第四話 魔法と伝説と
「ごふっ!」
内臓を傷つけられ出血した血液が行き場を無くして口から吹き出した。血液はアンに降りかかり、その顔にも飛沫が弾ける。不意に四肢から力が抜けると、体は後ろへと倒れ込んでしまった。
「ぐっ!?あ"あ"あ"っ!ぐぅぅぅっ!」
腹部をハンマーで殴られた様な痛みを感じた。それはそう、腹を貫通している鉄パイプを無理矢理に押したようなものだ。反射的に腹に力が入り余計に痛みが増す。
「おいおいおい!何が起きやがったんだ?おめぇらは火を消してこい!おい、クレス!おめぇは俺と一緒にアンを・・・ん?あそこにいるのはアンか?」
「あっ・・・あぁ・・・親・・・方・・・
「大丈夫か!何があったんだ?お前、血が・・・。どこか怪我してるのか?」
アンが親方と呼んだのは見上げる様な大男だった。そして明らかに人間とは似て非なる骨格をしていた。アンバランスな短い足に大きな上半身。髪や爪、歯は黒光りして尖っている。言葉にするなら金属人間か。
「アタシは大丈夫・・・サダモトが・・・」
「サダモト?」
「サッ、サダモトさん!大丈夫か・・・ひっ!これは・・・」
「クレス、こいつが言ってた兄ちゃんか?」
「そうなんすけど・・・」
「あぁ、ヤバイなこりゃ。碌な医者も残って無ぇし、そもそも穴が空いてちゃなぁ・・・」
徐々に感覚が鈍くなってきていた。俺を見下ろす三人。もう手の施しようが無いと悟っているのだろう。段々と体温が失われていく。小鬼に目茶苦茶に切られて死にかけた時もそうだったが、この体が冷たくなっていく感覚というのはどこか安らぐようで寂しい気持ちになる・・・気が・・・・・・
「ふっ、ふざけんな!サダモト!勝手に死のうとすんな!」
「おっ、おいアン・・・」
何を思ったのかアンは横たわる俺の側に膝を着くと胸ぐらを掴んで揺さぶった。だが動揺しているのか力は入っておらず服だけが引っ張られるだけだ。そんなアンを止めようとクレスが一歩踏み出すが親方に止められる。
「本当になんなんだよお前は!勝手にぶつかってきて!二回も助けられて!なんでまた死にかけてんだよ!浮浪星なんだろ?また怪我くらい治せよ!」
「あっ・・・あぁ・・・すま・・・ん
言葉にするのはそれが精一杯だった。代わりに血が溢れてアンの手を濡らす。霞む目で曇天の空を見上げる。遂にお迎えまで来た様子だ。柔らかな光の粒子が立ち昇り・・・意識が遠のいて・・・・・・
「なんだこりゃあ?」
「サダモトさんの傷が光ってる・・・」
まるで魔法の様だった。確かに死へと向かっていた筈の肉体は、急速に現実へと引き戻されていく。意識が、熱が、痛みが
「いっでぇぇぇっ!!?」
激痛だ。脂汗が一気に吹き出す。脳みそが、視界がチカチカと明滅する。ジョークにしてはやり過ぎだ。半ばアンを押し退けて起き上がる。
「くそっ!抜いてくれ!早くっ!」
「アンがやってる・・・のか?」
「親方!抜いてあげましょう!」
「えぇい!わかった!動くなよ・・・そらぁっ!!」
「ぐぁぁぁぁっ!!」
自分では抜けない絶妙な長さの鉄パイプ。親方とクレスの気合と共に、それは血飛沫と共に呆気なく抜けた。
「くっ・・・うぅ・・・おっ・・・おぉ?」
傷口は未だに光で覆われていた。不思議な事にグングンと痛みが和らいでいく。服を捲って鉄パイプが空けた傷口を確認してみると、そこには僅かな傷口しか残っていなかった。
「アン、お前が・・・」
「へへっ・・・」
「うおっ!?どうした!?息は・・・してるな?意識を失っただけか?」
