夏祭り(前編)
その時、青木のスマホが鳴った。
「……あ、諸星ちゃんから。着いたって!」
みんなで合流場所に行くと、そこに立っていたのは浴衣姿の諸星だった。
薄い水色の浴衣に朝顔の柄が揺れて、普段より少し大人っぽく見える。
「わ、かわいい!」
青木が真っ先に声を上げる。
「……っ、やめてよ……!」
諸星は耳まで赤くし、視線を落とした。
「みんな私服なのに、私だけ浴衣って……なんか浮いてるじゃん……」そう言って小さく身を縮める彼女に、僕は声をかけたかったが、なぜか言葉が喉に引っかかって出てこなかった。
「花火、そろそろ始まるんじゃない?」
夢咲さんが空を見上げて言う。
「展望台の方がよく見えるぞ!」馬場が提案し、僕たちは人混みの中を移動し始めた。
けれど、想像以上の人波に押され、気づけば僕と諸星だけがはぐれてしまっていた。
「え、ちょっと……古賀?」
諸星が不安げに振り向く。諸星が不安げに振り向く。
「……スマホで連絡してみるよ」
僕は馬場に電話をかけ、現在地を伝えた。すぐに「動くな、迎えに行く」という返事が返ってくる。
諸星は浴衣の袖をぎゅっと握りしめながら、小さくため息をついた。
「……やっぱり私、浮いてるよね。こんなの着てきたの、私だけだし……」
僕は一瞬迷ったけれど、素直に口を開いた。
「いや……似合ってると思うよ。すごく」諸星は一瞬きょとんと僕を見つめ、それから視線を逸らして小さく笑った。
「……ありがと」
その頃、迎えに来る途中の馬場、青木、夢咲さんの三人は人混みに揉まれながら歩いていた。
「はぐれたの、完全に馬場くんのせいじゃん!」
青木が怒り気味に言う。「えぇ!? 俺のせいか?!」
「だってあんたが『こっち近道だ!』とか言い出したんでしょ!」
夢咲さんは苦笑いしながら二人をなだめていた。
「まぁまぁ……ほら、早く二人のところに行かないと花火始まっちゃうよ」
「やっと見つけた!」
人混みをかき分けて現れたのは馬場たちだった。
「遅かったな……」僕が言いかけた瞬間――
ドンッ、と夜空に大きな花火が咲いた。
光が弾け、空が鮮やかな色に照らされる。
「……きれい」
諸星が見上げながら、小さな声で呟く。
その横顔は、さっきまでの恥ずかしがり屋の表情とは違って、どこか凛として見えた。
僕は少し遅れて口を開く。
「……そうだ、言い忘れてたけど」
諸星が僕を見上げる。
「浴衣……すごく似合ってるよ」
諸星は一瞬目を丸くし、すぐに恥ずかしそうに笑った。
「……ありがと」
夜空には次々と花火が打ち上がり、僕たちの夏の一夜を鮮やかに彩っていた。




