契約しました!姉×幼女×同級生が僕を巡って修羅場です
第1章:甘やかし姉と平和な朝
「ゆうくん、ほら、アーンして?」
朝のトーストが、俺の口に届く前に――姉の手が、それを奪った。
「……いや、自分で食べるから」
「ええー、せっかく焼いたのに~。お姉ちゃん、朝から張り切っちゃったんだよ?」
キッチンでエプロン姿の姉・千早が、にこにこしながら俺の口元にトーストを突き出してくる。
目がすわってる。あと、テンションが朝からMAXすぎて、すでに俺のエネルギーはゼロだ。
「てか、パンに“愛してる”って書くのやめてくれない?」
「えっ、見えた!? 恥ずかしい~!」
わざとだろ。それ、ケチャップで書いてるよな。しっかり赤すぎて、むしろホラー。
俺、結城、高校一年生。
今は両親が海外赴任中で、姉、千早と二人きりの生活。
……なのに、朝からこのテンションである。
「ほら、今日も元気に行ってらっしゃいのチュー♪」
「やめろ! それはアウトだ! 保健所に通報される!」
「そんな~、弟にキスするくらい、姉として当然でしょ?」
何が“当然”だ。日本の法律に謝れ。
お姉ちゃんは、昔から俺に甘すぎる。いや、甘々すぎる。
兄弟の壁をバキバキに壊す姉のスキンシップは、俺のライフを日々削り取ってくる。
「今日は帰りにスーパー寄って、結城の好きなオムライスにしようねっ。にっこりケチャップハート付きで♪」
「……もう、いっそ食堂で食うわ」
「ダメ~。お姉ちゃんがいないと、結城、栄養偏るでしょ?」
俺がカップ麺を手にしたら全力で奪ってくる姉。冷凍チャーハンは“手抜き料理”のレッテルを貼って永久追放。
この家の栄養バランスは、お姉ちゃんの胸の中にある。
「そろそろ家族の一線、ちゃんと引こうよ……」
「えっ、一線超えるの?」
「違う! 引く方! 超えるなよ!?」
「ふふっ、冗談だよぉ」
こっちは本気でビビってるんだけどな。
「はい、バッグ。お弁当も入ってるよ。あと、ハンカチとティッシュも。ついでに愛も」
「最後の余計! 愛は持ち歩かない主義です!!」
そうして毎朝繰り返される、姉弟とは思えないほどの濃密なやり取りを経て――俺は今日も学校に向かう。
そんな平和(?)な朝――俺はまだ知らなかった。
その日、空から“幼女”が落ちてくることを。
第2章:妖精、落下。キスからの契約
「うわっ、何か落ちてきた――ッ!?」
昼休み。教室の窓から外をぼーっと眺めていたその時だった。
空から“何か”が落ちてきた。
人影のようで、でもちっちゃい。
子ども? 人形? いや、見間違いではない――
「人、だよな……!?」
その“ちっちゃい何か”は、教室のすぐ横、体育館裏の芝生にストンと着地した。
異常なくらいに静かだった。落下の衝撃も、音も、何もない。
俺の理性は「見に行くな」と叫んでいたが、好奇心が勝った。
この時点で、もう俺の平穏な日常は詰んでいたのだ。
***
「うーん……」
芝生の上で、白いドレスの女の子が寝転んでいた。
年の頃は、どう見ても小学生。いや、もっと幼いかもしれない。
けど、その顔は信じられないくらい整っていて、まるで人形のようだった。
「おーい、生きてるか?」
恐る恐る声をかける。
その瞬間――ぱちっ、と瞳が開いた。
「……んっ」
次の瞬間、彼女はむくりと起き上がり――
「んー……契約、完了よ」
と言って、いきなり俺の顔を引き寄せ、
「ちゅっ♡」
唇にキスしてきた。
思考停止。
「……………………え?」
「ご主人様、こんにちは♡」
俺の思考が完全に止まったまま、銀髪の彼女――いや、“幼女”はにっこりと笑った。
「わたくし、アイリスティア。異世界から来た最高位の妖精ですの」
何言ってんのこの子。
「え、いや、ちょっと待て。あの、なんでいきなりキス……?」
「契約に必要ですの。現界維持のために、“誰か”と魔力契約しなきゃ存在できないので♡」
さらっと爆弾を投下してきたこの幼女、ヤバい。
「で、なんで俺なんだよ!?」
「それは、あなたが“適格者”だったからですの。運命ってやつですの」
ニコッと笑ってる場合じゃない。
「……それで、その契約って、何か影響あるの?」
「ありますの。契約者に対して、強い恋愛感情を持つようになりますの♡」
「なんで!?」
「仕様ですの♡」
「なんなんだよその仕様!! アプリのバグか!!」
俺は慌てて立ち上がる。けど、アイリスティアは立ち上がった俺にぴょこんと抱きついてきた。
「離れたくないですの。好きですの。だって、わたくしはご主人様が大好きですの~♡」
「うわあああああああ!?!?!?」
俺の頭は爆発寸前。いや、すでにしてた。
人目を気にした俺は、ひとまず、緊急避難的に、アイリスティアを保健室に連れていった。この時間、保健の先生はいないことが多い。
ところがそこへ――さらなる爆発が来た。
「……その子、誰?」
振り向くと、そこには制服の上にエプロンを重ねたお姉ちゃんが立っていた。
家庭科部の買い出しの帰りらしい。
よりによって、最悪のタイミングで保健室に来たのだ。
俺の膝に乗った銀髪幼女。
頬を染め、ぴったりとくっついて離れない。
その状況を見て、姉の目がギンッと光る。
「……ゆうくん?」
「ご、ごめん、これはその、違くて、事故で、妖精で、契約で……」
「――へえ、契約、ねぇ?」
完全に怒ってる。
詰んだ。
完全に詰んだ。
俺の人生、ハードモード突入である。
第3章:契約成立!? 修羅場は突然に
「……その子、誰?」
保健室の空気が凍った。
銀髪の妖精――アイリスティアが、俺の膝の上にちょこんと座って、俺に抱きついている。
それを見ているのは、エプロン姿のお姉ちゃん。
「ゆ、ゆうくん? 説明してもらえるかな?」
「お、お姉ちゃん、これは、その、事故で……! 空から落ちてきて、気づいたら契約してて、キスされてて……」
「キス、って言ったよね?」
にっこり笑ってるけど、目が笑ってない。怖い。
アイリは俺の背中からひょこっと顔を出して、にこにこ。
「はい♡ ご主人様との契約は、キスで完了しますの♡」
「…………」
お姉ちゃんの口元がピクッと引きつった。
その瞬間、保健室の空気が一気に高圧になる。
「お姉ちゃん……怒ってる?」
「怒ってないよ?」
嘘だ絶対怒ってる。
「お姉ちゃんはね、ただ知りたいだけ。ゆうくんが――他の女の子とキスするような子に育っちゃったのかどうかをね?」
その言い方やめて!? 俺がとんでもない不良に育ったみたいになってるから!!
「ご主人様とわたくしは、ラブラブですの♡」
「わ、私たちは“契約”してるだけだよね!? ラブラブではない!!」
「ええ? だって契約すると“強制的に恋愛感情が芽生える”の。つまり、もうラブラブですの♡」
「そんなゲームみたいなシステムあるか!? てかお姉ちゃん! 信じて!! 俺、まだ純粋だよ!!!」
「純粋な子は、昼休みに女子と契約してません」
お姉ちゃん、口撃が強すぎる。
こっちが何言っても地獄。マジで地獄。
そんな修羅場の中――
「ねぇ、結城くん?」
また新たな声が。ドアがガラッと開いて、クラスメイトの高橋ほのかが顔を出した。
「保健室に来たって聞いたから見に来たんだけど……なにその状況。新手の修羅場?」
彼女の視線が俺、そしてアイリ、お姉ちゃんへと移る。
「……まさか、彼女? しかも幼女?」
「ち、ちがう! 違うってば!」
「じゃあ、キスは?」
「なんでそこだけピンポイントで聞くの!!?」
「え? したんだ?」
保健室、完全沈黙。
「ふぅん……結城くんってそういう趣味だったんだ」
ほのかの声が低くなる。何かが燃えてる。感情が、いや、嫉妬の業火が。
「契約して、ラブラブになって、保健室で密着してるって……ふぅん」
「ち、違うんだってばあああああああ!!!」
「ご主人様は、わたくしだけのものですの♡」
「いやいやいやいや!! 話し合おう! 一回話し合おう!!!」
「だめ。わたくし、独占欲強いんですの♡」
「はあ!? 結城くんは私が――いや、今は違うけど……でも、許さない!」
「お姉ちゃんも、黙って見てるわけにはいかないわね……」
三人の目線が、完全に俺に集中する。
「「「――結城は、私のものよ!!」」」
ひええええええええええええ!!!!
修羅場。物理的修羅場。
誰か助けて。今すぐチュートリアル付きでこのバトルから脱出させてくれ。
俺の理性は、もはやログアウト寸前だった――。
第4章:私のものよ、絶対に。
「……結城くん、ちょっと来てくれる?」
ほのかが、保健室の隅に俺を引っ張っていこうとする。
だが、それを遮るようにアイリがぎゅっと俺の手をつかむ。
「いやですの。ご主人様は、わたくしのものですの」
そしてその様子を見ていたお姉ちゃんが、ふわっと笑いながら近づいてきた。
「ふふ、仲良しさんたちね。でも、忘れないで? 結城は、私の弟よ。弟は姉のものと相場が決まってるのよ」
あ、これもうダメなやつだ。
何かが、音を立てて崩れていく気がした。
「ねぇ、結城。お姉ちゃん、言いたいことがあるの」
「な、なに……?」
「お姉ちゃんね、ずっと、我慢してたのよ?」
ほのかとアイリが「え?」と声を揃える。
「でも、もう……限界かも」
お姉ちゃんが微笑んだまま、俺の頬に手を添える。
「結城。お姉ちゃんね――弟としてじゃなくて、男の子として……好きなの」
「…………え?」
思考停止。脳内フリーズ。
「なっ……!」
「えっっっっ!!?」
ほのかとアイリが絶叫した。
「ちょ、ちょっと待って!? 今の、どういう――!?」
「そのままの意味よ? わたし、結城のこと、ずっと“そういう意味”で見てたの」
なんでそんな穏やかに爆弾を落とすのこの人!?
「ねぇ、アイリスティアさん? あなた、契約で恋愛感情を持ってるって言ってたわよね?」
「はいですの。でもそれだけじゃないですの。今のわたくしは、契約以上に……本当に、ご主人様が好きですの」
目が真剣だった。言葉の端に、真実がにじんでいた。
「ふぅん……なら、私も負けてられないよね」
ほのかがぐっと前に出てくる。
「結城くん。私もね、ずっと前から、好きだったの」
「え……?」
「でも、恥ずかしくて、なかなか言えなくて。だから今ここで言うよ」
三人の視線が、俺を貫く。
どこかで効果音が鳴った気がした。いや、心臓の音かもしれない。
「「「――結城は、私のものよ!!」」」
ふたたび保健室に響き渡る“私のもの”宣言。
俺の視界はクラクラしてきた。
いやいやいやいや、ちょっと待って。順番にしよう? 落ち着いて、まず整理しよう?
俺の静かな提案は、女子三名によって同時却下された。
そして――保健室に、謎のピンク色のオーラが漂い始めた。
……ちょ、なんでアイリの髪が光ってるの!?
魔力が!? また暴走モード入ってない!?
このままだと、物理的に保健室が消し飛ぶ!!
「だ、誰かああああああああああ!!!!」
俺の悲鳴は、届かなかった――。
第5章:契約と恋の境界線
この状況、誰か説明書持ってきて。
保健室の空気がバチバチに緊張している。
俺、結城は今――
姉の膝枕(強制)、
幼女妖精の手つなぎ(自発的)、
クラスメイトのほのかによる腕組み(宣戦布告)という、
人間として、いや高校生として、色々なラインを踏み越えた布陣の中心にいる。
「結城。お姉ちゃんはね、ずっと、ずーっと一緒にいて、ずーっと好きだったの。だから、お願い」
お姉ちゃんが、微笑みながら俺の顔を覗き込んでくる。
その笑顔の下にある“本気”が、見えてしまう。
それが怖いくらいに美しくて、俺は息をのむ。
「私は、ご主人様と契約した妖精ですの。最初は強制的に“好き”って感情を持たされただけだったですの」
アイリの声は、少し震えていた。
「でも……今はちがいますの。自分の気持ちで、ご主人様が好きですの」
「わ、私だって……! ずっと、ずっと好きだったのに! 気づいてくれないし、いつもお姉ちゃんの話ばっかしてて……!」
ほのかの目にも涙が浮かんでいた。
俺は、三人の想いに向き合えないまま、ここまで来てしまったんだ。
「……俺は……」
全員の目が俺に集中する。
このまま黙っていたら、誰かが傷つく。
何も言わなければ、誰の想いも受け止めたことにならない。
「……俺は、まだ、自分が誰を好きなのか、わかってない」
沈黙。
「けど、みんなの気持ちは、ちゃんと届いてる。だから、逃げないで向き合いたいって思ってる」
深呼吸。
「だから……今日のところは、一旦、全員ちょっとずつ落ち着いて!! 魔力暴走とかもやめて!!」
「ええー!?」「そんなぁ~」「落ち着けるわけないじゃない!」
三人同時に叫ぶな!!
アイリの魔力で保健室のカーテンが炎上しかけたところで、
先生が「火事!? 火事!?」と飛び込んできて強制終了。
その日、俺は――
姉からの告白と、妖精の契約と、同級生の本気の想いを同時に受け止め、
「とりあえず全員と順番に話し合うから、石投げたり魔法撃ったりするの禁止!」
という謎の外交スキルを駆使して、なんとか命を繋いだのだった。
翌日――
「お弁当、今日は三つ分あるからね!」
「わたくしのは、特製ラブ魔力入りですの♡」
「私のは、勝負唐揚げ三連弾よ!」
三人分のお弁当を手に、俺は三方向から両腕と首を引っ張られながら、昼休みの教室へ向かった。
これはきっと――
「俺のラブコメ」が、始まったばかりってことなんだろう。
――END