ピントが合う。その瞬間。
合宿2日目の朝。朝食の後、生徒会と写真部のメンバーは山道を登り、小高い丘に広がる草原に向かっていた。
「ここが今日の撮影スポットかぁ!いい風!」
夢咲杏奈が腕を伸ばして空を仰ぐ。背後には山の稜線、眼下には広がる町の風景。写真映えは申し分ない。
「さすがにちょっと登るの疲れたけど……この景色は最高だね」と、青木実も笑顔で頷いた。
「よーし、ここからが本番だ。モデルは順番に立って、パンフレットに使えるカットを撮っていくぞ!」
と、写真部の藤井航が淡々と説明し始める。
「実は……こう見えても、撮影指導うまいんだよね、航くん」と田中恵がぽつり。
「うるさい」と苦笑しながらも、藤井はしっかりとカメラを構えた。
「一葉、反射板お願い」と藤井が言うと、宮本一葉は「うん」と頷きながら優しく光の向きを調整する。
最初は夢咲杏奈がモデルを担当し、その後、青木、馬場、南坂、そして臼井——と順番に撮影が進んでいく。
臼井が立ったとき、ちょうど風がふわりと吹き、彼の制服の裾が揺れる。
「……あ、今の、いい感じ」
と、一葉が小さく呟いた。
「臼井、少し顔上げて。もう少しだけ、柔らかい表情を」
藤井の指示に臼井は少し戸惑いながらも、微かに笑顔を作った。
「よし、シャッター切るよ」
——カシャ。
その瞬間、誰かが「今の、ちょっとかっこよかったかも」とぼそっと呟いたのを、青木は聞き逃さなかった。声の主は、少し後ろで見ていた新井紗奈だった。
***
午後には、班に分かれて自由撮影タイム。思い思いの場所で、学校紹介のパンフレットに使えそうな自然体の写真を撮っていく。
青木・臼井・紗奈・宮本の4人が一組になった。
「ねぇ臼井くん、そこ、もうちょっと寄ってもらってもいい?」と紗奈がお願いする。
「こう、か?」と臼井が木の影に腰掛けると、宮本が「うん、今の、すごく落ち着いた雰囲気……」とつぶやく。
青木はそんな二人の様子を、ちょっと複雑な気持ちで見ていた。
(やっぱり、臼井くん……前より自然に話してる)
心の中でそう思うけれど、笑顔で「撮るよー!」と声をかける青木。
カメラのファインダー越しに見える臼井と紗奈の距離が、前より少しだけ近づいている気がして、なんとも言えない気持ちになった。
***
その夜、キャンプファイヤー代わりに焚き火を囲んでレクリエーションが行われた。
「まさか、須賀先生がギター弾けるなんて……」
「いや、コード進行適当すぎて草」
「でも、楽しい!」
みんなが笑って、語って、火の明かりが顔を照らす中、臼井は少し離れたベンチで一人になっていた。
「……まだ、思い出しちゃうな。あの日のこと」
そんな彼に、紗奈が静かに近づいてくる。
「ねえ、臼井くん」
「……ん?」
「明日、最後の撮影あるよね。記念になるような一枚、残しておきたいなって思ってる」
「そっか」
「だから……もし良かったら、一緒に写ってくれない?」
臼井は少し驚いた顔で彼女を見る。そして、ゆっくりと、けれど確かに頷いた。
「……うん。俺も、その一枚……残したいと思ってた」
紗奈は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見て、臼井も小さく笑う。
焚き火の灯りの中、ふたりの影が並んで伸びていた。
***
そして、合宿最終日。
帰りのバスが出る前、生徒たちは最後の撮影を行う。
そのとき、一枚の写真が撮られた。
臼井學と新井紗奈が並んで立ち、同じ方向を見つめて微笑んでいる、そんな一枚。
カメラを構えたのは夢咲杏奈だった。
シャッターを切るとき、彼女はそっと呟いた。
「……負けたくない、なぁ」
だけどその声は、誰にも聞こえなかった。
前回出て来ないって言った癖に申し訳ございません。
また出るかもなので、覚えててください。
 




