おまけ話「種から芽が出てモモになる」
駅前通りから少し奥まった場所にある工務店。
今晩は珍しく百樹と似古2人きりで夕食。と言っても。
レンチンご飯に、肉屋のトンカツとか総菜コーナーのパック。
でも百樹の父親つまり鬼島じいちゃんが作る味噌汁が湯気立ち食欲をそそる。
腎移植後の百樹は、検査結果も日常生活も心配無用になったけれど。
出汁を効かせて減塩味付け。カリウムの少ない野菜を選んで調理法もひと工夫。
じいちゃんは、そんな特製味噌汁を作って鍋のまま持って来てくれる。
そして百樹が出張中だと。
似古は鬼島家で食事をするので結局毎日特製味噌汁。
いつの間にか似古にとっても、鬼島家の味付けがジブン家の味になっている。
ずずっと熱い味噌汁をすすると。じわっと深い味わいが身体中に染み渡る。
「じいちゃんの味噌汁最高やなあ」
「いつもの味やで」
「んー毎日最高言うコトやんな」
会話少なくいつもの感じな食卓だけど。今日はまだ会話が続く。
「けど。百ちゃんにとっては、波美さんの味噌汁がジブン家の味になるンやなあ」
一瞬、百樹の箸が止まる。
「波美さん達がコッチ来て貰うたら、食堂の常連さんは味噌汁の味恋しなってまうな」
「食堂と家庭のメシはちゃうやろ」
「そおなん?
ほんなら波美さんは、百ちゃんだけに愛情味噌汁作ってくれるワケや」
「おかず冷めンで。余計なコト喋っとらんで」
「はあーいはい。そないに照れんでも」
ふふふっと似古は笑って食事を進めるけれど。
こういう時の似古の笑顔は判りにくい。
綺麗で整った造り過ぎるから。
見た目に惹かれてしまい、その意味を見過ごしてしまう。
面白いとか嬉しいとかじゃなくて。寂しいとか諦めも含んでるかも知れなくて。
瀬戸内諸島を巡りながら工務店仕事をしている内に。
島の食堂で働くシンママ波美と、百樹は付き合うようになって。
食堂を改築する2か月間、波美とその娘はここで百樹と暮らすことになった。
「オレはリモートでしか会うてへんから。実際に会えるンめっちゃ楽しみやあ」
「別にじいちゃんトコ行かんでも。おまえもココ居ればええやろ」
「えええー?せっかく家族水入らずやのに。邪魔モンになりたあナイし」
「家族て」
「何ンで?その気なんやろ?じいちゃん達に紹介するんやろ」
「…」
複雑な表情の百樹を前に。似古は箸を置いてゆっくり言葉をつなげる。
「オレほんまに素敵なコトやと思うとるで。
昔ンこと思うたら奇跡や。危なっかしい場所で空っぽなカッコつけて。
明日の朝目え覚めんでも構わへんよーな生き方して来て。それが。
明日も明後日も何年先までも楽しみに思えるよーな生き方に変るンやから。
たぶんこーゆーのん幸せて言うんちゃう?」
百樹はじっと似古を見つめ返す。
「おまえも家族や」
「うん…そやな」
百樹の言葉でほわりと温かさが混ざった顔になると。
ごちそーさんと手を合わせて、似古は席を立った。
食後は、百樹と波美の電話タイム。似古はそっと店の外に出てブラブラ散歩。
そして自分に確認するように小さく呟く。
(オレ上手く言えたやろか?ヨカッタ言う感じで笑えとったやろか?
