自称シンデレラ003
あ、あれはタクシーです!
どこにでもある様な何の変哲も無いタクシーです!
自称シンデレラは何でそんなタクシーを見たのでしょう?
「くそっ・・・!間に合うか・・・」
自称シンデレラの言葉づかいが何故か逞しくなりました。
何があったと言うのでしょうか?
いや、何があると言うのでしょうか?
そして、その自称シンデレラは、わずか5分で身支度を整え、玄関まで全力疾走です。
途中の階段でちょっと滑りかけたけど、そんなことは顔には出さず、玄関に向かっちゃいました。
玄関で履きなれたちょっと泥のついているミュールに足を突っ込んで、家から飛び出ます。
「待って下さい!」
なんと!自称シンデレラの声色が、まるで儚げな美少女のような声に豹変しました!
そして、さっきのタクシーの中には補助席に継母、後部座席に父が、義兄が。
タクシーに乗ることを自称シンデレラは予知したんですね。
所謂エスパーってやつです。
そして最後に止めを刺すかのように義妹、千晴が義兄の膝の上に座って満面の笑みを浮かべてこっちを見ています。
義妹は将来有望な悪役になれるでしょう。
「何かしら?」
若奥様風に継母が目を細めて自称シンデレラを静かに見ます。
自称シンデレラは、継母の雰囲気に一瞬気圧されましたが、すぐに言い返します。
「私も、連れて行ってくれませんか?」
捨てられた子犬のように目を潤ませ、切なげに継母に頼みます。
タクシーの運転手のおっちゃんも流石に気まずくなったのか、そわそわしちゃってます。
これで「ただ単にトイレに行きたかっただけです、えへっ!」とか言った日にはおっちゃんの明日は無いですね。
さて、自称シンデレラたちの話に戻りましょうか。
継母も中々の役者のようです。
少し思案するような素振りを見せて、残念そうに自称シンデレラを見遣ります。
「花子、課題はもう終わったのかしら?」
課題・・・はて、何のことやら?
あ、あれか。
継母の第一声「花子、いつまで寝ぼけてるつもりだい?さっさと着替えて、家のことくらい少しは手伝いな!」ですか。
家のことは全部し終わったのか?ってことですよね、きっと。
無理矢理な解釈だって?気のせいですよ。
自称シンデレラもそのことだと適当に決め付けて、躊躇い無く答えます。
「えぇ。終わりました」
嘘吐きですね、自称シンデレラは。
家事は何一つやってなかった。
「それに・・・」
自称シンデレラは続けて言います。
「お義兄様は、お夕食に参るだけと仰っていましたのに。私を騙したのですか?」
まるで自称シンデレラが騙されたかのような言い分ですね。
実際騙されてましたけど。
継母が義兄を見ます。
「どういうことですか、悟」
義兄の名前は悟のようです。
義兄は、申し訳無さそうに継母に頭を下げます。
「すみません。僕の説明が稚拙なものだったので、うまく伝わらなかったようです。ですから、僕の代わりに花子を一緒に連れて行ってくれませんか?」
義兄が良い奴に見えます。
義兄がタクシーから降りようというような素振りを見せました。
その時、膝の上にいた義妹の千晴が義兄の服の裾を掴みます。
「悟お兄ちゃん、一緒に遊園地に行ってくれるって約束は?ちーちゃん良い子にしてたけど、駄目だった?ちーちゃんやっぱり悪い子だった?」
この一家、今から遊園地に行く予定だったみたいですね。
一言も言われてなかったですね。
義妹の目から大粒の涙が、ポツリ、ポツリと義妹の小さな手と義兄の服の裾の上に義妹の顔を伝って零れ落ちます。
それを見た、タクシーのおっちゃんは慌てて目を逸らします。
継母は、小さく溜息を吐きます。
「悟、今回は千晴に免じて許して上げましょう。そして、花子」
自称シンデレラの名前を呼ぶと、継母は申し訳無さそうに言いました。
「ごめんなさい、先方には4人と既に伝えてしまっているの。今更変更などしては迷惑が掛かってしまいます。次の機会にご一緒しましょうね。」
そうして、継母はタクシーの運転手のおっさんに小さく合図すると、そのままどこかへ行ってしまいました。