座り込んでいたアン。どうやら傷を治してくれたのは彼女らしかった。つまり、小鬼にやられた傷も彼女が治したということか。そう話そうとした矢先、彼女はパタリと伏せる様に倒れた。急いで無事を確認すると、どうやら意識が無いだけで大丈夫そうだった。
「サダモトと言ったか。聞いてくれ。今すぐにアンを連れてクレスに着いて行ってくれ。直に奴らが来るだろう。」
「・・・あぁ。分かった。」
「随分と聞き分けがいいんだな。」
「いや、あんたら悪い奴には見えないからな。急いだ方がいいんだろ?」
「そうだな。クレス、頼んだぞ。」
「うっす。」
親方は見たことも無い姿形だが、アンを大事にしている事はよく分かった。そんな彼が言う事に悪意などあるのだろうか。それに留まっていては面倒事になってしまいそうだ。アンの体調も心配だ。ここは大人しく指示に従うのが吉と見た。アンを背負い、クレスの後に続いてスクラップ山の陰を隠れる様に進んで行った。
「ここなら多分安全な筈だ。」
クレスに連れられてやって来たのは集合住宅のとある一室だった。外観も内部もかなり年季がはいっている。
「ここは・・・」
「あぁ、俺の部屋さ。ベッドに寝かせてくれ。床よりはマシだろう。あと着古しで悪いがこれでも着てくれ。」
男の一人暮らし特有の散らかり具合だ。アンをベッドに寝かせてから渡された服を着替える。脱いだ服もコンラッドから貰った物だ。せっかくの貰い物なのに早々に穴を空けてしまい申し訳なくなる。
「水しか無いけど一息ついてくれ。あと適当に座ってくれ。」
クレスが水の入ったコップを持ってきてくれた。受け取ると思いの外冷たかった。
「悪いな。ふぅ・・・あぁ、うまい。」
都会の水と比べると格別に美味かった。無味ではあるのだが、これが水本来の味なのかもしれない。乾いた喉を冷たく滑らかな水が潤していく。喉にこびりついた血液も洗い流されて良い塩梅だ。
「当たり前だ。なんたって水の街なんだ。あ、いや、だったか。今じゃどこ行ったってゴミの街だ。」
「水の街?」
「あ〜っと、そうか。あんた浮浪星だったな。」
「らしいな。さっきアンから戦争があったとは聞いたが・・・」
「俺が小さな時に戦争は終わったんだ。ここが一番最後まで抵抗してたんだぜ?でも駄目だった。周りの国との協力も絶たれての消耗戦だ。勝てる訳が無い。あれ見えるか?ほらあの馬鹿デカいやつ。」
「・・・あれは相当デカいな。」
ベッドの横にあった窓をクレスは指差す。寂れた街の向こう。ゴミの平原の只中に巨大な円柱がそびえ立っていた。かなり離れた距離にも関わらずその外観を見ることが出来た。それはつまり、元々がかなり巨大な建築物である事を示す。
「あれは地脈から魔素を吸い上げて中央に送る施設だ。元々はあの辺りに街があったんだ。それに本来ならここいらは自然豊かな場所だったんだ。でもあいつらがあぁして根こそぎ吸い上げるもんだから土地が痩せていく一方だ。水もまだ飲めるだけは汲み上げられてるが、それもいつかは枯渇するだろうな。」
「そうか・・・」
「あぁ、悪いな。別に暗い気持ちにさせようとしたんじゃないんだ。」
「いや、大丈夫だ。ただ少しだけ気になっただけだ。」
「何をだ?」
「俺がこっち側の世界に呼ばれた理由だ。」
「・・・きっと何か意味があるさ。なんたってあんたは随分と久しぶりに降ってきた浮浪星だからな。」
「そんなに珍しいものなのか?」
「あぁ、うん。なんて言えばいいのか・・・元々珍しい事ではあったんだが、中央が何かの技術でもって降ってくるあんたらを集めてるらしい。だから中央以外には降って来ないのが当たり前くらいになってる。」
