ワインを片手に謎解きを謎解く
いつも有り難うございます
作中での会話は、作品の中のものとしてお楽しみ下さい。
よろしくお願いします。
かったるい土曜日の午後。冷蔵庫を覗いて見れば空っぽ。
ビールも飲みたいし…ついでに夕食も買いに行こうと、携帯と鍵を取りポケットに突っ込みながらアパートの玄関を開けた。
ガン!ドササ…
「やば!」
アパートの玄関は外開きなので、タイミングが悪いと廊下を歩いている人に当たってしまうのだ。
「いっ……た!!」
「すいませんっ!大丈夫ですか?」
蹲る女性と散らばる本。急いで本を拾う。
「ほんとすいません!……「王宮の味見係は命が…」…」
「!」
女性が僕の持つ本を取り、あっという間に散らばる本をまとめてサッと立ち上がる。
「僕も読んだ…」
バタンっ!
お隣りさんは思いっきりドアを締め、部屋へ戻ってしまった。
あの小説、お隣りさんも読んだんだ…。
西洋風のお城に勤めるイケメンシェフが王様を毒殺しようとするのだが、王様付きの毒見係ばかりが死ぬ物語。
ちょっとアダルトなシーンもあったりで読者層は限られているモブ小説。
会社の後輩にどうしても読んでと言われて渋々読んだが、揺れ動くシェフの心情が細かく描写されていて僕は嫌いではなかった。
さて…僕は買い物に…
「てかっ!何見てるんですか!」
部屋に戻ったはずの彼女が、ドアを少し開けてわざとらしくこちらを見ていた。
「…これ、読んだの?」
「「王宮の味見係は命がいくつあっても足りない」ですか?はい、読みました」
「…か…」
「か?」
「…感想…は?」
「普通に面白いと思いました」
「コレ、周りに読んだ人いなくて…うちで何か食べながら感想話さない?」
「えぇ…」
絶対嫌だと思った。
隣人とはいえ、挨拶程度しかした事ない人の家、しかも女性とか…絶対無理。
「…とっておきのいいワイン出すから…」
「感想ですね?語りましょう!」
お隣りさんの部屋はスッキリ綺麗にまとめられていた。
テーブルには、脚の付いていない座りの良いワイングラスが2つ。これなら倒す危険が少ない。
「じゃーんっ!スペイン、リオハの赤!どうよ?」
「詳しいことはわからないので、とりあえず飲みましょう」
銘柄を言われてもわからない。
美味しいものは美味しい。それだけだ。
「…」
彼女はリオハを仕舞い、違うワインを出した。
「君にリオハは早すぎる」とか言っている。
話が違うじゃないか。
彼女は新しく出したワインをグラスに注ぎながら言った。
「改めましてお隣りさん。金沢菜帆です。菜帆とでも呼んでください。以後よろしくお願いします」
「じゃ、菜帆さんで。僕は、土に成ると書いて土成です。土成行広と申します」
「となり… ぶほっ!笑」
「いやいやいや…なんすか?」
「ごめ…いや、お隣りさんが土成さんっでぶはは!ごめっ!ごめん、ツボったわ笑」
ひとしきり菜帆さんは笑った。
廊下ですれ違っての挨拶だって数回しかした事ない関係だけど…悪い気はしなかった。
「王宮の…の感想だけど…普通に面白かった?」
「はい。鮮やかに毒見係が死んでいきますよね」
「でも、シェフの狙いは王様でしょ?毒見係が死んだら意味ないじゃない。てか、シェフ何度チャレンジすれば王様殺せるのよ。あんなに何度もチャレンジ出来るわけないじゃない」
僕はワインを一口飲む。
「美味しいですね、このワイン…王様は幼い頃から毒を少しずつ摂って毒に免疫があるんですよ。そう簡単には死なないですよ」
菜帆さんも一口ワインを飲み、おつまみのチーズを齧りながら言う。
「これ、おすすめのイタリアワイン。…毒に身体を慣らすため幼い頃から少量の毒を飲んでって、死なない程度の毒って毒じゃないと思わない?それに幼い子どもに少量でも毒飲ませたら確実に死ぬわよ。
例えば銀杏だって大人は大丈夫だけど、体の小さい子どもは5個くらいから中毒を起こす場合もあるのよ?
