幼馴染の青髪ショートは負けたくない!
春は、優しい顔をしてときに残酷だった。
私立本原大学付属高等学校――
明日、始業式を控えたその校舎の周りには、満開の桜がこぼれるように咲き誇っていた。けれど、その華やかさとは裏腹に、古賀治人の胸は重かった。
通い慣れた道も、制服の感触も、どこか遠い場所のように感じる。春風が吹き抜けるたび、不安が形を持って背中に貼りつくようだった。
部屋の窓を閉め、鞄も持たずに治人はふらりと外に出た。気晴らしのつもりで向かったのは、近所のコンビニ。静けさを逃れるように、彼は雑誌コーナーへと足を運ぶ。
「……月刊ドラフト、あった」
声に出したつもりはなかったが、思考が音になるほど神経は過敏だった。
そのとき、不意に肩を軽く叩かれる。わずかに跳ねるように振り返ると――
「ねぇ……古賀くん? 古賀治人くん…だよね?」
立っていたのは、春風よりも予想外だった“誰か”だった。
青木実。明るい髪、くるくる変わる表情、誰とでも距離を詰めるあの天性の愛嬌。
クラスの中心で笑い声を振りまくような少女。
そして、彼の“幼馴染”――だった。
「ごめんね。いきなり声かけちゃって。つい、嬉しくて……ほら、ずっと話してなかったから」
それは嘘ではないのだろう。だが、治人にとっては、“話してこなかった”という事実のほうがずっと重い。
「……ああ。そう」
返事は自然と冷めたものになる。そんな自分の声を聞きながら、治人はほんの少し、自分が嫌いになった。
だが、青木はまるで気に留める様子もなく、治人の手に持つ雑誌を覗き込んだ。
「それ、漫画? 面白そう。……あ、ごめんね。邪魔しちゃった。じゃあ、また明日ね!」
春の色を纏って、彼女は勢いよく店を後にした。
残された治人は、その場に立ち尽くしたまま、雑誌を棚に戻す気にもなれず、ただ静かにため息をついた。
最悪だ。
高校一年の頃も、こうだった。
幼馴染だと知られれば、周囲は勝手に物語を作り始める。
「お前、青木と付き合ってるんだろ?」
「幼馴染とか、もう勝ち確じゃん」
そんな言葉が、冗談のように降り注いできた。
それを否定するたびに、心のどこかがじわじわと疲弊していった。
あんまり話したこともない幼馴染。
それでも“幼馴染”という肩書きが、やたらと重くのしかかる。
治人は今、恋をしていない。
だが、もしこれから本当に誰かを好きになったら――
きっと、彼女は笑顔で言うだろう。
「負けたくない!」
そのとき彼女の瞳は、花のように輝いて、そしてどこまでも真剣になるはずだった。
治人は、帰り道の桜を見上げた。
ほとんど散り始めたその花が、やけに儚く見えた。
明日、すべてが始まる。
だが、その始まりが優しいものである保証は、どこにもない。
前作の青髪ショートは負けたくない!はなんか違くて新しいの書きました。なんであの時異世界系にしたんだろうと治人と同じで過去の自分を責めました。(笑)多分誰にも見て貰えないし、きっと評価もされないでしょうがこれから見守ってください。どうかうちの治人と実をよろしくお願いします。