第一話 ゴミの森で
「√§!@$℃!」
微睡みの中で誰かが何か怒鳴りつけていた。ぼんやりとした意識は徐々に覚醒へと向かう。怒鳴り声なんてものは馴染み深いものだ。聞かない日は・・・無かったくらいだ。直後に脇腹に強い痛みが走る。
「ぐおぉぉっ・・・」
この痛みは知っている。蹴られた痛みだ。肉体は一気に目覚め、痛む箇所を庇う様に丸まった。と同時に開いた目には全く見知らぬ風景が映った。
「どこだ・・・ここは・・・・・・?」
うず高く積まれたゴミの山。乱立するそれらは最早森と形容できるかも知れない。金属に石材に布地。何かの骨や生ゴミ等々、分別もされず目茶苦茶に散乱している。独特な悪臭が立ち昇り衛生的とは言えないだろう。
ゴミの上で倒れる自身の側に誰かが立っていた。少し汚いマントで体をすっぽりと覆い、頭にも革製のマスクとヘルメットとゴーグルを装着していた。身長は小柄な男性くらいだろうか。見た目では全く予想がつかない。一体何者なのだろうか?
「俺は・・・飛び降りた筈だよな?どうなってるんだ?」
一気に記憶がフラッシュバックする。酔っ払ってはいたが、あれは間違い無く現実だった。服だってスーツのままだし、ワイシャツからは零れた酒の匂いがプンプンする。まさか川を流されてゴミの埋立地に流れ着いたとでも言うのだろうか。
「#$℃×@§∆‰¿×√!」
謎の人物はマスク越しにまた怒鳴ってきた。そしてとある場所を何度も指差している。そこにはゴミの山に半ば突き刺さる様に何か大きな物があった。前後に一輪のタイヤの様な物に恐らく人が跨る場所とハンドル。外観は酷く錆びついているのだがバイク・・・の様に見える、が見たことのない外観をしている。
「ますます分からなくなってきたな。やれやれ・・・」
これはあれか?頰をつねって痛みで夢からの脱出を・・・とまで考えたが、蹴られた脇腹が痛みを主張する。出来るのなら夢の可能性を捨てたくは無い。聞いたことも無い言語に、ゴミに記されている見たことのない文字。もしかしてここは外国か。
「$℃@!#‰!§¿℃!∆√%#!」
どこからか笛の様な音が響いてきた。その音を聴いた謎の人物はビクリと肩を震わせて耳を澄ます動作をする。それから腕を掴んでくると何度も引っ張って立たせようとしてくる。
「分かった分かった。立つから。うわっ、ケツが何かで濡れてる。気持ち悪。」
立ち上がると尻や背中が湿っている様子だった。確認出来ないのだが、これがゴミから染み出した汚い汁で無い事を祈ろう。
「立っただろ?手を離してくれ。なんだ?歩けってのか?痛っ!?尻を蹴るな!分かった!行けばいいんだろ行けば!?」
謎の人物は腕を引っ張る事を止めなかった。挙句の果てに、動こうとしなかった俺の尻を蹴ってきた。意外と腰の入った蹴りを何度か放つ。これには尻を守る為に動かざるを得ない。手を引かれるままに連れて行かれたのはゴミの山にあった隙間。なんとか人が二人程は入れそうだ。
「ここか?入ればいいんだな?尻を蹴ろうとするなって。痛っ!」
ジェスチャーによって入ればいいらしい事は分かった。謎の人物はしきりに周囲を警戒している。隙間の入口は思ったより狭く入るのに手間取る。・・・二発だ。二発尻を蹴られた。俺の尻が何をしたと言うのだ。謎の人物は本当に謎だ。マントの下も肌の露出は無く、簡素な革鎧の様な物を着込んでいる。俺が隙間に入り込むと直ぐに謎の人物(尻蹴り魔)が入ってくる。と同時に俺の口を塞ぐ様に手の平を当ててきた。危害を加えようとする動きでは無かった。経験上、本当に黙らせたいならばもっと荒っぽい動作になる。つまり静かにしていろという意図か。外の様子は入口を覗く事でしか窺い知れない。
「っ!?」
危うく声が出るところだった。何かがいた。小さな子供くらいの大きさで緑や赤や黒色の肌。微かに鼻に届くのはそこら中に散らばる生ゴミや鉄屑の匂いでは無く、もっと生々しい腐肉や血液、排泄物の等の汚物のすえた匂いだ。ここまで酷い匂いでは無かったが、過酷な施設時代の記憶が思い出されるのは無理もない。気持ち悪さを抑えつけて観察を続ける。あれは・・・ゲームや漫画で見覚えがある。小鬼だ。数少ない友人の家に遊びに行った時に、友人が得意げに勇者を操作して倒していたか。ゲーム序盤の雑魚敵とは言っていたのたが、いざ実物を目の前にするとその考えも変わる。
十匹はいるだろうか。手には小型の斧や剣等の刃物を持っている。入れ墨か染料かは分からないが、体に独特な模様が描かれていてオマケに簡易な防具の様な物まで身に着けている。その中に一際大きな個体がいた。群れのリーダーだろうか。首に生き物の腸を巻き付けており、それを噛りながら周りの小鬼に指示を出している様子だ。考えたくは無いが、きっと友好的な相手では無いのだろう。
そうして暫く息を殺して潜んでいると、また遠くから微かに笛の音がした。それを聞いた小鬼達は不満そうにしながらダラダラと去っていった。どうやら小鬼達は、この広いゴミの森で笛を使って連絡を取り合っているらしい。
「@‰∆!」
