夏祭り(前編)
夏休み――それは多くの中高生が恋を叶え、結ばれる季節……なんて夢を、つい最近まで信じていた。
でも現実はただ暑いだけで、セミすらも夏の暑さにうんざりして鳴き疲れたように、どこか静かだった。
その時、スマホが震えた。
「なぁ治人! 皆で夏祭り行くんだがどうか?!」
馬場からの連絡だ。僕は思わず眉をひそめた。
「その前に……そのグループチャット、いい加減俺も入れてくれよ! なんで僕だけいつも仲間外れなんだよ……」
すぐに返信が飛んできた。
「まぁいいだろ、そんなこと?」既読はついたまま、返事はしばらく来なかった。数分後、画面にケラケラ笑うタヌキのスタンプが一つ。
……完全にバカにされている。
でも、馬鹿暑い夏の夕暮れ、嫌とは言えない。だって夢咲さんも来るかもしれない。浴衣姿で現れることだって、ありえなくはない。そう思うと、行かない理由なんて消えてしまう。
結局、僕は重い腰を上げることにした。
「……行くか。そりゃあ、行くよ」
______________
夕暮れ時、オレンジに染まる空の下、僕は祭り会場へ向かって歩く。屋台の明かりや提灯の灯りが、どこか懐かしい匂いとともに漂ってくる。
会場に着くと、すでに馬場、青木、夢咲さんの姿があった。
「古賀くんやっほー!」
青木が元気に手を振る。
「意外と浴衣じゃないんだな」
からかい半分に青木に言う。
「いきなりだったから遅れるのもまずいかなって……」
髪をくるくるさせながら青木はそう言った。
「私もかな。」
夢咲さんも同意するように笑う。
「残念だったな? 治人」
馬場がからかってくる。
「うっさい……そういえば諸星は?」
疑問を口にすると、青木がスマホを確認して返事をする。
「もう少しで来るって。先に周ってていいよって」
「そうか……じゃあ射的でもやるか?」
馬場が自信満々に言うと、青木が煽る。
「おっ、勝負? 馬場君には流石に負けないよ〜?」
僕も思わず笑って、露店に向かって小走りする。そんな二人を見送りながら、後ろからポンと肩を叩かれた。
「治人君、これ食べる?」
振り向くと夢咲さんが立っていて、右手にはりんご飴が二つある。
「えっと、大丈夫です。なんか、申し訳ないですし……」
僕は遠慮がちに答える。
「いいから」
夢咲さんは笑いながら無理矢理、ひとつを僕に差し出す。
僕たちはその場で並んでりんご飴をかじり、甘い匂いと夕暮れの風が混ざり合う中、しばし笑い合った。
りんご飴をかじっていると、遠くから青木の声が響いた。
「よーし、次は本気出すからな! 馬場くん、覚悟しなよ!」
射的の屋台だ。
「お、治人も来いよ!」
馬場が僕を手招きしている。
「はいはい……」僕は笑って夢咲さんに
「ちょっと行ってきます」と伝え、屋台へ向かった。
射的台にはすでに景品のぬいぐるみや駄菓子が並んでいる。
「さぁ勝負だ!」
馬場が気合を入れてコルク銃を握る。青木は腕を組みながら余裕そうに笑っていた。
結局、馬場は狙いが派手に外れて大きな人形は一つも落とせず、青木はちゃっかり小さいお菓子をゲット。
「ちょっと! ルール違反じゃない?!」
と青木が抗議している横で、僕も挑戦した。
すると、意外にも僕は景品のチョコを二つ落とすことができた。
「……おぉ、やるじゃん」
馬場が悔しそうに唸る。
「古賀くん、意外と器用なんだね」
後から付いてきた夢咲さんがにこっと笑う。その笑顔に胸がちょっとだけ熱くなる。
その時、青木のスマホが鳴った。
「……あ、諸星ちゃんから。着いたって!」
まだうるさくなるのか…と僕は少し苦笑いをした。
次回の更新は木曜日です。前よりは待たされることないはずです。




