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おまけ話「百と書いてモモと読む」

テーブルの上には少し細い形のビール瓶がいくつも並んでいる。

ラベルを貼る前の試作品らしく、IPAとかPILSNERとかのメモがテープで留めてあるだけ。

「ニコちゃん、ビールは好き?」

「オレめっちゃアルコール弱いんで、ちょおっと舐める程度です」

「ほんなら丁度エエわ。私が呑みたいだけやから。ニコちゃんは味見だけし」

「こんなにようけ、どないしたんですか?」


いつもの通り、鬼島家でみんな揃って夕飯を食べて。

祖父と下宿中の雉場は、歓声をあげながらHBスーパープレイ集を観ていて。百架は皿洗い。

母親の百枝は、縁側に丸テーブルを出して似古を独り占め中。

百樹が泊まり掛けの出張で不在が長い時は、こんな風に過ごしている。

「河の方に酒造所跡があったん知っとお?

最近そこにブルワリー出来たんよ。まだ試験運用やけど。

イケメンのブリュワーさんが居ってな、病院の事務長と知り合いやねんて。

そんでこないだ、出来上がりのンを味見する会があってなあ。お裾分け貰うてん。

まだまだ個性出すには程遠いけど。間違いの無い真面目な出来で、評判上々やねん。

な、一緒に味見しよ」

「せやけど運転あるし」

「ええやん。今日は泊まり。もお1週間もヒトリやねんから、ツマランやろ」

「仕事は毎日あるんで。ツマランことは無いですよ」

縁側からガラス戸越に、似古は広い庭に視線を動かす。

満月の明かりは白く眩しくて。

夜風が吹いて植木がなびく度に、芝生にくっきりと光と影のコントラストを描いている。


「モモちゃんとはずっと一緒やったし。この先も一緒やと思うてたから。

何ンかこう、離れた場所に居って。違うモン見て。別のコト考えとるのが。

不思議な気ぃします。オレ、モモちゃんに何ンもかも頼とったから」

「それはお互い様やろ。

百樹かて、透析に縛られて生きとお時は。ニコちゃんが支えやったやろし」

半分程ビールを注いだガラスコップを似古の鼻先に向けると。百枝はきっぱり言う。

「ニコちゃん。オレは何ンもしてへん、て言うんは無しやで。

パズルのピースはな。たった1片同士しか合わへんやろ。

ソレは何をどーした言うハナシや無いねん。

ヒトリやとどーにも出来へん時に。ぴたっと合う相手が一緒に居ってくれたんなら。

それだけで生きて行ける時があるねん。ニコちゃんは、そおしてくれたんやで」

百枝はビールのコップを似古の前に置くと。

ブルーアッシュの髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。

「ニコちゃんはほんまエエ子や。私もじいちゃんもニコちゃんが大好きや。

せやからな。

ちょお説教臭いけど、聞いてな。

シアワセ言うんはナマモノやて思うんや。

1度幸せを手にしたら、それでめでたしめでたしハイオワリ。て成らんのが現実や。

時間が過ぎて。世の中や役割や考え方が変ってったら。

そのまんまで居れんコトが増えて来る。そしたらシアワセの形を変えなアカンこともある。

こお。例えたらな。

粘土をコネるみたいで。

そのまンまやったら干乾びてヒビ行って壊れてまうやろ。程良おに手え入れて。形変えて」

「ソレって。