何ンか却って嫌味言うとおみたいやったかも。
あー…おめでとおて言うん忘れとるし。難しいわあ)
思わず両手で顔を覆って反省のタメ息。
いつもいつも取り残されて。
独りだと思い知るなら、明日目覚めなくてもイイと思っていたのは自分。
弱くて臆病で、先の願いや望みなんて持ったコトが無いのは自分。
百樹はそれをよく解ってるから。
きっと似古が何百回「ほんまにそお思うてる」と言っても。
心配して気遣うに違いない。
「はああ…」
もうただタメ息しか出て来ないし。散歩を続ける気にもなれない。
そう。やっぱりヒトリになると何処へも進めず立ち尽くすだけの自分。
「ヒトリはイヤや…」
すううっと身体が冷たく強張る。
とポケットのスマホが鳴った。
「百架くん?」
「すんません。こんな時間に。
百樹さんの電話ずっと話し中やって。何ンか急ぎの仕事ですか?」
「ニブイなあもお。
波美さんとのラブラブタイムやで。邪魔せんとき」
「あー…すんません」
スマホの向こうに、めちゃくちゃ気まずそーな百架の顔を想像して。
似古はぷぷぷと笑ってしまう。
「何ンか用有ったん?」
「や。みかんがようけ届いて。じいちゃんが持って行け言うんで」
「明日でエエやん」
「けどチャリですぐやし」
「もお暗いやん」
似古の耳元がこそばゆい。
しょーもナイ会話なのに、血流みたいに全身を巡って身体が温かくなって来た。
(きっと百ちゃんもこんな電話しとるンやろな)そう思ってしまう。
そして、こーゆーのは「ほんまに」とか言わんでも伝わるんやなとも思う。
「せやけど…百樹さん戻ってから忙しそーで。
もう3日も似古さんに会うてへんし…その。ちょおっと顔見れたら帰るンで」
もごもご歯切れの悪い言葉の後ろで、アナウンスの電子音が混じる。
「今ドコ居るん?」
「駅裏の駐輪場です」
「はあ?めっちゃ近くやんか」
「はい。遠目で似古さんが見えます」
「すぐここまで走ってき!」
「はいっ!」
通話を切ってから似古はかあっと顔が熱くなる。
(うわ…勢いでオレ何言うて貰うたんや)
でもその答えが出る前に、がばあっと長い腕に抱きしめられた。
「似古さん、来ました」
「うん…」
自分で呼んだ手前、その腕を振りほどくワケにも行かず。
似古は大人しくその腕の中にうずもれる。
百架からみかんの香りがする。急いだせいでリュックの中でみかんが潰れたのかも。
「波美さん達が来たら、似古さんはウチで暮らしますよね?」
「店から遠おなるやん」
「そんなら店の近くで、その、あの一緒に暮らす、とか」
「誰とや?」
「オレとです。オレ仕事に必要な資格取るンに、卒業したら大阪の専門行くんで。
駅近いと通学便利やし。結構家事出来るし。何ンでもします。したいです」
「したい、て」
「や!そーゆー意味や無うて」
「ふうん。そおや無いンや」
「やっ!しいたいですけどっ」
だんだんコントみたいになってきて。似古はまた笑ってしまう。
(不思議やなあ。
百架くんの腕ン中に居ると。何あんにも怖いモンが無くなるワ)
自分はいつも、終わらすために日々を過ごしていたのに。
百架はいつも、明日は・卒業したら・資格を取ったら…
そんな風に先へ先へと自分を連れて行く。
しっかり抱き抱えられて離れることも出来ないから、一緒に行くしかない。
「オレめっちゃ寂しがりやから。ヒトリにしたらあかんで」
「絶対しません。
オレいつも何処に居っても、似古さんに会うことばっか考えてます」
隙間が無いほどくっついたまま。似古が少し顔を上げて百架を見つめると。
がぶりと百架がキスをしてきた。
ちょっと暴走気味だけど、溶けそうになる熱いキスも。似古はもう慣れた。
長いまつ毛を伏せて百架の腕に身体を預ける。
この腕の中からなら。
オワリじゃなく、ずうっと続くシアワセが見えているから。もう何も怖くない。
似古は半ベソの子供みたいな笑顔で、百架にしがみついた。




