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紅茶の秘密

作者: まき

 最近、誠二の家に行くと、誠二がよく淹れてくれる紅茶がある。

 黒い箱に入った紅茶で、箱の表におしゃれなロゴが入っているものだ。そのロゴとまったく同じロゴが描かれた看板を、ある日、麻里は見つけた。

 休日に、一人で街を歩いていた時のことだった。


 とある大きな駅の近くにある、小さな紅茶屋さんの看板だった。


 思わず足をとめて中に入ってみると、細長い店内にはところせましと黒い缶が並んでいた。

 どうやらあの缶の中に紅茶が入っており、それをグラム売りで売っているらしい。


 缶の下には金色のきれいな飾り文字で、紅茶の名前が書かれている。

 その名前を目で追っていた麻里は、棚の真ん中くらいにある缶の前で、思わず目を丸くした。

 

 金色の飾り文字で書かれたフランス語の下。

 やっぱり同じような、けれども少し小さめの、控えめな日本語の金字で、


 『あなたが好きです』


と書かれた紅茶があったのだ。


 驚いてすぐ上にある黒い紅茶の缶を見る。

 その黒い缶には、フランス語の名前と、お店のロゴしか書いていなかった。


「……………」


 麻里がその紅茶の缶を見上げていると、ふいに後ろから若い女性の声がした。


「飲んでみますか?そちらは、今とても人気があるお茶なんですよ」


 振り返ってみると、若い女性の店員だった。

 落ち着いたベージュ色のエプロンをつけ、手に、小さな白い紙コップと木製のお盆を持っている。身長は麻里より、ほんの少しだけ高いくらい。茶色いふわりとしたセミロングの髪を肩の当たりでゆらしている、感じのよさそうな人だった。

 どうやら麻里が缶を見て呆けている間に、試飲用の紅茶を入れてきてくれたらしい。

 店員から差し出されたあたたかい紙コップを、麻里は両手で受け取った。


「これが、……あの紅茶ですか?」

「はい」


 店員がにこにこと微笑を浮かべる。紅茶を一口飲んでみた麻里は、思わず目を丸くした。

 店員がくれた試飲用の紅茶は、ここ最近、誠二が部屋で入れてくれる紅茶の味と、まったく同じだったからだ。

 口の中にふわりと広がる甘い花の香りも、舌の上にほのかに残る、まろやかな渋みの後味も、すべて一緒だ。



「これね、麻里に飲んでもらいたいなぁって思って買って来たんだよ。麻里、好きだろう、こういうの」

「……好きかも」

「でも絶対お前、自分じゃこういうの、淹れないだろ?だから、家に来た時に淹れてあげる。よかったら、また、飲みに来て」

 そんなことを、誠二と話したのを思い出す。




「いかがですか?」


 そう髪をゆらしてにこにこ笑う店員を見て、麻里はただただ目を丸くすることしかできなかった。

 知らず、じんわりとしたあたたかさが頬の辺りに広がっていく。

 麻里は慌てて視線をそらし、照れ隠しも相まって、壁に並ぶ紅茶の黒い缶たちを見まわした。


 麻里の手から、空の紙コップを受け取った店員が、今飲んだ黒い缶の近くにある別の缶を指さした。


「あとは、こちらの紅茶もおすすめです。こちらの紅茶は、さきほどの紅茶とセットで買われるお客様や、さきほどの紅茶のお返しに買われるお客様が多いのですが……」

「お返し?」

 麻里が首をかしげると、店員は笑って頷いた。

「はい。実は先ほどの紅茶は、バレンタインの時期によく出るものでして。……こちらがその“返事”に当たる紅茶です」


 そう言って、幸せそうに笑う店員の雰囲気にうっかり引き込まれてしまったのかもしれない。

 麻里は気づいた時、店員がすすめてきた“二つ目の紅茶”の方を、小さな黒い缶で買って、家への帰り道を歩いていた。


 

 家に帰ってきた麻里は、なんとなく買ってしまった紅茶の黒い缶を見てため息をついた。正直、この紅茶をどうしたらいいかわからなかったのだ。

 あのお店を見つけた時は、誠二が良く飲んでいる紅茶に、(よく入れてくれるあの紅茶に)、そんな名前がついていることも知らなかったし、その紅茶と対になっている紅茶があることも知らなかった。