モモちゃんが島に移住する言うハナシですか?」

「あれ?知っとったん?」

「何ンとなあに、ですけど。そおしたいんかなて感じてました」

小さく微笑んで似古は目の前のガラスコップを手にする。

「モモちゃんはやっと。

自由に行きたいトコ行って。やりたいコト何ンでも挑戦出来る健康を手に入れたんやし。

もお何あんにも止める心配事は無うなったんやから。

それは確かに。新しいシアワセやと思います。

それは、笑顔で送り出さんとアカンことやて。解ってます」

そしてビールがなみなみと入っている百枝のコップにコツンと乾杯すると。

くっとコップを傾けて、ひとくちで飲み干した。

「わあ。これすっきりして呑みやすいー。グレープフルーツみたいに爽やかやあ」

「そおそお。そのIPA人気やねんで。ちょおアルコール度数高めやけど」

「え?」

「あははは。ニコちゃん顔真っ赤や。カワイイなあ。

なあニコちゃん。

パズルの、百樹と繋がっとった先が変って行ったとしてもな。

ピースには他に3辺あるやろ。

私もじいちゃんも百架も繋がっとおからな。ひとりになった訳ちゃうからな。

忘れんといてな」

そんな百枝の言葉がどの程度、似古に届いていたか判らないけれど。

アルコール度数7.5%ビールで真っ赤な顔になった似古は、ふにゃと姿勢が崩れて。

そのまま床の上に溶けてしまった。




ふと目が覚めると。知らない部屋で布団にくるまっていた。

でも何んとなく良く知ってる気もして。似古は暫くぼんやり眺める。

そして制服とONISHIMAと名前が入ったウェアがぶら下がっているのを見て気付く。

(そおや。このにおい百架くんのや…)

ふんふんと布団に顔を埋めると。スポーツ男子らしい微かに汗と土の匂い。

(百枝さんとビール飲みながら、オレ潰れてもうたんかな。

オレが百架くんの部屋で寝とるんなら。百架くんは下の部屋やろか)

とにかく水を飲みたくて、似古はよろりと部屋を出る。

隣の部屋は雉場が使っているので。静かに階段を降りて、台所へ向かう。

そして水を飲みながら見渡すけれど。何処にも百架の寝姿が無い。

(もしかして…。

雉場くんの部屋で一緒に寝とるんやろか…)

水の入ったコップをきゅっと握って。月の光で明るい縁側に座る。

何故か、コップの水が揺らいでこぼれそうだったから。

(ずんだとみたらしも姿が見えんし。

2人と2匹で仲良おくっついて寝とるんかな)

こくっと一口水を飲む。

(雉場くんて。百架くんと同んなじ歳やけど、幼い感じでカワイイもんな。

弟みたいに百架くんに懐いとるもんな。

百架くんも、ウルセエ言いながら。面倒良う見とるもんな。

HBの話題で気ぃも合うやろし。毎日一緒に学校行って部活して生活して…)

もう一度ごくっと多めに水を飲み込むけれど。何故か胸の渇きは収まらない。

はあとタメ息をついて、庭の方へ視線を動かす。

月が高く上がると。

その光は白ぽくなっていて。

芝生の表面は、月の光を受けて水面のように透明にきらめいていた。



と、庭の端にあるサルスベリの下に。大きな箱みたいな影が在るのに気付いた。

(何ンやろ?)

そっとガラス戸を開けて。外履きに素足を入れて。近付いてみると。

それは大きなテント。

(庭に…テント?)

薄そうな生地に耳を寄せると、寝息が聞こえる気もする。

(もしかして百架くん?)