「意味か・・・」
死ぬ程の怪我から二回も生還している。元いた世界での常識は通用しない。そんな事実が自分の中で少しずつ大きくなっていた。神なんてものは信じていないが、この奇妙な縁には少なからず感じる物がある。
「うぅん・・・」
「起きたか。親方も俺も心配したんだぞ?」
「クレス・・・にサダモトも・・・。うぅ、頭が痒い・・・」
「なっ!?アン!その髪!」
「っ!!なんでもない!染めただけ!」
目を覚ましたアン。寝起きの様に少しボーッとすると、あまり人目に触れさせたく無い様子だったから被せていたフードを外して頭を掻いた。その瞬間、クレスが目を見開いた。驚くのも納得だ。アンの綺麗な緋色の髪には目を惹かれる。しかしアンはしまったといった顔になると乱暴にフードを被ってしまった。
「うっ嘘だろ?あぁもうなんなんだ今日は。アンが実は女の子で?魔法が使えて?挙句の果てに髪が・・・赤くて・・・」
「あ〜っと・・・・・大丈夫か?」
「あぁ、すまん。ちょっと頭の中がぐちゃぐちゃで・・・。」
「魔法を使えたり髪が赤いと何かマズイのか?」
「そりゃあもう!魔法なんて今の時代に使えるのは中央の奴らの中でもエリートだけだ。そもそも奴らが吸い上げてるせいで魔素が薄くなってる。ここらじゃ使えないんだ。それに赤い髪には伝説があるんだ。世界が絶望に沈んだ時に緋色の髪をした魔女が現れて救済をもたらすってな。それが・・・アンだなんて。」
「いやいや、待てって。少し落ち着こう。な?」
「あんたは知らないだろうが、恐らくこの世界に赤い髪の奴は殆ど・・・いや、たった一人さえもいない筈なんだ。中央の奴らが伝説を恐れて律儀に殺して回ったからだ。となりゃ信じたくなるだろ。こんなクソみたいな世界をぶっ壊してくれるかもしれないんだぞ?」
クレスは少し興奮している様子だった。なるほど、これがアンが髪を短くしてヘルメットやゴーグルで覆っていた理由らしい。ならば髪が伸びてしまうのも死活問題である。
俺はこの世界の惨状を表面的にかつ断片的にしか知れていない。だがしかし、目の前にいる子供に押し付けるには重すぎる話ではないだろうか?勝手に聖女の様に祀り上げられ神輿に乗せられ、その次は敵わない程に強大な国を倒せとでも言い出すのだろうか?
「俺は確かに何も知らない。だがこれだけは言わせてくれ。あんたの目の前にいるのは、まだ子供だ。」
「あっ・・・・・・あぁ、そうだな。勝手が過ぎた。すまなかった。」
アンはまだ子供だ。そんな子供に大人が理想を押し付けるものではない。クレスもアンも俯いてしまって気まずい空気が流れる。
「サダモト、行こう。」
そんな沈黙を破ったのはアンだった。ベッドから下りると俺の服の袖を引っ張って玄関に向かう。
「気を付けてくれ。あの騒動で兵士がいつもより多いかもしれない。俺は・・・少し頭を冷やすよ。」
「あぁ、気を付ける。落ち着いたらまた話そう。親方さんにもちゃんと挨拶しておきたいしな。」
「サダモト!」
「わかったわかった。それじゃあな。」
急かすアンをなだめながらクレスにそう言う。事実、クレスと親方には助けてもらった。仮にあの場に留まっていれば、最悪の場合は駆けつけた兵士によってアンが殺されていたのかもしれない。兵士という輩がどの程度規律を重んじるかが分からない以上、あの場に残った親方と従業員が少し心配だった。落ち着いたら無事を確認に行くべきだろう。そうして元気の無くなったクレスに見送られて部屋を後にした。