5-14. 周期の乱れ
今日明日と少し小難しい説明回になります。
いつものギルド、いつもの受付嬢、いつもの笑顔、いつものセリ……、
「フィーダさん、B級昇級が決定いたしました。おめでとうございます。
登録証を更新いたしますので、こちらにご提出をお願いいたします」
相変わらずおめでたいのか分からない表情で告げるキクノに、フィーダは苦虫を噛み潰したような顔で登録証を出した。
一礼してカウンターから席を外すキクノを見送り、ハルとイーズがフィーダをたたえる。
「やったね! これでB級エリアも入れる!」
「ハル、そんな事してると永遠にジャステッドから出られませんよ? は! もしかして冒険者ギルドの陰謀!」
「強い冒険者を離れさせないため? ま、まさか……ハワワワワ」
芝居がかったそぶりで手を口に当ててあわてたそぶりを見せるハル。
黒い笑顔を浮かべてイーズはさらに畳み込む。
「C級エリアだけでなくB級エリアをすべて探索しつくさせ、そしてマジックバッグを持つ我々をも取り込もうという、なんというあくどさ!」
「そ、そんな…… ボクたちまで標的に!? コワイ!」
「おい」
「でゃ!」
「あだ ! 」
「静かに」
「「はーい」」
いつも通り脳天への手刀が入って一瞬おとなしくなるが、イーズはふと疑問を口にする。
「B級の階層って何階までですか?」
「七十階だ」
「げっ……そりゃ無理だ。永遠にジャステッドから出られねぇ」
「完全に策略です。D級じゃちょっと心もとないので、二人ともC級に上がるころに挑戦しに来ましょう」
「俺も七十まで行く気ねえ。戦力鍛えて数年後だな」
「了解」
「お待たせいたしました」
思ったよりも早くキクノが戻り、トレーの上に載せたフィーダの登録証を差し出す。
証明自体が変わるわけではなく、その上に記載されているランクが少しキラリと光る書体になっただけのようだ。
「意外につつましやかだな」
「これぐらいが丁度いい。ひけらかすものでもないだろう」
「謙虚ですねえ」
「おごって何かいいことが起こるわけじゃない。慢心は怪我につながる」
「正論だ」
「突き刺さります」
二人して心臓を押さえて呻く姿を横目でスルーし、フィーダはキクノに声をかける。
「あと一週間ほどでここを離れる。世話になったな」
「いえ、いつも納品をたくさんしてくださりありがとうございます。
皆様のこれからのご活躍をお祈り申し上げます。ぜひまたジャステッドにお越しくださいませ」
そう言って深く頭を下げるキクノにハルとイーズも頭を下げ、礼を告げてギルドを出ようと出口に足を向ける。
そこへ、後ろから闘牛の突進のような足音が聞こえた。さっとイーズの前にフィーダとハルが立ち、迫りくる騒音と振動の正体と対峙する。
「おい! よかった! お前ら!」
声が聞こえた瞬間、二人の緊張が解ける。闘牛の正体はA級冒険者のウォードンだった。
ドスドスドスと床を踏み鳴らして近づくウォードンに、周囲の視線を気にしながら三人も歩み寄る。
「もうすぐ俺もここを発つことになったからな、ちょっと話したいこともあったし会えてよかった」
「分かった。どこかの部屋借りるか?」
「どうせだったら俺の宿に来いよ。全然使ってねえのに金ばっかりとられる」
「あんなでかいとこに泊まるからだろ」
「A級のメンツってもんがあるんだってよ。俺には知ったこっちゃねえけどな」
「高ランク冒険者ならではの苦悩っぽいな」
「経済を回すためですね」
「賢い事言っちゃって」
A級冒険者のご招待を無下に断ることもないしそうする理由もないので、ウォードンについて宿まで歩く。
「……移動する壁があると街中はとてつもなく歩きやすいですね」
「ウォードンが前にいると、全員避けるからな。スペースが広いわ」
「だろう! 弱いと魔獣もよけるぜ!」
「さすが人外」
話しながら通りを抜け、ギルドにほど近い宿に入る。
ウォードンによれば、通常彼がジャステッドに戻るとダンジョン最寄りの宿に泊まるそうだ。しかし今回はギルドとのやり取りを優先し、こちらの宿にしたらしい。
前回も利用した応接間に入り、それぞれ好きな場所に座る。
ウォードンはすでにサトの事を知っているため、静かにしている約束をしてサトも自由にさせる。
「で、話って何だ?」
お茶を楽しんでゆっくりしたところで、フィーダが話を切り出した。
「おう、前の話し合いでお前たちが東に進むって言ってたから、ついでに依頼というかお願いをしようと思ってな」
「依頼……」
A級冒険者の依頼とはどんな内容だろう。
訝しむ三人の前で、ウォードンは部屋の主人らしくリラックスした態度で椅子に深く沈み込む。
「ちょっと難しい話も入ってくるが、気を長く持って付き合ってほしい」
そう言って喉を潤すように、大きなカップからゴクリと冷えた酒を飲み干した。
「どこから始めるか……そうだな、ラズルシード王国の一級ダンジョン氾濫が迫っているという話は知っているか?」
「ああ、出てくる少し前に勇者のお披露目があった」
「なるほど。今回の勇者は四人だから、そこそこ規模が大きい氾濫だろうな」
少し間をおき、ウォードンは氾濫周期について説明をする。