テントなんて。物としては知っているけれど。

その造りも、どんな風に張ってあるのか。似古は知らない。

薄い生地なのに何処にも隙間が無いように見えるし。周りをぐるっと歩こうとして。

ピンと張ってあるパラコードに躓いてしまって。テントが揺れる。

「わっ」

「誰やっ」

ジっ!とファスナーが開く音がして。低い位置から、百架が顔を覗かせた。

「こ、こんばんは」

「似古さん?」

「ごめん。起こして貰うて。え、と。何ンやろ?キャンプの練習?」

「や。そんなエエモンちゃうけど」

「なあ。中見てもええ?オレ、テント初めてや」

1枚の生地だと思っていた所から、長いファスナーが開いて。少し様子が見える。

シュラフやランタン。ペットボトルやスナック菓子の袋が転がって。秘密基地ぽい。

「意外と広いんやな」

「あーコレは3人とか4人で使うサイズなんで。

え、ええと。頭屈めてください。シートんとこ結露あるんで濡れんよおに」

ダブルウォールのインナーテントがばさりと落ちて来て。

百架は急いで似古の胸元に腕を回すと、そのまま引き込んで。シュラフの上に寝転がる。

「うわ。でっかいシュラフ」

「車中泊とかで使うしっかりしたヤツです。

封筒型言うて敷きと掛けがくっついとるんで、ココから中入ってください。

Tシャツ1枚やと身体冷えたんちゃいます?」

「ふわあ温い!」

「めっちゃ良え羽毛使うたヤツなんで」

床にもマットが敷き詰めてあって、全然地面を感じない。確かに天井は低いけれど。

4人まで使えると言う広さは、程良い密室さと快適さがある。

まだ百架の体温が残る、温かなシュラフに潜ると。何んだか楽しくなって。

似古は自然と笑顔になってしまう。

「すうごいなあ。百架くん、テント暮らし好きなん?」

「いやまさか」

逆に百架はうんざりした顔で、似古の隣だけどマットの上に。ごろりと横になる。

「コレ栄先輩から支給されたんです。

どれも高級品で、自分で買うたらトンデモナイ額のモンです。

雉場が下宿するコトなって。畳と襖の部屋やて知ったら。必要なるから使え、言われて」

「必要?」

「えーと。その」

困ったように百架は頭をガリガリ掻く。

「雉場、時々寝ぼけて部屋来るンです。親とか先生から何ンか言われた時とか。

夕飯喰って、みたらしとずんだと遊んだら。ひとまず気ぃ紛れて眠れるみたいやねんけど。

たまーに部屋入って来て。たぶん栄先輩と間違うとるみたいに、こお。その」

「くっついて寝たりするんや?」

「やっ!まさか!よお寝れんですっ!

