第一王子妃からの招待状
「殿下、奥様宛に招待状らしきものが届いております」
「これが招待状、か」
「ええ、おそらくは」
イザックの手には1通の招待状があった。彼が招待状らしきものと告げた通り、招待状がどのようなものか記憶が曖昧になるぐらい長い期間届いておらず、目にする機会がほとんどなかったのだ。クライブは仮にも王族ではあるが、評判の悪いクライヴを誘おうとする貴族などいなかったからだ。
「先に殿下にご報告をと思いまして」
「送り主は誰だ?」
「シェリアス侯爵家からです」
「なるほどな」
シェリアス侯爵家の令嬢であるナターシャはクライヴの兄で第一王子シエルの妻だ。それを考えると、リリアーナ宛てに招待状が届いたのも納得である。
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「リリー、少しいいか」
「どうされました?」
図書室でちょうど本を読み終わったところに声をかけられた。
「リリー宛に招待状が届いてな」
「招待状ですか?」
「ああ、シェリアス侯爵家からの招待だから断るのもな」
!!シェリアス侯爵家……私でも知っている有名な家じゃない!!
ナターシャ妃殿下の生家だからその関係かしら。殿下の妻になったのだものね。
リリアーナは緊張した面持ちで慎重に招待状の封を開け、内容に目を通す。
「お茶会ですか……」
「お茶会?」
「はい。ナターシャ妃殿下主催のお茶会に招かれてしまいました」
少人数での小さなお茶会のようだが、リリアーナは今までどのようなお茶会にも参加した経験がない。にも関わらず、いきなり第一王子妃ナターシャのお茶会への招待……。
誰のお茶会に参加するかで今後の社交界での立場が決まるのだが、その中でも次期王妃となるであろうナターシャのお茶会に参加するということは特別な意味を持つ。しかし、ナターシャはまだ正式に王妃となることは決まっていないのだ。これは第一王子が国王になるという決まりがないためだ。とはいえ次期国王となるのはシエルだと皆が口を揃えて言っている。
そのとき、リリアーナはとある噂を思い出した。王位を巡ってシエルとクライヴが対立しているという噂である。
実際はどうなのかしら。
クライヴに関する噂で正しかったことなど一つもなかった。使用人に対する暴力は嘘、女性を侍らせているというのも嘘……。
できれば仲良くしたいな、なんて思っていたけれどそれで大丈夫なの!?
「どうした?」
頭の中で様々な考えを巡らせているリリアーナを不思議に思ったのか声を掛けられる。
「……」
お聞きしてもいいのかしら?
「何でも言ってくれ」
「そ、そういうことでしたら一つだけ」
そう言うとどこか楽しそうな瞳を向けられる。
「噂が事実なのかな?と思いまして……」
「噂?」
「はい。クライヴ殿下とシエル殿下が、その……対立されているとか。も、もしそうならナターシャ妃殿下と仲良くしたらまずいのかな、と思いまして」
い、言っちゃった……。
勢いに任せて伝えたため、徐々に早口になっていた。
「……」
クライヴは無言で固まってしまっている。
やっぱり言わない方が良かった!?
「も、申し訳ありませんっ、忘れてくださいっ」
「……いや、謝ることはない。驚いただけだ」
「え?」
「別に対立なんてしていないし、むしろ……。いや、いずれ会うことにはなるだろうし、たぶん分かるだろうな」
どういうこと? 仰っている意味は分からないけれどつまりあれもただの噂ってことよね? イヴの噂の数々に事実なんて混ざっているのかしら?
「まあとにかくそんな関係でもないから安心してくれ」
「はい」
リリアーナはもう一度内容に目を通す。
「あれ?」
脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
「侯爵家で開かれるのですね。てっきり王宮だと思っていました」
「ああ、今は兄上は長期間の外遊中でな。その間に帰省しているからだろうな。どちらで開いても問題はないからな」
「なるほど」
……私大丈夫かしら。お茶会になんて今まで参加したことないのに。でも、お母様が昔仰っていたわ。家のためにお茶会で繋がりを作るのが妻の務めだって。
「参加いたしますわ」
「ありがとう」
「いえ、私はイヴの妻であり公爵夫人ですもの。お役に立てるように頑張りますね」
「妻……良い響きだ」
「え?」
響き?
クライヴの言葉に思わず首を傾げる。
「いや、なんでもない」
そう言ってはぐらかされてしまった。
「イヴはお茶会に参加されたことはあるのですか?」
「ないな。王宮を出てからはそんな機会もなかったし、あの頃はまだ兄上の婚約者も決まっていなかったからな。俺のお茶会は兄上の婚約者が決まってから開く予定だったみたいでな」
「そうなのですね」
「ああ、だから何も言えることはないし、参考にもなれないな」
クライヴは苦笑する。
「いえ、大丈夫です。少し気になっただけですから」
「あっ……そういえば、途中参加したことはあったな。兄上のお茶会にな」
「途中参加ですか?」
「ああ、王宮内を歩いてたら、兄上の姿が偶々見えてな。で、兄上が俺に気づいて一緒にお茶会に参加することになったんだ」
「あの……その際に婚約者候補の方々とお話しされたりは?」
シエルのお茶会となると有力貴族の令嬢が多数参加する。その中にクライブにとっても有力な婚約者候補が存在したのではないかと思ったのだ。本来、クライブが婚約するような立場の相手だ。
「いや……その……」
そう尋ねられ、クライブはなんだか歯切れが悪かった。
「……王宮のシェフが作ったお菓子が美味しくて。それに夢中になってたら終わってた……」
「え?」
リリアーナは次に続いたクライブの言葉に、きょとんとした顔をする。
「あ、あの頃はまだ子どもだったからな。つい、というか」
恥ずかしそうに早口で言う。
子どものときのイヴ……可愛いっ。
と口には出さなかったが、そう思ってしまった。
微笑ましいエピソードに、頬を緩める。
「だからというか、侯爵邸でのお茶会のお菓子は美味しいぞ。たぶんだけどな」
「はい、楽しみです」
クライヴと話しているうちにお茶会への不安は薄れていった。




