おまけ話「羽ひらりと舞う」
ジャケットはヨレとおし。ノーネクタイにカラーシャツの第一ボタンは外しとお。
オレらタロウとジロウはまあそんな2人組。
10年ちょい前は、急成長する事業拡大の先頭切って走り回っとったけど。
社長1代で上場して地方再生事業の見本みたいな立場になると。
コンプライアンスやDXやと。息苦しいて、オレらには居心地悪うなってもた。
おまけに。
この1年、社長のひとり息子の運転手役を押し付けられて。もお暇で暇で。
この息子がまあたなあ。
まだ中学生や言うンに妙に冷めとって、何ンもかも程々に手ぇ抜くし。
それでいて隙が無いンで。教師やろうと肩書付大人やろうと手ぇも口も出させへん。
ホンマ味も熱も無いガキや。
今しか無いンに。
思クソ怒ったり笑うたり。後悔してるヒマなんて無いくらいアホやって。
切り傷擦り傷、殴り合いで歯ぁ折るンも。青春のスタンプラリーやで。
面倒臭がってヒラヒラすり抜けるだけやと、何ンも手に入れへんで。
いやまあ。一人息子やしな。
何ンもせんでも、何ンでも掌の上に置かれとおのかも知れんけどな。
そんな風に見とった社長の息子が。
今、役員室でノーパソ片手に父親と交渉しとる。
「これな、地銀の動産担保リストの一部な。
来年竣工する文化会館に飾る絵画の候補に、5点も挙がっとる。都合の良え処分先や。
地元の画家の作品言う理由だけやし。大した話題にもならんですぐ壁と同化するワ。
そんなんより、文化会館で予定されとる美術関係スクールの作品展示の方が集客率有る。
過去のプロより。目の前のアマチュア、未来のプロ候補。
説明書きされた価値より。自分の感性で測る価値のがイマドキや。
地方のハコモンは、内容の新しさと情報発信が無いとすぐ錆びるしな。
スタッフからはそういう声もようけ出とるンに潰されとお。
まあココまではデータの話。
ホンマはただとにかくオレが気に食わん。
あの絵画の売買で、遺族に金握らせたあ無い。
せやから父さんの名前で止めて欲しいんや」
淡々と説明する息子と。黙って画面をスクロールしてデータを確認する社長。
将棋かオセロで勝負する親子みたいやな。
せやけど後ろで秘書がめっちゃ睨んどお。
うお。オレらまで睨まれた。
「焦げ付きモンを少しでも現金化すンのが、何んでそお気に入らんのや?」
「その遺族が。ロクでもない大人ばっかや」
「美術品融資でコケて、負債抱えとおだけやろ」
「親戚筋のコドモに非道な真似しとる」
「何ンやそれ」
「そのコドモ、オレの後輩や」
「虐待でもしとるんか」
「目えに見えへんけど。傷だらけや」
ちらりと社長がオレらを見る。
まあ一昔前は、それこそ社長使命で地上げ屋や諜報員ぽい真似もしとったオレらなんで。
情報の信憑性が高いンは、判って貰えるはずや。
「それとな、もう1つ。地銀の新しい融資先にM商事てあるやん?
父さんの会社と古い付き合いのY商事が最近イマイチやろ。
数字も良うないし。内情も荒れとおし。
せやから取引をM商事に切り替えてくれんか?
父さんトコと繋がりあれば、名前も売れるし。成長率は倍にはなるやろ。
そしたら地銀かて、二束三文で古い絵たたき売りするより。
将来性高いネタ育てる方に掛けるワ。
父さんなら、そんな誘導かて出来るやろ。これは、オレのお願いや」
「それも、おまえの後輩が絡んどるんか?」
「そお。そいつの父親がM商事の社員や。
自分の子やのに、全然護らんその父親も。オレは気に食わん」
またまた社長がオレらを見る。
今度は眉間にシワを寄せて、じっと。ちょっと面倒臭そうな顔で。そしてタメ息。
「仲良え後輩なんかも知れんけど。ヒトん家の事情や。
気に食わんて、ちょい手ぇ出したところで。根本的なコト変わる訳や無いし。
その後輩には実質何ンのメリットも及ばんコトやろ」
「判っとる。
絵を売れへんよーにしたるとか。勤め先を潰したろかとか。
オレの、たかが中学生の。浅い悪知恵や。思い付きの仕返しや。
でもな。ムカついとるんや。めっちゃ腹立っとるんや。
天網恢恢とか言うけど。世の中、見過ごされとお傷や痛みがいっぱいや。
あいつンこと知って貰うたら。
色んなコトに気ぃ付くよおになってもた。オレが何も出来へんことにも気ぃ付いてもた。
そんなら、父さんの名前使うとかせこいマネしてでも。
ちょおっとでも気ぃ晴らしたいてゴネてもエエやろ」
よお通る低めの声は静かやけど。
その目力も、空気の重みも。昔の社長そっくりや。
そんな息子の様子に。ちょっと社長が笑ったように見えるんやけど?
「まあ。
あの絵はなあ。オレもあんま好かんかったワ。敢えて反対はせえへんかったけど。
もお少しオモロイコト考えるんも有りかもな」
「社長。あの件は県会議員も絡んどります」
秘書が焦った声を出す。
「せやから余計にオモロく無いんや」
ん?気のせいか、社長まで昔のイケ顔をちらつかせとるよーな?