頭ぽんぽんてしたると。ヒトリや無いて安心して、雉場は朝まで寝るんで。

そお言う時はしゃあないんで、部屋に雉場置いて。オレがテントで。

別に他の部屋で寝てもエエんやけど。

栄先輩のキモチ考えたら。同んなじ屋根の下居るンも悪い気ぃして」

「へえええええ」

「おかげでテント張るン上手なりました」

ちょっと困った笑顔を向けながら。百架は枕代わりに丸めたタオルを、似古の頭の下に置く。

「シュラフて、慣れてへんと身体固まって。朝起きた時ツライんで。

身体温まったら部屋の布団に戻ってください」

「こんなフカフカやのに?」

「地面て、早朝にかけてどんどん冷たあなって行くんです。

足先とか肩とかホンマ冷えて強張ってもて。寝ても身体休まらへんです」

「百架くんは?」

「お蔭様で慣れました~。

それに最近は、コレはコレで楽しめるよおになって。ほら」

この大きなテントは両側に出入り用のファスナーが開くようになっていて。

百架は、似古にかぶさるように腕を反対側に送ると。ファスナーを半分くらい開ける。

「こんな低い目線で、地面見るコトて無いやないですか。

芝生の先っぽが近あて。月の光が目の前に落ちて。何ンや不思議なキブンになれて。

エエ感じしません?」



そう百架に促されて、寝転がったまま似古もテントの外に目を向けると。確かに。

芝生の高さに視野が広がる。

まるで小人にでもなったみたいな。知らない物語の背景みたいな。

「初めて見る場所みたいや…何ンか特別な感じすんな」

「オレ、いっつも毎日毎回。似古さんと顔合わす度そお思てます。

昨日も会うたんに。こんな特別なヒト初めてやてドキドキしてます」

ふかふかシュラフに潜っている似古の上に、ゆっくりと百架は身体を落とす。

「今日は。雉場のコトが理由ちゃうくて。

同んなじ屋根の下に似古さんが居るんや思うたら。よお抑える自信無うて。

それでテントに逃げたんに」

百架の指は形を確かめるように、似古の髪と頬をなぞって。それからキス。

「目の前に。似古さんが居る」

熱い吐息とキスが何度も降って来るのに。そこから先には進まない。

とうとう似古はシュラフから腕を出して、百架の首に回す。

「百架くんて我慢しいなんやな」

「いやまさか。めっちゃ葛藤中です」

シュラフごと似古を抱き締めて、その首筋から肩にかけて舌を這わすと。

「ん…」

似古の口から甘い声が漏れるので。急いで百架はキスで塞ぐ。

「テントって音や声だだ漏れなんです。

さすがにコンナトコではあかんし。外冷える前に、部屋へ送らんとあかん。

そお解っとるのにっ!この手えがっ似古さんを離せてへんでっ。

あーもおっオレ!しっかりせえっ」

自分を説得しようとする勢いだけが有り余ってしまって。

いきなり百架は、似古の首筋にかぷーっと噛みつく。甘噛みだけど。

さすがに似古もちょっと驚く。

「も、ももかくん?」

「すんません。もおちょっとだけ、こおさせて下さい。

絶対落ち着かせますんで。そしたら部屋のまともな布団まで運びますんで。

もおちょっとだけ」



しばらく沈黙のまま。

百架は似古の首筋にクセ毛の頭を埋めて。深い呼吸を繰り返す。

似古の頬には汗で湿った百架のクセ毛が触れる。おまけに。

必死で自制する百架の雄の硬さまで、柔らかなシュラフ越に伝わって来るし。

(高校男子がこんな状態で耐えるて…。

ほんま真面目言うか、無駄言うか。すぐに楽にさせたるのに)

つい似古はそんなコトを思ってしまうけれど。

こんなコトは初めてでは無いから。百架が何に拘っているのか、もう判っている。


百架とはキスも触れ合うのも何度かしているけれど。まだ最後までしていない。

はっきり言って似古にとっては『そんなのナンデモナイコト』だけど。

大真面目な顔で、似古の手をぎゅっと握って。百架は言うのだ。

「今は人生100年言うやないですか。

似古さんの昔のキツイ時間も。これから何十年か掛けたらほぐせる思うんです。

オレずっと傍に居ます。

そんで、その何十年を似古さんが笑うて過ごせるようにしたいんです。

似古さんと一緒に。シアワセやあって生きて行きたいんです。

せやから、その。正直今すぐセックスもしいたいけど。

それは似古さんがオレんことを100年の相手に選んでくれた時に。したい、です」


その時は「気ぃ長いなあ」なんて軽く返したけれど。

ほんとは心臓も思考も熱くなって沸騰状態だった。

だって。こんな風に自分の身体と気持ちを大切に扱われたことが無かったから。

いつも割り切って。道具として。目の前のコトだけにしがみついて来たから。

100年幸せに生きるなんて。考えたことも無かった。

(ほんまに。

百架くんにはビックリしてまう。

待つ言うてエッチすんの我慢したり。かと思うたら腎臓をモモちゃんにあげるし。

雉場くんの為にテントで寝たり。うん。テントからの景色も新発見やった。

百架くんと一緒に居ったら。

思ってもみんコトが毎日降って来るワ)

ふふっと笑みがこぼれそうになるのを似古は我慢する。

(もおとっくに。

オレんとって、百架くんは。気持ちが繋がっとお相手やけど。

もお少し黙っとこ。

こおんなドキドキする気持ち、もお少し楽しみたいもんな)

そして。必死に眉間にシワ寄せて堪えている百架のクセ毛に。

気付かれないようにそっとキスして、似古はゆっくりと目を閉じた。

きっとこの先いつ目を開けても。

101年後だって一緒に居てくれると思えるような。

百架のあたたかな体温をゆったりと感じていた。

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