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サイズが合わない靴

昼休みの教室。にぎやかな笑い声が飛び交う中、古賀治人は自分の席に座っていた。

少しだけ、その輪から距離を置いた場所。

馬場がふざけて、夢咲さんが笑って、青木がツッコミを入れて――そんないつもの光景を、治人は遠くから見つめていた。


「……はぁ」


小さく吐いたため息とともに、弁当のふたを開ける。

特別不味いわけじゃない。でも、箸はなかなか進まなかった。


(……俺、なんでここにいるんだっけ)


生徒会に入ってから、毎日が変わった。

あの輪の中に、自分がいて。誰も嫌な顔をすることなく、話しかけてくれる。

――でも、それが苦しかった。


(本当に、俺がそこにいていいのか?)


夢咲杏奈は華やかで、まるで主人公みたいな子だ。

馬場は誰とでも仲良くなれて、空気も読める。

青木は昔からの知り合いで、今や生徒会の書記としてみんなに頼られている。


(なのに俺は――)


喋ろうとすると言葉が詰まり、笑おうとすれば表情が引きつる。

沈黙が怖くて、でも声を出すのも怖い。

自分の話なんて誰も興味ないって、つい思ってしまう。


(……それでも、一緒にいてくれるのは)


哀れまれてるだけじゃないのか?

「かわいそうなやつ」として扱われてるだけなんじゃ――そんな疑いが頭から離れない。


(やだな、俺……。こんなふうに考える自分が、一番嫌だ)


きっと誰もそんなこと思ってない。

でも、消えてくれない。

昔、誰かに言われたわけじゃないのに、脳内で誰かが囁く。


「お前みたいなのが、一緒にいていいわけないじゃん」


自分には、サイズの合わない、大きすぎる靴を無理に履いて、必死に歩いているような気がしていた。

パカパカと足に合わないその靴は、歩こうとするたびにつまずいて、思うように進めない。

それでも、その靴を脱ぐのが怖くて――ぎこちないまま履き続けている。


そんな自分に、うんざりしていた。


 


治人はゆっくり立ち上がった。

なにかを変えたくて、どこかに逃げたくて――向かった先は、生徒会室だった。


 



 


昼休みの生徒会室。扉を開けると、そこにいたのは浅山優香ひとりだけだった。


無表情で資料を整理している彼女の横顔は、まるで人形のように静かで美しい。

ふと、その静けさに安心して、話しかけようと口を開く。


「あ、えっと……優香さん――」


ピタリ、と。優香の手が止まり、目だけがこちらを向く。


「後、優香って呼ばないでください」


「えっ……?」


戸惑ったまま、治人は言い訳を探すように言う。


「でも、ほら。“浅山さん”って呼ぶと……風香さんと間違えちゃいますし……」


苦笑い交じりにそう言うと、優香の視線が少しだけ鋭くなった。


「私の妹を、下の名前で呼ばないでください」


冷たいようで、どこか守るような声音だった。


言葉に詰まっていると、彼女は間を置かずに言った。


「安心してください。今の貴方の顔なんて、誰も見たくないです」


 


治人の心臓がドクンと跳ねた。

刃のように刺さる言葉。けれど、そこに嘘はなかった。


言い返せない。

でも、不思議と――崩れ落ちるような感覚はなかった。


(ああ、やっぱ俺、今のままじゃダメなんだ)


誰も何も責めてないのに、勝手に卑屈になって、勝手に落ち込んで。

“サイズの合わない靴”を履いて、転びそうになっていた自分を、

彼女はあえて突き放してくれたのかもしれない。


 


治人は、小さく頭を下げて、生徒会室を後にした。

自分にはまだ大きすぎる靴――けれどその靴紐を、誰かにぎゅっと結び直されたような気がした。

パカパカとうるさかった音が、少しだけ静かになる。


それだけで、ほんの少し前を向けた気がした。


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