本当のキセキ
「ねぇ、また少し話、聞いてくれる?」
昼休み。校舎裏の静かなスペース。
青木はノートを抱えて、そっと諸星に声をかけた。
諸星は一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、頷いた。
「うん、大丈夫」
数日前と比べて、青木の表情は少し穏やかになっていた。けれど、その奥にある不安は変わっていない。
「なんかね……少しずつ頑張れてる気がするんだけど、それでも“好きな人”の前だと、やっぱりダメで……。このまま私、空回りし続けるんじゃないかなって思うと、苦しくなるんだ」
諸星は静かに聞いていたが、少しだけ唇を噛んで、言葉を選ぶように口を開いた。
「……空回りするのは、相手をちゃんと好きだからだと思う。もし、本当に誰でもよかったら、そんなに緊張しないし、自分を偽っても平気でいられるから」
青木ははっとして、真奈を見る。
「それって……」
「でもね、空回ることが悪いことだとは思わないよ。誰かを好きになるって、そういうことじゃない?」
その言葉に、青木はしばらく何も言えなかった。そして、ふと笑った。
「ほんと、真奈ちゃんって、相談向いてるよね。なんか、配信者とかやったら人気出そう」
諸星の目が一瞬だけ泳いだ。
「そ、そんなことないよ……」
数日後、青木は治人にこう言った。
「ねえ、実はさ。最近、よく相談してる子がいるの。転校生の諸星真奈ちゃんって子なんだけど……すっごく話しやすくて、ちゃんと真剣に答えてくれるんだ」
「ふーん。お前がそこまで言うなら、結構な人物なんだな」
「うん。見た目はちょっと地味だけど、すごく芯があって優しい子なんだよ」
その何気ない会話が、思わぬ波紋を呼ぶ。
「ねえ聞いた? 青木さんが仲良くしてる転校生、すごい相談力あるんだって」 「“地味子”って思ってたけど、実はすごいらしいよ?」 「なんか、恋バナのアドバイザーって噂!」
クラス内で一気に噂が広まり、気づけば、昼休みに諸星に話しかける女子たちが増えていた。
彼女は戸惑いながらも、真剣にひとつひとつの相談に耳を傾け、次第に“静かな人気者”としてのポジションを築いていく。
放課後。
教室で、青木は何気なく切り出した。
「ねぇ、私が好きな配信者、いるんだけどさ」
「うん」
「“みらくる⭐︎すたー”って言うんだ。恋愛相談とかゲーム配信とかやってて、すっごく元気で前向きな人。私、その人の動画見て、なんども勇気もらったんだ」
諸星は黙って頷いていたが、内心で心臓が跳ねる。
(それ、私なんだけど……)
「いつか、その人みたいになりたいなって思うくらい、憧れてて」
その言葉に、諸星は何も言えなかった。けれど、自分の言葉が誰かを動かしていたのだと、少しだけ嬉しくもあった。
数日後、青木がふいに言った。
「ねえ、真奈ちゃんの家に遊びに行ってもいい?」
「え……?」
諸星の目が大きく見開かれる。すぐに困ったように首を振る。
「だ、だめ。うち、散らかってるし、それに……その……」
「そっかぁ……じゃあ、いつかね。無理しないで」
笑って返す青木の顔は、まっすぐで、まぶしかった。
――諸星真奈は、その笑顔を見て、言葉を詰まらせた。
(……どうして、こんなにまぶしいんだろう)
そして、心の中でこっそりつぶやいた。
(ごめんね。本当は、もうとっくに“あなた”の近くにいるんだ)
その夜。
部屋の灯りを落とし、諸星はPCを起動する。画面に映るのは、明るく笑う自分の“もうひとつの顔”。
「みんなー!こんばんわっ☆今日も、たくさんの恋の相談、ありがとね!」
――この秘密だけは、まだ誰にも言えない。
でもいつか、彼女がこの“本当のキセキ”に気づいたとき、自分は何を伝えるべきだろうか。
 




