第零話 この世のゴミ
思い返せば・・・俺の人生は碌なものでは無かった。幼い頃に両親が居なくなった。なんの前触れも無い蒸発だった。親戚にも見放され天涯孤独になった俺を待っていたのは、児童養護施設での生活だ。しかし、蓋を開ければあそこは地獄だった。虐待とイジメが横行し、生活環境も劣悪。逃げ出そうとした他の子供は捕まり、見せしめに縄で縛られて吊るされて反応が無くなるまで竹刀で叩かれた。勿論、食事など与えられる筈もない。必死に生きた。自分を殺し、静かに、静かに。理不尽に与えられる暴力にも、何が悪かったのかも分からずに土下座して謝り続けた。
施設を出てからも、マトモじゃなかった俺にあった選択肢は皆無だった。俗に言うブラック企業というやつしか雇ってくれはしなかった。意外な事に、施設にいた頃よりも苦では無かったことが驚きだった。反抗せずに粛々と仕事をこなして、上司の八つ当たりにも頭を垂れてまるで呪文の様にすみませんと言い続けていればいい。額は心許なかったが、給料が与えられる事が存在が認められている様で少しだけ嬉しかった・・・気がする。だが、それもつい先月までだ。
「高いからって、美味いわけじゃないのか?・・・っふふ、ふははっ、碌に味わった事も無いのに酒の良し悪しなんざ分かるわけねぇのになぁ?」
手に持つ洒落た丸みのあるガラス瓶を煽る。焼けるような液体が飲み下されると強い香りが鼻を抜けていく。適当に買った酒は三つでこれが最後の一瓶だ。良い感じに頭がグルグルと回っている。こんなに酔っ払ったのは入社してすぐの飲み会以来か。
一ヶ月前、仕事中に突然意識を失った。目が覚めれば病院のベッドの上だった。側にいたのは不機嫌な同僚で、彼が言うには救急車を呼んで騒ぎにしたくないから運んでやったと。お前のせいで仕事が遅れた!どうしてくれる!くたばるなら誰にも迷惑をかけない場所にしてくれ!と叫ばれた。そして封筒を渡された。内容は退職に関してだった。既に退職の手続きは済んだそうで、働けなくなったならいらないと伝えられた。ゴミはゴミ箱へ、会社とはそれっきりだ。
それから医者に怒られたっけか。今までの荒んだ生活の結果、内臓はガタガタでいつ死んでもおかしくないと言われた。オマケに肝臓には近年発見された珍しい病気で謎の塊が出来ているなんて報告もあった。だが、そんな結果を聞いて納得する自分がいた。やっと死ねるのか。そもそも死ぬという選択も出来たなぁ。などと考えていた。誰にも必要とされなくなった。その事実は、長年誰かの指示に従い続けていた俺にとっては大きな問題だった。気が付けば・・・病院を抜け出していた。
「それじゃあ、そろそろ逝くか・・・」
酒瓶の残りを一気に煽る。飲みきれずに溢れた酒が胸元を濡らした。
深夜、地方の街にある大きな橋には人通りも無ければ車もまばらだ。欄干に座って足を投げ出して下を流れる川を見下ろすと、黒く滑らかな水面が誘うように流れている。普段見る水と同じとは思えない程妖しげだ。入水自殺だなんてありきたりだ。だがそんな事は最早どうでもいい。不運にも産まれてきてしまったゴミがひっそりと消えるだけだ。
「もし生まれ変わりだ輪廻だなんてあるんなら・・・もうまっぴらゴメンだ。俺はもう終わりで良い。」
天国だとか地獄があるのなら、この世は地獄だ。もう生きる事には疲れてしまった。次、なんて御免被る。ほんの少し、重心を前に傾ければもうそこは空中だった。酔っていても自然落下の内臓が縮む様な感覚は消えなかった。あぁ、もう暗い水面は目の前だ・・・・・・