長い陰
生徒会室の時計が、午後五時を回った。
私は書記だから、今日の会議の議事録をまとめなきゃいけないんだけど──
正直、頭の中は、議題のひとつも入ってこなかった。
「それ、あとで回収しとくねー」と風香さんが元気に言って、
「じゃあ今日もお疲れ様」と南坂会長が微笑んで、
皆がそれぞれの帰り支度を始めるなかで、私はまだ、最後のページを開けずにいた。
今日、夢咲さんが笑ってた。
古賀君と、ふたりで。あの踊り場で。
何を話してたのか、聞こえなかったけど──
ふたりとも、ちょっとだけ、楽しそうで。
私の知らない表情だった。
あんなふうに、自然に笑えるんだ。
私じゃない相手と。
……やだな。
そんな風に思う自分が、ちょっとやだ。
気づけば私は、生徒会室を出て、階段を上っていた。
足が勝手に向かってたのは、あの場所。
屋上に続く扉の手前、風が吹き抜ける小さな踊り場。
春の光がちょっとずつ色を変えて、窓の外はオレンジがかってる。
「……はぁ」
小さくため息をついて、その場に座り込んだ。
リュックのポケットに入れてい財布を、そっと取り出す。
私の好物チョコドーナツを買う程のお小遣いはとっくに尽きていた。
私、なんでこんなことしてるんだろ。
古賀君のことを思って渡したのに、渡したのに。意味わかんないよ。
なんか、気持ちがぐるぐるしてる。
好きって言えないくせに、ちょっとしたことで傷ついて、
ちょっとしたことで期待して。
「あのさ」
急に声をかけられて、思わず肩が跳ねた。
振り返ると、そこには──古賀君がいた。
「……え、びっくりした。どうしたの?」
「いや、実。昨日はありがとう。メロンパン」
「う、うん……」
彼は、少し照れくさそうに笑ったあと、手に持っていたコンビニ袋からパンを取り出した。
「今日、早めに並んだら買えたんだよ。だから、これ。昨日のお礼に」
彼の手の中には、私の好きなチョコドーナツ。
チョコが少し溶けて袋についていた。。
……私の、大好きなやつ。
「……えっと」
なぜか言えない。たった5文字なのに言えない。私の心拍数が跳ねる。
「この前買ってるのみたんだ。実、これ好きだったよね?」
その一言に、思わず息をのんだ。
夕陽が、窓から差し込んでくる。
オレンジ色の光が、古賀君の横顔を柔らかく照らして、
彼の髪の影が、階段に長く落ちていた。
なんで、そんな風に言うの。
なんで、気づいてるのか、気づいてないのか、わからないこと言うの。
返事ができなくて、ただ頷いた。
昨日私があげたパンを抱えたまま、彼は黙って私の隣に座った。
お互いに買ってもらったものを頬張りながら、
何も言わず、ふたりでただ、夕焼けを見ていた。