せっかく産まれた後継の大事な王子様にそんな事するなんておかしいじゃない?だったら影武者作る方がいいわね」
まあ、確かに…
菜帆さんはワインを飲んでから続けた。
「アルコールの強さは遺伝子で決まるの。薬の効きを左右するのも遺伝子。そこ、変えられると思う?成長するまでに少しずつ毒を飲む?そんなの蓄積されて成人になる頃に中毒症状でるわね。
ん〜。タバコに例えてみて。子どもの頃からタバコ吸わせてニコチンに慣れさせる。大人になったら立派なニコチン中毒よ?それでニコチン液飲んでも死なないと思う?」
そうか。
そう言われてみればそうかもしれない。
ヒ素だって飲まされ続けたら中毒になるし、中世の女性は、白粉に含まれる鉛や水銀中毒だったと聞く。
「それとね、あのシェフ、なんで毒をスープに入れちゃうかな。薄まっちゃうし、スープを全部飲むかわからないわよね?しかも澄んだスープでしょ?そこに毒を入れるのは難しいと思うわ。私だったら…ジャガイモとほうれん草のポタージュスープ作るわね」
「ジャガイモとほうれん草のスープなんて普通じゃないですか?」
「日に当てた緑色のジャガイモと、芽を入れたソラニンのポタージュスープ。ジャガイモの緑色を誤魔化すためのほうれん草。ちょっと塩味の強いベーコンなんか乗せて。味見係がお腹を壊すのは…20…30分後?もっと遅いかもしれない」
遅延毒か。
「じゃあ味見係意味ないですね」
「王様を毒殺したいのに、味見係ばかり死んでたら意味ないじゃない。まあ、全部飲むかわからないスープで死んだりしないと思うけど。私だったらもっと確実に口に入る物を毒にするわ」
「例えばどんな?」
「ん〜。そうね〜。この場合、毒が何か。で変わってきちゃうんだけど、私がシェフなら食材の桃とか、杏…びわとか?そういった類の種子を粉にして毒を作る…かな」
「種子が毒?」
「毒よ。飲んだら胃酸と反応して死んじゃうの。ただ熱に弱いのが難点よね〜安定した毒をそれなりに摂らせるのは難しいわね…ゼラチンで包むのはどうかしら。煮凝りとか。時間差で溶けるのを狙うなら寒天もいいわね」
「ゼラチン…」
「そう。豚とか、魚のゼラチン。煮魚の汁を冷やして作る煮凝りよ。フレンチだと「Aspic」中華だと豚肉を使った「肴肉」や、ロバ肉を使った「肴驢肉」…ちょっとお腹空いてきちゃった…」
菜帆さんは冷蔵庫から「豚の角煮」を出してきた。
「…たまたま昨日作ったのよ。毒なんて入ってないわ」
何故怒った口調なのかわからない。ゼラチンの話の時だったからかな。
「いただきます。…うわ…これ美味い…肉がほろほろで…生姜が効いていていいですね」
「…良かった。じゃあ王様死んだわね。そこに毒を入れるんだもの」
「ちょっ、僕今食べちゃったじゃないですか…」
「それには毒なんて入ってないって言ったじゃない」
そう言って菜帆さんも角煮を食べた。
「あとはデザートね。デザートに入れるだけじゃないわよ?その上に乗せる一口の飾りに一番強い毒を入れるかな。」
「飾り…は食べないんじゃないですか?」
「そう?土成君、杏仁豆腐のクコの実、食べないの?」
「…食べます…」
「ね?プリンの上のさくらんぼとか、食べるよね?」
「…はい…」
「クコの実なんて最高の食材じゃない?乾燥してあるやつを毒入りのシロップにつけておくだけよ?それと…キョウチクトウがあれば…オードブルのピックに使うわね。まあ、その場合、王様だけでなく、あちこちで死人がでるかもだけど…仕方ないわ。ねぇ、これだけ確実に毒殺する方法があるのに、何で作者は王様を殺さないんだと思う?」
僕はワインを一口飲んで答える。
「王様がすぐに死んだら物語がすぐに終わっちゃうからじゃないですかね?」
そう言うと菜帆さんはカーーッと顔を赤くした。
俯き、小さな声で「そうよね…」と呟いた。
確実に殺す方法ばかり考えて、そっちは考えなかったんだ…
「…抜けてますね」
パッと顔を上げた菜帆さんが答える。
「そう!抜けてるのよ!シェフ。これじゃいつまで経っても王様死なないわ。土成君ならどう攻める?」
「僕はまどろっこしいのは嫌いなんで、ガンガン攻めます。…さて、今日はこの辺で部屋に戻ります。次は僕がワイン持って来ます。連絡先交換してもらえますか?」
玄関のドアを外開きにした設計者に感謝しよう。
僕はこれから難しい謎解きに挑むことにした。
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございました。