第二話 見知った雰囲気
「あたし知ってる!ミーラって言うんだよ。」
「なにそれ?」
「あっちの世界はね、死んだ人を布でぐるぐる巻きにしなくちゃいけないんだって!」
「ふーん、でもこの人はまだ生きてるよ?」
「ならもうすぐ死んじゃうのかも。」
子供が二人。すぐ側で話している声が聴こえた。朧気な意識は次第に覚醒へと向かっていく。
「・・・む?」
「うわっ、起きた!」
「ママに知らせなきゃ!」
目を開くと、そこには雨漏りの跡が残る古い天井が見えた。続けて体を動かそうとすると何故か動く事が出来なかった。疑問に思って近くにいるであろう子供に声をかけようとしたのだが、どうやら口や顎までも布か何かで固定されていて喋る事が出来ない。そんな俺の様子に驚いたのか、子供達の足音が遠ざかっていき部屋を出る。
また気を失っていた様だった。目覚めたのは昔の荒れた貧乏施設を思い出させる部屋。懐かしいもので、雨漏りや隙間風とは旧知の仲である。しかし何故か生きているらしい。あの小鬼にしこたま斧で殴られたのは勘違いなんかでは無い。痛みは・・・ある。だがあれだけの大怪我を負ったにしては痛みの度合いが軽すぎる気がする。
「こんの浮浪星ァァァァァァ!!」
ドタバタと、荒々しく階段を登ってくる様な音が聴こえた。音の主はその勢いのまま部屋に飛び込んで来ると、ベッドの上に跳び乗り俺の胸ぐらを掴むと激しく振った。
「お前!アタシになにしやがった!!」
ガクンガクンと揺れる視界。断片的に見えるのは少女の顔と緋色の長髪。髪の色には見覚えがあった。そう、あの謎の人物だ。しかしあの人物は短髪だった。つまり血縁者か?
「そこまでにしておきなさい。彼、一応は怪我人なのよ?」
「ちっ!なんなんだよコイツは。」
「大丈夫かしら?許してあげてね。この子も心配してたのよ?」
「けっ、誰がだよ!」
「怪我の調子はどうかしら?・・・やっぱりほとんど治ってるみたいね。」
後から部屋に入って来たのは女物の服を着た肌の浅黒い男性だ。男は猫撫で声で緋色の髪の少女を制すると、腕の包帯を解いて傷の様子を見る。たしかその部分は最初に小鬼の斧を防いだ所だ。自分で傷を確認していなかったが深手の筈だ。しかし男性はほとんど治癒していると言っていた。疑問に思ったが、何か不可思議な力で全身の傷が治っていたのなら生きている事も痛みが小さい事も納得できる。
「ここは・・・どこだ?」
「あら喋れるの?てっきり落ちてきたばかりだから喋れないと思ったわ。ここは星屑の街。って言っても皆は塵ってしか呼ばないけどね。昔にあなたみたいに空から迷い込んだ浮浪星達が作り上げた、彼らの新たな故郷よ。」
自由になった右手で口元の布をずらして話す。なるほど、全身が包帯で巻かれていればミイラと呼ばれるのも納得だ。
「つまり・・・ここは異世界・・・みたいなものか?」
「異世界と言うよりは、コインの表と裏の様なものかしら。たまにあっちとこっちが繋がって人や物が迷い込むの。もしもあっち側の世界に戻りたいって思っているのなら、諦めた方が懸命よ。そんな話は聞いた事が無いもの。」
「・・・・・・そうか。」
情報が多すぎて困ってしまう。仮に戻れないとしても問題は無い。そもそもが既に死んでいる予定だった。
「先ずはご飯にしましょう。アンは準備してきて頂戴。私は包帯を外してから行くわ。」
「・・・分かった。」
アン、と呼ばれた緋色の髪の少女は不機嫌そうにこちらを睨みながら部屋を出て行った。
「紹介が遅れたわね。私はコンラッド。でもママって呼んでくれた方が嬉しいわ。・・・・・・さてと、何があったか聞いてもいいかしら?あの子が血まみれのあなたを引きずって来てあんまりにもバタバタしちゃっていてね。」
「俺は貞本。貞本蓮だ。話すのは構わない。だがどう話したもんか・・・最初はあっち側?の世界で自殺しようとした。だが失敗したらしい。次に目を覚ましたら見知らぬゴミの山だった。オマケに脇腹と尻は蹴られるしな。それで・・・小鬼、あの小さくて凶暴な奴に襲われて銃で倒した・・・のか?後は分からないな。」
「なるほどねぇ。あなた運が良かったわよ。色々とね。はい、包帯は外したから怪我した所を見せてくれる?・・・本当に驚きね。綺麗に治ってるわ。浮浪星は特別だって聞いてたけど・・・。痛む所は無いかしら?」
「・・・無いな。うん。さっきからローンスターって言ってるみたいだが、そいつは何なんだ?」
「あなたみたいにこっちの世界に迷い込んできた人や物は空から降ってくるのよ。それを星空からはぐれた流れ星みたいって意味でそう言うの。あなたは降ってくる途中でアンが乗ってた魔導二輪にぶつかったみたいよ。」
「フロートバイク・・・?ゴミの山に突っ込んでたあのデカいやつか。それじゃああの長髪の子はあの人と同一人物か?待てよ?俺が空から落ちてきたとするなら・・・あれって飛ぶのか?あの機械が?」