謎の人物がそう言って手招きをする。どうやら隙間から出るということらしい。狭い入口を這い出る。入る時よりも出る時の方が手間取ってしまった。やっとの思いで這い出ると、謎の人物が最初に俺が蹴り起こされた場所の近くで何やら動いていた。見たところ・・・倒れたバイクの様な物をゴミ山から引っ張り出そうとしているらしい。
「引っ張り出せばいいんだな?」
言葉は通じないとは思ったが、一応そう声をかけてから手伝ってやった。サイズは大型のバイク程はあるだろうか。やはり・・・重い。だがしかし、その見た目に反して重量はそうでもない。なにせ一般的な成人男性の中でも細身な部類。痩せぎすな俺の筋力でもなんとか動かせそうなのだから。
「ふんっ!・・・ぬぬぬっ!」
痩せた筋肉達を総動員させて引っ張る。ゆっくりと、だが確実にバイクらしき物は動き、死闘の末に恐らく正しい状態に直す事に成功したのだった。改めて見てみるとなんだか近未来的と言えばいいのだろうか。そう、一昔前のSF作品にでも出てきそうだ。謎の人物はさっそくエンジンルームの様な場所を開けて何かを確認していた。
「ッ!?危ないっ!!」
「∀ω@‰∆!!!」
「$℃!?∀√%!・・・・・・
それは一瞬の出来事だった。ゴミ山の陰から何かが飛び出してきたと思った瞬間、ソレは謎の人物に襲い掛かったのだった。声に反応した謎の人物は懐から何かを出そうとしたのだが間に合わず、頭に攻撃をくらってしまう。崩れ落ちる謎の人物。飛び出してきたのは緑色の小鬼だった。手には錆びついた小振りな斧が握られている。恐らくは先程の小鬼の集団が見張りとして残していったのか。もしくは関係ない個体か。
小振りだがそれでも十分な威力はあったのだろう。謎の人物が身に着けていた革製のヘルメットは破けてしまい意識を失っている様子だ。不気味にニタニタと笑い俺との距離を測る小鬼。その口からは黄ばんだ鋭い乱杭歯が覗き、端からは涎が垂れている。もう一撃、急所に斧を打ち込めば刈り取れる獲物と貧弱そうなもう一匹の獲物。腹を満たすには十分だろう。
「くっ・・・うぉぉぉぉっ!!?」
出来る限りの雄叫びをあげ、両手を広げて突進していく。殺されてしまうかもしれない状況。しかし、なんというか、不思議なことに恐怖は無かった。一度は死を覚悟したからなのか。それとも幼い頃からの刷り込み教育による自己の価値観の低さからか。答えは分からなかったが、今は目の前に倒れている誰かを助けたかった。結果として奇妙な突撃は小鬼を驚かせる事に成功した。
背後に謎の人物を庇う様に立ち塞がる俺と、驚いて距離を取った小鬼。威圧する様に力んで見せるが、状況はこちらが圧倒的に不利だ。手が届く範囲には武器になりそうな物は見当たらない。小鬼も甘くは無く、そんなこちらを観察して脅威になり得ないと判断をして飛びかかって来た。
「¿∀$×@∆$!!!」
「っ"!!?っあ"あ"!!」
振り下ろされる斧。咄嗟に腕を顔の前に組んで防御したが、そんなものは意に介さずに鈍い刃先は肉を削いで骨に当たる。溢れる血液と激痛。まるで脳に電気でも流れているみたいだ。がむしゃらに蹴り上げるが、小鬼はヒラリと躱して距離を取る。斧をクルリと二回、三回転させて余裕そうだ。対してこちらは後が無い。傷口を観察する暇もないが激しい痛みとダクダクと流れ出る血液が重症を物語る。何とかしなければと考えてはみるが、最早普段通りの思考などできる訳もないパニック状態だ。
「%$×∀@ω§!」
来た!斧が!早!死・・・殺さ・・・助け・・・守る・・・守る!
反射的に謎の人物へと覆い被さった。何度も背中に、骨に衝撃が走る。熱さが吹き出す。段々と指先から冷たくなっていき力が抜ける。一度は捨てた命だ。誰かの為に投げ出すのは惜しくは無い。だがこのままでは結末は変わらない。二人共死んでしまう。どうにかしなくては・・・何か・・・・・・。
「はっ・・・ははっ。最後に・・・ツイてたみたいだ。」
謎の人物の懐。そこにはどこか見覚えのある物が顔を覗かせていた。差異はあれど、コイツは正しく銃ではないか。震える手で銃を取り、バタリと仰向けに転がる。なんとか上半身を起こして構えた。よくロシアンルーレットで見る様なリボルバータイプだ。そういえば施設にいた頃は罰としてエアガンの的になったこともあった・・・な。
「これで・・・終わりだ。」
「$%׿∆@!?」
カチンと撃鉄が乾いた音をたてる。不発?まさか?残りは五発?四・・・三・・・二・・・・・・
「∆∀§×#%℃§∆×?℃%℃%℃%!@℃#§¿$@‰#
ビビらせやがってと言いたげに何かを捲し立てる小鬼。正に斧を振り上げて俺の脳天目掛けて振り下ろした刹那、轟音が鳴り響いた。銃から飛び出したのは鉛玉ではなく閃光だった。光は小鬼の頭部と腕を丸ごと吹き飛ばして消えたのだ。小鬼の体は電池の切れた玩具の様に倒れる。
「なんつー・・・世界だ。ここはよ・・・
脅威が去った後の安心感が満ちていく。それと同時に瞼が重くなる。痛みは無くなっていた。只々眠い気がした。もう力が入らない。体の冷たささえも感じない。崩れる様に倒れると傍らにいた謎の人物が見えた。裂けたヘルメットの下には赤い髪が見える。これは血で染まった訳では無い・・・生まれつきの・・・・・・緋色の美しい・・・・・・