初のお茶会
あっという間にお茶会当日となった。今の私は、以前クライヴからプレゼントされた煌びやかなドレスとネックレスを身に着けている。
少しは王子妃っぽく見えるかしら。
「リリー……」
「では行ってまいりますね」
「……」
クライブは無言でじっとリリアーナを見つめている。
リリアーナがお茶会を上手く乗り切れるか、クライヴは不安に思っているのだと感じ、軽くショックを受けた。
確かにお茶会の経験なんてないけれど、でも……。
「精一杯頑張りますからっ」
「ああ、リリーなら大丈夫だろう」
「え?」
予想外の反応が返ってきて、逆に困惑してしまう。
不安なのではなかったの?
「ナターシャとは何も問題は起こらないだろうが……」
「ならどうして」
「こういうのにはあまり参加しないと聞いてな。その……他の令嬢もいるし、それに遠くまで一人でなんて」
「えっ」
そこ? もしかして心配してくださっていたの?
嬉しい……。
心がぽかぽかと温かくなる。
「殿下はやっぱりお優しいですわ」
「っそんなことを言うのはリリーぐらいだ」
そう言うクライブの頬は若干赤らんでおり、嬉しそうに思えた。
「行ってまいります」
「ああ、気をつけて、無事帰って来てくれ。待っているから」
「はい、イヴ」
**********
リリアーナが到着した頃には、すでに何人かの女性が着席していた。
「初めまして。わたくしはナターシャ・リーツェンベルクですわ」
そう挨拶されたのは、ほぅと思わず溜め息が出るほど美しい女性だった。
「お初にお目にかかります。クライヴ殿下の妻、リリアーナ・シュテイン・リーツェンベルクと申します」
「やっぱり貴方がクライヴ殿下の。お会いできるのを楽しみにしていたのよ。さぁ、お座りになって」
優雅な所作で、彼女からは気品が漂っている。
「し、失礼いたします、ナターシャ妃殿下」
「あら、堅苦しいのはなしにしましょう。義理とはいえ姉妹になるのですから」
ナターシャはにこっと笑った。
「え、えっと、ではナターシャ様と呼ばせて頂きますね」
「わたくしもリリアーナさんとお呼びしても?」
「も、勿論です」
こんな高貴な方が、本来ご一緒できる立場ではない身分の低い私にまで対等に接してくださるなんて。
嬉しい反面、緊張が拭えなかった。
「新婚生活はどうなのかしら? 仲良く出来てますの?」
「はい。イヴはとても優しい素敵な方です。いつも良くして頂いておりますし、快適に過ごしております」
「愛称でお名前を?」
「はい、主人がそう呼んでほしいと」
「あらあら、随分仲のよろしいこと」
ナターシャはそう言うと、皆と顔を見合わせ、何かを示し合わせるとリリアーナの方に向き直った。
「何事もないとは思っていましたけれど、一先ずは良かったですわ」
「皆様はイヴのこと……」
「ええ。噂のような方ではないと思っていますの」
「ですが、ここ数年お会いしていなかったもので変わってしまわれたのではと」
「パーティーでお会いされたのですか?」
そう尋ねるとナターシャは首を横に振った。
「いいえ。パーティーには滅多に参加されませんもの。初めてお会いしたのは王宮でシエル主催のお茶会が開かれたときだったかしら」
「ええ、そうですね。あのときは何というか驚かされましたけれど……」
「本当ですわ……」
なぜか皆遠い目をしている。
もしかして、イヴが話してくださった例のお茶会のことかしら?
「……何かあったのですか?」
尋ねるのが若干怖かったが気になって尋ねてしまった。
「……初めは普通のお茶会でしたの。そこに偶々クライブ殿下が姿を見せられて、そこからは地獄でしたわ。シエルの溺愛っぷりを嫌というほど見せつけられましたから」
「本当懐かしいですね……」
「そ、そんなことが……」
それ以上返す言葉が見つからなかった。
リリアーナは兄シエルとの関係について会えば分かるとクライヴが話していたことを思い出し、そういうことかと納得した。
「……貴方は噂ではなく判断してくださったのね」
「はい。“噂だけで判断するな”という両親の教えがありまして」
「良いご両親ね」
「あ、ありがとうございます」
嬉しくなり、頬が緩んだ。
「実は今回貴方を呼んだのには理由がありますの」
「え?」
ただのお茶会ではなかったの?
