鎧兜
〈暫くは來客迎ふ武者人形 涙次〉
【ⅰ】
「舎監」は魔界に帰つた後、案の定と云ふか、処刑されたのだと云ふ。これは「シュー・シャイン」の報告。
その脊景には、「孤児院魔」と呼ばれてゐる、【魔】が控へてゐた。他人(?)の命を預かつてゐる譯だから、或る程度の大物、と云へやう。
で、何が「孤児院」なのか、と云ふと、彼「孤児院魔」は、親に見棄てられた子供たちの魂を拐帯して來て、自分でコレクションしてゐる、らしい。
悲しむべき事に、その候補として、(差し向けられた「舎監」を見よ)結城輪の名がリストアップされてゐる- 彼は、【魔】にとつては逸材、第119話の「魂コレクター」、第120、121話の「園児」にも、深く関はつた譯で、この「孤児院魔」も、彼に興味を持つ事、甚だしかつた。
【ⅱ】
既定路線的に、「孤児院魔」は輪の魂を奪へる、と確信してゐた。人間界or魔界、の選択の余地はない。ただ、親に熱い抱擁を受けた者は、人間界に帰られる仕組みになつてゐるらしかつた。
カンテラ「熱い抱擁、ねえ」じろさん「そんなの、あの家ぢや、無理だらうな」カンテラ「この仕事の依頼は、まだ來てゐない。輪くんが、魔界に墜ちてゆく様を、眺めていなければならないなんて、業腹だな」杵塚「何か、拔け道はないんですか?」金尾「事後承諾でもいゝから、依頼料が慾しいところですよねえ」
【ⅲ】
事後承諾かあ... カンテラ、テオに命じ、結城家には家寶のやうなものがないか、調べて貰つた。
「あつた、あつた。兄貴、結城家、元は戦国武將の家柄ださうで。鎧兜が家寶として傳はつてゐます」-「でかした、テオ」
で、今日はカンテラ、怪盗もぐら國王、枝垂哲平、故買屋Xの前に立つてゐる。「故買屋さん、戦国武將の鎧兜つて、カネになるの?」‐「まあ本物なら、幾らかにはなりますよね」‐「國王、その鎧兜が、仕舞はれてゐる藏、狙つてみないか?」‐「おや、カンさん直々に仕事の薦め、とは。まあ藏つて云ふからには、他のお寶もあるだらうし、いゝ話だね。場所、教へてくれる? 分け前、払ふよ」
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈お寶を得る努力なら惜しまない盗人氣質こゝに健在 平手みき〉
【ⅳ】
國王、枝垂、例に依りトンネルを掘り(勿論國王は大もぐら姿で)、結城家の土藏に參上した。すると、あるわあるわ、カネになりさうな物のオン・パレード。赤外線センサーもなく、たゞ防犯カメラだけなので、仕事は比較的ラクだつた。二人分の頭陀袋に入れるだけ入れた。で、これも例に依り、素早くとんずらした二人...
翌朝、結城家は大變な騒ぎだつた。來客がある度に、これは我が家に代々傳はる、と自慢の種だつた、鎧兜、その他家寶の數々が、今やもぬけの殻、なのである。一應警察には届けたが、「こ、これは、怪盗もぐら國王の仕業...!!」だうやら諦めるしかなさゝうでは、あつた。
【ⅴ】
そこでカンテラ、今度は變装である。辻占に化けた。野方のメインロードにて開業(?)。そこを、余りの落胆に、ふらふらの、輪の母が通つた。「そこな奥方!」カンテラの辻占、聲を掛ける。「何か失せ物であらう」-その通りなので、すつかり信用してしまつた、輪の母、「よくお分かりで」-「残念ながら、家寶は返つては來ぬ、然し、お宅には男の子がゐるであらう。彼を大事に育てれば、一家まだまだ富み榮へる道はある」-「本当ですか?」-「お子さんを抱き締めてあげなさい。彼は今、孤獨地獄の只中にゐる」-「わ、分かりました」
これは、無論、他人の聲に左右され易い、結城家特有の癖、を利用したカンテラの機轉。
【ⅵ】
週末、家に帰つてきた輪。家の中の余りの變はりやうには驚いたが、母が、彼をひし、と抱き締めたのにはもつと驚いた。「か、母さん」-「ご免よ輪、淋しい思ひをさせたね」
これを知つた「孤児院魔」。「まあ、天晴れ、と云つて置かう。我が『孤児院』を避け得た、唯一の例だ」-「だうやら決まりは守るやうだな、だが、俺、あんたを斬るよ」-カンテラ。「き、貴様」-「問答無用、しええええええいつ!!」。「孤児院魔」だう、と倒れた。
その隙に、じろさんが、拐帯されてゐた魂を解放した。「皆、こつちだ出口は!!」
と、云ふ顛末。輪が、「ちやんとカンテラ一味に、お禮してよ」と云ふので、すつかり我が子可愛や、に変貌した輪の兩親は、仕事の料金を支払つた。金尾の云ふ通りで、事後承諾でも、別に構はない。
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〈子規がゐる山のberryを摘みにけり 涙次〉
カンテラが辻占に化け、輪の母の抱擁を引き出さねばならなかつた理由は、魔界の奥まつた處に陣取つた「孤児院魔」を、引つ張り出す為である。云はずもがなの事ではあるが、念の為、こゝに記して置く。ぢやまた。チャオ!!