思い出してみるとタイヤにあたる部分は車体の大きさに比べて小さかった。あんなタイヤでは・・・いや、そもそもがゴミの埋め尽くす場所を走れる様な構造では無かった。だとすれば空を飛ぶなんて近未来的SF的な事も納得はできる。
「えっ・・・えぇ。どういう意味かはよく分からないけど、魔導二輪は飛ぶ物よ。だいぶ数は減ったけど。さぁ、私のお古だけど着て頂戴。子供達が待ってるわ。」
促されるままに着古された服を着て部屋を後にした。服のサイズは丁度いい。軋みが酷い階段を降りていくとガヤガヤと談笑する声が聞こえ始める。
「ヴァネッサ、本を閉じなさい。マイク、椅子に座って。ゲンジはフォークを噛まない。アイリス、フィリスはアンを手伝って。」
先に降りたコンラッドが階下に声をかけていく。何やら良い匂いがする。とても優しい料理の匂いだ。そう認識した途端に胃が空腹を主張する。そういえば最後に何かを食べたのはいつだったか。そう、会社で倒れた日の前の晩に・・・何かを食べた気がする。あまりにも多忙でそこら辺の記憶は曖昧だ。手料理なんて数年ぶりかもしれない。
一階には大きなテーブルがあり、七つのチグハグな椅子とダンボールの様な箱があった。小学生くらいの子供が三人と中学生くらいの双子?が二人。そして物凄い形相でこちらを睨みつけている例の緋色の髪の少女が一人。恐らくは高校生くらいだろうか。
テーブルの上には大きな鍋と八枚の皿が並んでいた。皿は何れも欠けたり汚れていたりしている。何となくは察していたが、ここは児童養護施設の様な場所なのではないだろうか。なによりもこの施設特有の雰囲気を間違える筈もない。違いがあるとするなら、少なくとも虐待やイジメは無いのだろう。子供達の顔を見ればすぐに分かる。
「あなたの席はそこよ。この人はサダモトさん。大事なお客様よ。皆も親切にしてあげてね。さぁ、いただきましょう。」
「いただきます。」
習慣的に手を合わせてから食べ始める。こっちの世界にはそういった習慣は無い様子で、子供達はこちらに奇異の視線を投げかけながら食事を始めた。メニューは肉団子らしき物が入った具材の少ないスープのみ。肉団子とスープは食べた事の無い味わいだったが、温かいスープというものはなんだか心の隙間に染み入る様で安心感を覚える。
ふと、視線を感じる。あぁ、これも懐かしいものだ。視線の主、いや、主達は小さい方の子供達だった。控えめに顔を見ているかと思えば、その視線は下がっていき皿へと注がれる。予定外の客人とあれば、本来は七人で分けるべきスープは八等分されてしまったのだろう。
「コンラッドさん、せっかくいただいたんだがどうにもまだ腹の調子が悪いみたいだ。悪いが少し風に当たってきていいか?」
感謝の為にほんの少しだけ食べてから席を立つ。そしてコンラッドに目配せする。
「あら・・・無理をさせちゃったみたいね。・・・玄関はそっちよ。危ないから遠くには行かないでね。」
「すまない。美味しかったよ。皆ありがとうな。」
コンラッドは微笑んでいたが、実際は複雑な表情だった。しかし急に押しかけて迷惑をかけているのはこちらなのだ。それに子供達は少しでも多く食べた方がいい。もっと酷い環境で育った自分の様な辛い思いはさせたくは無い。
玄関を開けるとそこには数段の階段があった。座るには丁度いい。腰を下ろして一息つく。空には雲がかかっているがまだ明るい。子供達の活発な様子からして今は昼くらいなのだろうか。
「・・・しかし参ったな。どうやら本当に別の世界みたいだ。死んで終わりだった筈なんだがな・・・。」
目の前に映る街並みは見覚えの無いものだった。細長くて縦長な建物が隙間無く密集して建てられている。どこか外国には似たような住居があった気がした。だがどの建物も老朽化が激しく、言葉にしようものなら貧困街だ。行き交う人々もどこか疲れている。
「おい、付き合え。」
「うぉっ!?ぐぉぉ・・・いいか?尻は、蹴るものじゃ、ねぇ。」
「いいから行くぞ。早くしろ。それとも・・・」
「分かった。分かったって。はぁ・・・」
背後で玄関が開いた。コンラッドかと思えば出てきたのはアンだった。振り向こうとしたのだが、それよりも先に臀部に衝撃が走る。見なくてもわかってしまう。またもや蹴られたのだ。まったく悪魔の様な尻蹴り魔である。階段を転げ落ちて地面から見上げると、パーカーの様な服を着てポケットに両手を突っ込んだアンがこちらを見下ろしていた。フードを目深に被っており、あの綺麗な髪は全く見えない。
そんな彼女は野良猫の様に歩いて行く。コンラッドに心配をかけたく無かったので見送ろうとしたのだが、それは無理な様子で大人しく着いてくしかなさそうだった。それに何発も尻を蹴らる趣味は無い。彼女がコンラッドに一言言っておいてくれていれば良いのだが・・・