 だから、あのお店の紅茶が好きな誠二に、なんとなくお土産が買えればいいかという、ただそれだけだったのだ。

 だが、いざ買ってきてみると、紅茶の名前のこともあって、とてもではないが誠二には渡しづらい。

 そもそも誠二だって、ただあの紅茶の味が好きで、たまたま、麻里の好きそうな味を見つけて、それですすめてくれただけなのかもしれないのだ。


「……………」


 麻里は机の上に置いた黒い紅茶の缶を前に、ため息をついた。

 そこへ、家の下の方から声がした。どうやら何かの用事で、誠二が家にやってきたらしい。母親と誠二の話声がして、

「お邪魔しまーす」

という、明るい誠二の声と共に、誰かが階段をのぼってくる音がした。


 麻里は慌てて紅茶の缶を隠そうとしたが、ノックとほぼ同時にドアを開けて部屋に入ってきた誠二が、目ざとく机の上の紅茶の缶を見つける方が早かった。

 手に、この前、授業で配られたらしいプリントを持っている。麻里がうっかりもらい忘れたものを、コピーしてきてくれたようだった。

 麻里の手元に目をやった誠二が、パッと顔を輝かせて麻里を見た。


「あれ、その紅茶、×××のやつ?お店、行ったの?」


 麻里はあきらめて、頷いた。紅茶の葉を取り分けてもらう時に、店員にはあえて紅茶の名前が入っていないオーソドックスな缶を使うようにお願いをしてきたのだ。だから今、麻里の目の前にある缶には、おしゃれな店の名前とロゴ、(エンブレムとでも言うのだろうか)しか書かれていない。

 紅茶の量も少ないし、おそらくお茶の名前が、誠二にばれることもないだろう。


 頷いた麻里を見て、誠二が嬉しそうに顔をほころばせた。

 自分が好きな店の紅茶を麻里が買ってきたことが、相当嬉しかったらしい。

 そのとても嬉しそうな表情に毒気を抜かれ、麻里は紅茶の缶を持って立ち上がった。


「今日、帰り際に店を見つけたんだ。少ししか買ってないんだけど、よかったら」


 そう言って麻里が黒い缶を誠二に押し付けると、誠二は嬉しそうに缶をあけ、中をのぞきこんだ。それから顔をあげ、


「せっかくだから今から淹れてこようかな。おばさんに言って、台所、借りてきてもいい?麻里も飲むだろ?」

「え!?」


 麻里が驚くと、誠二は、プリントを麻里に手渡して、紅茶の缶を持って、嬉しそうに部屋を出て、また階段を降りて行った。

 階下のほうから、嬉しそうに母親に何か言っている誠二の声と、それに答える麻里の母親の声が聞こえてくる。

 あいつ、うちになじみ過ぎだろう…!

 なんて思う時期は当の昔に過ぎていて、つまりここは、誠二の第二の実家のようなものだった。

 そのかわり麻里の方も、誠二の家に顔を出せば、それこそ自分の娘が帰ってきたくらいの気安さで、いつも迎えてくれるのだ。

 これが、赤ちゃんの頃から家族ぐるみで付き合いのある、幼馴染同士の距離感である。

 ……。


 しばらくして、誠二が黒い紅茶の缶と、カバーをかぶせたティーポット、それに二人分のティーカップと、麻里の母親にもらったらしいクッキーのお皿をのせたトレーを持って、部屋に帰ってきた。

 そしてトレーをベッドの横のローテーブルの上に置いて、いそいそとその前に正座をする。

 そうして腕時計で時間を測り、カバーをはずして紅茶の具合を確かめた誠二は、慎重な手つきで、嬉しそうに、二人分のカップに紅茶を注いだ。

 注いで、そこで何かを気づいたように、目を瞠った。

 麻里は不思議に思いながらも、そんな誠二の前に座り、首をかしげる。

 なんとなく落ち着かない様子で、けれどもなんとか二人分の紅茶を注ぎ切った誠二が、ポットを置いて視線をそらせた。

 よくわからないが、顔が赤い。

 

 なんだ?


と麻里がまばたきをしていると、そのことに気づいた誠二が、赤い顔のまま、口元に手の甲を当てるようにしながら、麻里のことを見てきた。


「あのさ、これ、知ってて買ってきた?この、紅茶の名前」


 麻里は思わず息を飲み、視線をそらした。

 その反応に、誠二が口元にあてていた手を自分の額にあてるようにして、麻里から表情を隠す。


「なにその反応。すごい不意打ちなんだけど、この紅茶。わかってて、俺に買って来た?」

「あ、いや、その……」

「これで“単なる出来心で”とか言われたら、俺、もう一生、立ち直れないんだけど。麻里、俺が麻里のこと好きなの、知ってるよね?」

「いや、その……」


 誠二のあまりのテンパりように、麻里はつい自分も真っ赤になってしまった。

 そのままどうしていいかわからず、ひとまず座った膝のあたり手を置いて、おたおたとしていると、誠二が顔をあげて麻里をにらんだ。

 それからその場で腰を浮かせ、身体を麻里の方へ乗り出してきて、テーブルごしに、ぐいっと麻里の肩を引き寄せる。


「……好き」


 そう呟いて、誠二はぎゅっと麻里のことを抱きしめた。 


紅茶の名前


『私もあなたのことが好き』

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― 新着の感想 ―
[一言] 好き♡
2024/05/24 09:34 退会済み
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