「羽比良、まだ約束はせんけどな。どっちの話もひとまず預かるワ。
そもそもおまえが『お願い』やなんて、初めてやしな。興味出て来たワ」
ノーパソをOFFにして、社長が会話を終らせようとすると。
本日一番のまっすぐな声が響く。
「ほんなら、ついでの『初めて』としてな。
お礼言う。話聞いてくれてありがとう。父さん。
それからな。オレん我儘に、父さんの会社の名前使うことに。
オレは自分の将来掛けて責任持つつもりやから。
覚悟決めたんで。それも言うとく」
うわお。
社長ですら目を丸うしとお。秘書もオレらもビビっと来てもた。
いっつもダルそーで。何ンにも興味無さそーで。世の中斜め下に見とるよーな息子が。
背筋伸ばして、自分の立場を語るやなんて。
1年運転手を務めとったけど。こんな瞬間を目にするなんて思うてもみんかった。
社長は今度こそ、本当に嬉しそうに笑うた。
「そおか。
今度その後輩、家に連れてき。一緒に飯でも食お」
「そいつな目が大きいて丸うてな。リスかスズメみたいなんや。よお笑うし元気エエし。
結構カワイイ顔しとるから、母さんも気に入るんちゃうか」
「それはエエな。楽しみにしとくワ」
高速に乗る前にちょっと下町に寄り道や。
「羽比良さん、こン近くに豆大福の旨い店あるんで。土産に買うて帰りましょ」
「行列並ぶんやったらアカンで。帰るン遅うなる」
「ダイジョウブです。ジロウに並ばせとったんで。5個買えたて留守録入ってましたワ」
「ほんならエエけど。
そろそろHBスクール終わる時間やろ。間に合うんか?」
「とーぜん。間に合わせます」
高速飛ばしてる間、羽比良さんはじっと目を閉じて後部座席に沈んどった。
何を考えとるんやろか。それはよお聞けんけど。
もしオレらと同んなじなら。
きっと、みどりちゃんのコトや。
初めて会うたンは、大雨の日で。
制服汚すと怒られる言うて、ずぶ濡れのTシャツ1枚で震えとって。
羽比良さんが部屋呼ぶ仲になったら。
音量上げてTV観るンも。テーブル囲んで一緒に飯食うンも。終いには喋るンも笑うンも。
「ホンマにええの?
怒らんの?
オレんこと嫌やナイんの?」
イチイチでっかい目ぇ見開いて、びっくりした顔で訊いて来て。
「えへへへ。うれしいなあ」
ほっぺ真っ赤にして、笑うたりするンで。
いつの間にか。
羽比良さんもオレらも。みどりちゃんがすっかり気に入ってもた。
怖がらんようなったら、もっと懐いて欲しなるし。
懐いてくれたら、信用して欲しなるし。
信じてくれるンを、裏切りたあ無くて。
裏切らずに済むように、強お成りたあて。
気が付いたら。
漂うように浮かんどるだけやった軽い羽根は。
いつの間にか意志を持って羽ばたく翼になっとった。
そしてオレらも。
この先絶対退屈なんてせん。もう1回あん頃みたいに弾けたる。
それから。
高速降りて総合体育館寄って。スクールが終わったみどりちゃんを迎えに行く。
駐車場に入ったところで、みどりちゃんが駆けて来た。ちょお危ないって!
そのままドア開けると、みどりちゃんに直撃。羽比良さんは反対側から降りるしかない。
「みどり、車停まるまでは離れとかんと」
「でも羽比良や!おかえりっ!」
「巻き込まれたら危ないんやで?」
「うんっわかったっ。
なあなあ羽比良っ。今日オレ、逆スピン決まったんや。
何ンかコツ掴めた気ぃするし!もおっと練習しいたいっ」
そお言えば、みどりちゃんは汗で湿ったウェアのまンまで。身体冷えとるんちゃう?
羽比良さんも気い付いっとったようで。みどりちゃんの手を握る。
「手え冷たいで。
着替えんままやから、汗で身体冷えたやろ。もお今日は終いにしよ。
風呂で身体ほぐして、ストレッチして休養も取らんと。背ぇ伸びへんで」
「そおや!身長欲しいっ」
いきなり、みどりちゃんはジャンプして羽比良さんに抱き着く。
ちょおちょお、そんな汗まみれの身体で羽比良さんのシャツ汚すなや。バーバリーやで。
「DF避けるンも、シュート打つンも。背ぇ高い方がエエもんなっ。
それに。羽比良とちゅうし易いしなっ」
「そやな」
羽比良さんは、コアラみたいにしがみついてるみどりちゃんを抱き締めて。
軽くキスして地面に降ろすと。手をつないだまま体育館のエントランスに向かう。
「まあ今日は着替えて、帰ろ。
ジロウが何んか甘いモン買うとったから、みんなで一緒に食べよか」
「やったー!羽比良もタロジロも甘いモンもっ。
大好きなンがいっぱいやっ」
オレら2人は顔を見合わせて笑うてまう。
あの羽比良さんが。人目が無いとは言え、駐車場でキスするとか。
たった1人の相手に向けて、あんな温ったかあで穏やかな顔するとか。
そんなん拝めるとは1年前は予想もせんかった。
これから先がホンマ楽しみや。