みらくるが
放課後の教室。西日が差し込む窓際で、治人は一人、机の上にプリントを広げていた。
「……“日常生活における化学反応と覚醒作用の関係”。やっぱタイトル長ぇよな……」
唸りながら、手元の紙に赤ペンで何度も線を引いては消す。
ふいに後ろのドアが開いた音がした。
「あれ、まだ残ってたんだ?」
振り返ると、諸星が立っていた。髪をかきあげるように片手で押さえながら、無表情で教室に入ってくる。
「……お前こそ。今日は早く帰るんじゃなかったっけ?」
「取りに来たものがあって。」
諸星真奈の背中が夕日に照らされる。
「お、諸星。ちょうどよかった。実は相談が――」
「却下」
「まだ何も言ってないよ!? さすがに早すぎじゃない!?」
「分かった。しょうがない。」
「あー……これ、うちの班のレポート案。ざっくり形にはなったけど、いまいち納得いかなくてさ。ほら、コーヒーと覚醒作用ってやつ。それで」
「見てあげよか?」
「マジ? 見るだけじゃなくて、感想とかもくれると助かるんだけど」
「じゃあ、――あんたが見せるなら、私も見せてあげる。」
淡々と語る諸星の伸びた影すら頼もしく思えて来る。
「いいの?本当に?」
「うん。後あんたのレポートでこっちの気分を害したら即終了」
「ハードル高っ」
それでも、治人は自分のプリントを差し出し、代わりに諸星の資料を受け取る。
ざっと目を通すと、そちらはすでにグラフ構成まで入っており、テーマも「刺激物摂取による交感神経反応の変化」に絞られていた。
(……マジですげぇな)
そう思った瞬間、目の前から静かに呟くような声が聞こえた。
「……ひどいね、これ」
「……えっ」
「被験者の条件、バラバラ。項目ごとの評価軸も曖昧で、統計にもなってない。“目覚めてる時に飲むと眠くなる”って何?根拠は?」
「うっ……いや、それは班の中で出たアイデアの一つで……」
「こんな企画通すなら、よっぽど発表で笑い取る自信あるんだね。班の子たちがちょっと可哀想」
「ちょ、待て。それ見せろって言ったのお前だからな?」
「そう。で、見た感想がそれ」
「お前ほんと容赦ねえな……」
「褒めてないのに、なに勝手に笑ってんの」
治人は肩をすくめながら苦笑した。
「でも、言ってくれて助かったよ。正直、自分でも甘いとは思ってたから」
「それにしても、この結果は無いでしょ……」
「うちの班、ちょっと変なやつ多いんだよ」
そう言いながら治人は、少し楽しそうに笑った。
その表情を、諸星は一瞬だけ目を細めて見つめる。
「……じゃあ、その変なやつらに伝えといて。“次は笑えるやつにしてね”って」
「伝えるけど、絶対嫌われると思うぞ?」
「光栄」
短く答えたあと、諸星は自分の資料を治人の手から取り戻した。
「ま、ちょっとだけ見直す気になったなら……見せた意味もあったんじゃない?」
「……お、珍しくフォローっぽいこと言うじゃん」
「気のせいじゃない?」
「……絶対気のせいじゃなかったけどな」
ふたりの会話に、夕暮れの教室が静かに包まれていった。




