の外遊中で暫くは戻らないはずでは?
「久しぶりに会えたというのに歓迎してくれないのかい? 寂しいねぇ」
「……お元気そうで何よりです」
「ああ、僕は元気さ。だけどイヴの方が心配だよ」
「問題ありません」
「そう? それなら良いけど。さあ、これ、海外のお土産だよっ。たくさん、買ってきたんだっ」
その言葉通り、机の上には山程積み上げられている。
「これは……」
その中の一つに目を引くものがあった。他のものは箱に綺麗な包装がしていたが、それだけは何の包装もしておらず、箱にすら入っていなかった。
「そう、魔導具だよ。最近、開発されたものでね。どこにいてもすぐに連絡が取れるという優れものなんだ。しかも映像つき」
「そんなに便利な魔導具でしたら兄上が使われては?」
「ダメ。これはイヴが僕と連絡する用なんだから」
「え?」
「だってイヴは全然連絡してくれないから。やっぱり寂しいよ……」
シエルは眉を下げる。
「うっ……」
つい言葉を詰まらせる。
「いつでも連絡して来てくれていいからね。待ってるよ。これで毎日お話しできるね」
にっこりと笑顔でとんでもないことを言い出す兄。後ろから彼の侍従長が断ってほしいという空気感を漂わせている。
「……何か連絡が必要になるときまで仕舞っておきます」
「ええっー!?」
俺としてもさすがに毎日連絡されても困る。兄上に一度捕まるとなかなか離してくれないし。それで仕事も滞るから、兄上よく父上に怒られてたな。
思わず懐かしい出来事を思い出した。
「ねぇイヴ、最近どう? 急に結婚が決まったって聞いて……ごめんね」
「どうして兄上が謝るんです?」
「だって、イヴ結婚したくないって言ってたでしょ。父上め、僕が知ったら反対するだろうからって独断で進めて。もうっ、誰も教えてくれなくてね。外交相手からイヴの結婚聞かされて、本当に驚いたよ。それで、慌てて飛んで帰って来たんだ。結局間に合わなかったけどね……」
そうか……兄上は止めようとしてくれていたのか。というか、外交相手から聞かされるって……。父上は隠し通す気だったのか? 王命まで使って結婚させられたことに思うところは当然ある。だが、結果論ではあるがリリーと結婚出来て舞い上がっていた。
「リリアーナ嬢、だっけ? 仲良くやれてるかな?」
シエルの声にはっとして、思考を引き戻す。
「ご心配されなくとも問題ありません。……彼女となら大丈夫です」
無意識だっただろう。思わず笑みが溢れる。
「そう。それなら良かった」
一瞬驚いた顔をしたかと思うと、ふわりと笑った。
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「失礼いたします」
「おや、君がリリアーナ嬢かい?」
「はい。クライヴ殿下の妻リリアーナでございます」
この方がシエル殿下。
リリアーナは、彼の佇まい、そして纏うオーラに思わず圧倒される。
「やあ、初めまして。僕はイヴの兄で第一王子シエル・ディ・リーツェンベルクだよ。君のことはシアから聞いているよ。仲良くしてくれてありがとう」
シア――おそらくはナターシャのことだろうとリリアーナは瞬時に理解した。
「いえ、こちらこそ良くして頂いて感謝しております」
「そっか。じゃあ僕は行くよ」
本当に何をしに来られたんだ?
「イヴ、何かあったら僕に相談してね」
「えっ」
クライヴは瞠目する。
「僕はイヴのお兄ちゃんなんだから、必ず力になるから」
「どうして……」
クライヴは小さな声で呟いた。
「愛する弟を助けるのに理由なんていらないよ」
「……」
クライヴは、シエルの瞳を見ているとまるで心の奥を見透かされているような、そんな不思議な感覚が込み上げてくるのを感じた。それに耐えられず思わず目を逸らしてしまった。するとシエルはゆっくりクライヴの頭を撫でた。
「あ、兄上?」
クライヴは困惑し、声を掛ける。
本当に仲が良いのね、お二人は。
とリリアーナはその様子を微笑ましく見ていた。
「~~っ可愛いなぁ、イヴは。リリアーナ嬢、弟のことをよろしくね」
「はい。お役に立てるよう精一杯努めさせていただきます」
その言葉を聞いて、シエルは満足そうに頷くと帰って行った。




