第八話 覚悟の朝
夜明けだ。地平線から顔を出した太陽はゴミだらけの醜悪な大地を照らし、まざまざと現実を見せつけてきた。爽やかなだったであろう風もゴミの臭気を纏って不快なものになっている。
「失礼します。火は使えないので温かい食事は提供出来ませんが朝食です。」
「ありがとうございます。」
「固いのでよく噛んで食べて下さい。では。」
反帝国戦線のメンバーである若い男性が食事として缶詰めの缶をいくつか渡してきた。今思えば保存用の缶詰めなんて技術がこちらにもある事は驚きだ。過去に訪れた浮浪星が伝えたのだろうか。
今いる場所は街の外にある荒野にうず高く積まれたゴミ山の陰。目的地である魔素抽出基地までは、もう目と鼻の先だ。現時点で三千代の提案に乗った時から既に三日が過ぎた。
「アン、起きろ。朝飯だぞ。」
「うっ・・・うぅっ・・・皆・・・
「・・・そら、起きろ。」
「うぁ?あ〜・・・」
傍らで薄っぺらい布に包まって寝ていたアンを起こす。彼女は寝起きが良くない。まるで古いパソコンが起動までに時間がかかるみたいにボケ〜っとする時間が必要だ。
「水だ。口を切らない様に気をつけて飲めよ。」
水入の缶を開封して手渡す。一口、二口とゆっくり飲むと次第に目が覚めてきた様子だ。
「よく寝れたか?」
「まぁまぁ。お前は?」
「俺は社畜だったもんでな、三時間も寝れば大丈夫だ。ほら、これがお前のだ。食えるか?」
「ん、食べれる。」
缶詰はパンと脂まみれのミンチ肉、そしてドライフルーツだった。以前はエネルギーバーやエネルギーゼリーだけだとか簡単な物しか食べてこなかったので、食べ応えも栄養価も高いこのメニューは少しばかり胃に重い。そんな俺を尻目にアンはサッと食べ終えて一息ついている。これが若さというやつか・・・
「調子はどうだい?」
「三千代さんか、おはよう。調子は悪く無いな。」
最後にドライフルーツを食べて水で流し込むと、後ろから三千代が声をかけてきた。
「なぁ婆ちゃん、本当に上手くいくのかな?」
「それは何とも言えないねぇ。泣いても笑ってもチャンスは一度きりだし、そもそもが薄氷の上を渡る様なもんだ。こんな作戦に巻き込んでおいて悪いとは思っているよ。」
「そんなことないって。アタシは捕まった家族とか世話になった親方も助けたい。でもアタシとサダモトの二人だけじゃ・・・無理だって分かるし。」
「そう言って貰えると・・・少しだけ救われるよ。」
アンと三千代が話している。それはまるで近所に住んでいる者同士が話す様な雰囲気さえある。物怖じせずに話をするのが、アン本来の性格なのだろうか。
作戦とはこうだった。先ず敵の中にはこちら側の内通者がいるのだと言う。反帝国戦線のリーダーである三千代と未確認の浮浪星に赤毛の生き残り。この三名を捕らえたと変装して基地に侵入を図る。内通者のフォローと、手柄を横取りされまいと腐敗した帝国兵内の規律により侵入は難しくないと考えられる。その後は囚人の解放と基地を覆う魔素障壁の解除。外部から基地への攻撃及び抽出プラントの停止と王女の奪還である。
改まって考えると、本当に達成可能なのか分からなくなってくる。三千代の呼びかけに結集した反帝国戦線のメンバーは百名程度。その内の大半は老人であり、しかも最初に基地に潜入出来る人数はかなり限られてしまう。如何に魔素障壁・・・つまりバリアを速やかに無効化して、残りの戦線メンバーが外部から攻撃を仕掛けられる様に出来るかが重要だ。
「ところで制御装置とやらは・・・本当に俺とアンがどうにか出来る物なのか?」
俺とアンの役割。それは言うなれば鍵だ。イメージで言うなら映画とかによくあるロックされた扉をショートさせて開ける場面だろうか。本職では無いので詳しくはないが多分そんな感じだ。
そういえば孤児院時代に悪辣院長が夜に見ていた映画を扉の隙間から盗み見た事があった。型破りな警官が迫りくるテロリスト達に単身で挑むアクション映画だった。いつか正義の警察官が孤児院に飛び込んで来て不運な孤児達を救い出してくれるなんて妄想もしたが、今になって考えるとそんな事は起こるはずも無いと言える。現実は非情なのだ。
「簡単な物は試してみただろう?流れに乗ってから少し負荷を増やしてやる。それだけだよ。お嬢ちゃんも上手く出来てたじゃないか。」
「そうなんだが・・・」
俺が同調して、頃合いを見計らってアンが魔素を流し込む。魔素で繋がっているらしい俺達にしか出来ないやり方・・・らしい。事前に秘密基地で似たような機構の装置をテストさせて貰ったのだが、それで感覚は掴む事が出来た。しかし、これから挑む物は恐らく・・・いや確実に規模が違う。オマケにかなり重要な役割だ。緊張せざるを得ない。
「サダモト、もうやるしかないだろ。アタシも体を強くするやつ教えてもらったし大丈夫だって!」
「・・・ったく、それが余計に心配なんだろうが。」
「ん?なんか言ったか?」
「はぁ・・・」
基本的な魔素の扱い方を教えて貰っていた。体に流れる魔素を感じ取り、自らの意志で操作する術。個人的には難しいものであった。逃走の際に無意識に発動していたものの、自発的に操作しようと思うと中々に難しい。そもそもが魔法なんて存在しない世界の住人だ。あったのはストレスとエナジードリンクだけだ。そうして四苦八苦している横でアンはすぐに出来るようになっていた。そうして調子に乗ったアンは
「あと十分で出来なかったらケツを蹴るからな!早く出来るようになれって!」
等とぬかした。結果、なんとか出来るようになった。しかし尻は蹴られた。理不尽!
「もう少ししたら出発するよ。心構えだけはしといておくれ。」
「あぁ、わかった。」
「バッチリだぜ婆ちゃん!」
「ほほほっ、頼もしいねぇ。」
そうして三千代は離れて行った。もう少しで命懸けの作戦が始まる。この世界に来てから何度目かのまさかこんな事になるなんてと思っていた。
「あっ・・・」
「どうした?トイレか?」
「はぁ!?ちっげぇって!婆ちゃんに聞きたい事があったんだよ。」
「なんだ?」
「名前。なんでミチヨって名前なのにミシェルって呼ばれてんのかって話。」
「それか。俺も気になって聞いたぞ。」
「マジか?なんだって?」
「こっちの世界に来た時に三千代ってなかなか覚えて貰えない名前だったらしくて、知り合いに付けて貰ったのかミシェルだったそうだぞ?それからはずっとミシェルで通してたそうだ。」
「じゃあなんでアタシらが会った時はミチヨって名乗ったんだ?ミシェルでいいじゃんか。」
「それも聞いてみたんだが、どうやら俺の顔を見て思わず名乗ったんだとさ。きっと同郷の顔を見て懐かしくなったのかもな。」
「ふ〜ん。そんなもんか。」
彼女の気持ちも分かる様な気がする。なぜあちら側から一方通行的に人が呼び込まれるのかは分からないのだが、何十年振りに同郷の面影を目にしたのなら、自分だって懐かしい気持ちにはなるのだろう。そう思った。