サイズが合わない靴
昼休みの教室。にぎやかな笑い声が飛び交う中、古賀治人は自分の席に座っていた。
少しだけ、その輪から距離を置いた場所。
馬場がふざけて、夢咲さんが笑って、青木がツッコミを入れて――そんないつもの光景を、治人は遠くから見つめていた。
「……はぁ」
小さく吐いたため息とともに、弁当のふたを開ける。
特別不味いわけじゃない。でも、箸はなかなか進まなかった。
(……俺、なんでここにいるんだっけ)
生徒会に入ってから、毎日が変わった。
あの輪の中に、自分がいて。誰も嫌な顔をすることなく、話しかけてくれる。
――でも、それが苦しかった。
(本当に、俺がそこにいていいのか?)
夢咲杏奈は華やかで、まるで主人公みたいな子だ。
馬場は誰とでも仲良くなれて、空気も読める。
青木は昔からの知り合いで、今や生徒会の書記としてみんなに頼られている。
(なのに俺は――)
喋ろうとすると言葉が詰まり、笑おうとすれば表情が引きつる。
沈黙が怖くて、でも声を出すのも怖い。
自分の話なんて誰も興味ないって、つい思ってしまう。
(……それでも、一緒にいてくれるのは)
哀れまれてるだけじゃないのか?
「かわいそうなやつ」として扱われてるだけなんじゃ――そんな疑いが頭から離れない。
(やだな、俺……。こんなふうに考える自分が、一番嫌だ)
きっと誰もそんなこと思ってない。
でも、消えてくれない。
昔、誰かに言われたわけじゃないのに、脳内で誰かが囁く。
「お前みたいなのが、一緒にいていいわけないじゃん」
自分には、サイズの合わない、大きすぎる靴を無理に履いて、必死に歩いているような気がしていた。
パカパカと足に合わないその靴は、歩こうとするたびにつまずいて、思うように進めない。
それでも、その靴を脱ぐのが怖くて――ぎこちないまま履き続けている。
そんな自分に、うんざりしていた。
治人はゆっくり立ち上がった。
なにかを変えたくて、どこかに逃げたくて――向かった先は、生徒会室だった。
*
昼休みの生徒会室。扉を開けると、そこにいたのは浅山優香ひとりだけだった。
無表情で資料を整理している彼女の横顔は、まるで人形のように静かで美しい。
ふと、その静けさに安心して、話しかけようと口を開く。
「あ、えっと……優香さん――」
ピタリ、と。優香の手が止まり、目だけがこちらを向く。
「後、優香って呼ばないでください」
「えっ……?」
戸惑ったまま、治人は言い訳を探すように言う。
「でも、ほら。“浅山さん”って呼ぶと……風香さんと間違えちゃいますし……」
苦笑い交じりにそう言うと、優香の視線が少しだけ鋭くなった。
「私の妹を、下の名前で呼ばないでください」
冷たいようで、どこか守るような声音だった。
言葉に詰まっていると、彼女は間を置かずに言った。
「安心してください。今の貴方の顔なんて、誰も見たくないです」
治人の心臓がドクンと跳ねた。
刃のように刺さる言葉。けれど、そこに嘘はなかった。
言い返せない。
でも、不思議と――崩れ落ちるような感覚はなかった。
(ああ、やっぱ俺、今のままじゃダメなんだ)
誰も何も責めてないのに、勝手に卑屈になって、勝手に落ち込んで。
“サイズの合わない靴”を履いて、転びそうになっていた自分を、
彼女はあえて突き放してくれたのかもしれない。
治人は、小さく頭を下げて、生徒会室を後にした。
自分にはまだ大きすぎる靴――けれどその靴紐を、誰かにぎゅっと結び直されたような気がした。
パカパカとうるさかった音が、少しだけ静かになる。
それだけで、ほんの少し前を向けた気がした。