「これは忠告よ。充分に気をつけて」
ナターシャは真剣な表情で告げる。
「それはどういう……」
「わたくしは社交界の噂話は全て把握しているわ。けれどね、クライヴ殿下のお噂に関してはその中にはなかったの」
「えっと?」
「要するにあのお噂は社交界の外から流れ出した噂なのよ。社交界の中からなら、ここまで噂話が広まったのも納得よ。だけど外からなんて普通あり得ないことなのよ」
社交界の中からというのは噂好きな貴族によってお茶会やパーティーなどを通じて、ということだ。逆に社交界の外というのは市井である。王族と関わり合いのない市井から拡散した噂。
「それって……」
まさかどこかにイヴを陥れたい大きな力を持った人がいるってこと?
「だから念の為リリアーナさんにはお伝えしておこうと思ったのよ。……不安にさせちゃってごめんなさいね」
「い、いえ、驚きましたけどお話し頂けて良かったです」
「そう。クライヴ殿下は政略とかには疎いお方だから色々心配なのよ。シエルが過保護に育てたばっかりにね」
「策略を巡らす貴族がいる、なんて考えも浮かばないかもしれませんね」
「あり得そうで怖いわ」
実際クライヴはライモンドに指摘されるまで、王位を巡る派閥争いというものも知らなかったので、その可能性は十分にあるのだ。
「まあ何かあったら遠慮なく相談してちょうだい。力になるわ」
「ありがとうございます……」
「さあっ、この話はここまでにしてお茶会を楽しみましょう」
ナターシャが空気を変えるように、明るい声で言う。
「そうですわね」
「ええ、そうですね。リリアーナさんもお菓子をどうぞ」
「はっ、はいっ」
ようやく通常のお茶会の様相を取り戻した。
**********
「殿下、少し落ち着いてください」
部屋中を意味もなく動き回るクライヴを見て、イザックは冷静になるよう促す。
「だが、初のお茶会なんだぞ!? 女性の社会はややこしいと聞く。もしリリーが嫌なことを言われたら……」
「そんなに気になられるのでしたら、迎えに行かれてはいかがです?」
「!!その手があったのか。よしっ、向かうぞ。イザック、馬の用意だ」
「えっ」
リリアーナが来るまで、滅多に屋敷どころか部屋すら出ようとしなかったクライヴが、まさか本当に向かうと言い出すとは思わず、イザックは呆然とする。
「何をしているんだ。早く用意してくれ」
「はっ、はい。かしこまりました」
彼は返事をすると、慌てて馬の用意に向かった。
**********
馬に乗り続けること小一時間、侯爵邸に到着した。そこには二人の門番が立っていた。
「お名前をお伺いしても?」
「クライヴ・ディ・シュテイン・リーツェンベルクだ」
「「!?」」
「ど、どうしてこちらに?」
門番の1人が震えながらも尋ねる。
俺の悪い噂を恐れているのか。
「妻を迎えに来た」
「どどどどうぞ」
クライヴを怖がったもう1人の門番が門を開けた。
「こんなにあっさり通していいのか? 門番だろ、あいつら。しかも侯爵家の」
俺を恐れるぐらいなら止めないとダメだろ。楽に通れて、リリーに会う邪魔をされなかったのは良かったが、別の意味で心配になるな。さて、そんなことよりリリーだ。大丈夫だろうか。
クライヴが来たと連絡があったのか、執事が屋敷内から出て来た。
「クライヴ殿下、ようこそ侯爵邸にお越しくださいました」
「お前は」
昔訪問した際に会ったことがあるな。あの頃からずっとここで働いているのか。
「妻を迎えに来たんだが」
「ご案内いたします」
「リリー!!」
「クライヴ様!? どうしてこちらに」
「あっ、いや、心配でつい」
「私が、ですか?」
きょとんとするその顔も可愛いすぎるっ。
その表情にクライヴは悶絶していた。
「心配性ですわね」
「あっ……」
クライヴにはリリアーナしか見えておらず、声を掛けられようやく今の状況を思い出した。周囲を見回すとナターシャを筆頭に皆驚いた表情でこちらを見ていた。
「ひ、久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりですわ、クライヴ殿下。心配なさらずともリリアーナ様と楽しく過ごしておりましたのに」
「それは、すまない……」
ナターシャの言葉に苦笑いを浮かべる。
「……いえ、今日のところはリリアーナさんを連れてお帰りください。殿下もその方がよろしいようですし」
「そうだな。そうさせてもらう。リリーもそれでいいか? なんだったら待たせてもらうが」
楽しい邪魔をしてしまったのでは!?
と今になって思い、尋ねる。
「いえ、構いませんよ」
「そうか。では行こうか、リリー」
「はい、帰りましょう。では私はこれで失礼いたしますね」
「ええ、またお会いしましょう」
ナターシャは今まで見たことのないクライヴの姿に驚いていたが、さすがというべきかそんな風には感じさせない笑顔で言った。
帰り際二人の仲睦まじい様子に、彼らの姿を見た者は思わず二度見していたという。