「一級ダンジョンの氾濫は重ならない。それは大昔に神が定めたと言われている」
彼の話す神の存在を思い浮かべ、その可能性は確かにあり得ると心の中で同意するハルとイーズ。
「まるで別々で召喚された勇者や賢者の生が重なるのを避けるかのように、必ず五十年以上の間があいていた」
「……しかし、この国の一級ダンジョン氾濫を数年前に抑えたという話は?」
「本当だ」
フィーダの質問への短い答えに、三人は顔を見合わせる。
つい先ほどの説明と矛盾する。
「ズレが、生じている?」
「あ、もしかして、ズレの原因は過去のリソースの枯渇?」
「お前たちは勘がいいな。その通りだ。
前回、いや、もう前々回になるのか。その時の一級ダンジョン氾濫を抑えるために召喚された勇者。彼は氾濫を抑えた後もその有り余る力をもって、国内各地のダンジョンを回った」
あきれを通り越したあきらめ顔で、彼はその当時の国上層部の対応を語る。
「上はそれはそれは喜んだらしい。勇者の力でどんどん集められる素材。持て余していた勇者の力を有効利用し、行きたいというダンジョンがあれば惜しみなくサポートした。
しかし、異変はすぐ現れた。
まず、何度も踏破されたダンジョンから素材が出なくなった。
続いて同時期に踏破された低等級のダンジョンが、ほぼ同時に氾濫した。
――最初はただの偶然だと思われていたらしいが」
その言葉に続いて、ハルは予測を立てる。
「……だが違った。
枯渇していた資源が同じスピードで復活し、同周期でダンジョン内のリソースの補充が完了。
そして、同じタイミングで氾濫が起こった?」
「大正解」
楽しくもない話を無理やりに楽しくさせようとするのか、ウォードンが正解を出したハルにむかって両手を上げる。
「しかし、その時点では国内の主要なダンジョンはすべて踏破され、資源の回収も終わりに近かった。
十年もない間に資源枯渇を起こした数々のダンジョン。それはいつか必ず、ゆっくりと力を取り戻し、そして同時期に氾濫を起こす」
ウォードンは前屈みになり、目の前にその大きなこぶしを並べ、何かが爆発するような音を立てて宙で広げた。
「真実を知った国のお偉方の顔を見てみたいよ。恐怖だったろうな。
自分たちが率先して行ったことが引き起こす大惨事。もしかすると国が亡びるかもしれない可能性」
皮肉気に口の端を上げて笑うウォードンの顔は、獲物を視線だけですくみ上らせるほどの迫力がある。
「勇者の力は、一級ダンジョンの氾濫の被害を限りなく少なくさせるための一つの案でしかない。それ以上のものを求めた国の奴らが悪いのか、力をふるいたい欲望を抑えられなかった勇者が悪いのか。
――まぁ、どっちも今更だがな」
ウォードンがボスンと勢いをつけて椅子の背もたれに体を預けると、椅子が盛大にギシギシと音を立てた。
「それで、この話を俺たちにした理由は?」
「お前たちの力が欲しい」
率直なウォードンの答えに、ハルの眉がピクリと上がる。
「嫌だと言えば?」
「そりゃ仕方ない。俺はただのA級冒険者だ。レイドを組んでるわけでもないのに、他の冒険者に命令はできん。ただのお願いだ」
そういいながら、彼は腰に下げた小ぶりのバッグから大量の紙束をばさりと取り出して机に置く。
「これは、今、国とギルドが把握しているタジェリア王国のすべてのダンジョンと氾濫周期だ」
「国家機密では?」
「こんなもん調べようと思えばすぐ調べられる。現地人に聞けば、すぐに最後の氾濫がいつだったかなんて答えられるだろうさ。
んで、こっちが、周期が乱れているとされるダンジョンだ。ちなみに、ジャステッドは前回の氾濫で周期が正常に戻ったと確定している」
「周期が戻る?」
「そうだ。 俺がこの話をした理由がそれだ。周期を戻す手伝いをほんの少しでいいからしてもらいたい」
紙束のうち、三分の二が“周期が戻ったとされるダンジョン”として横にさけられた。
残り三分の一をさらに半分にして、ウォードンはその上にトンッと指を立てる。
「これが、周期が乱れていて氾濫が重なるとやばい二級と三級ダンジョンだ。十もないが、一部場所が近いダンジョンがある。ここで大規模に氾濫が続くと、被害が甚大になる可能性が高い」
これ以上聞いてしまったら、確実にウォードンの意思に巻き込まれそうだ。
チラリとハルとフィーダを見れば、二人とも苦い顔をしているが止めようとする様子はない。
イーズが顔をもとに戻すと、ウォードンは三人の様子に苦笑しながら懸念を払うように告げる。
「一応、試算では数か月から数年のスパンはあるらしいから、数日規模で氾濫が重なるわけではない。 安心しろ。
――最初のダンジョン氾濫はここから始まる」
そう言って積まれた紙束から、一枚の紙を引っ張りだす。
「北東寄りにある二級ダンジョンで、予測ではあと二年以内に、魔石がオレンジになる」
魔石が一色に染まる時、それはダンジョン氾濫が迫ることを意味する。
「そこの氾濫の後、おそらく数か月でこの三級が氾濫。最初のダンジョンから若干南東にある。そして早くて二年で、こっちの東部海岸線に近い二級が氾濫だ」
一枚、さらにもう一枚の紙が机に上に広げられる。
薄く白いただの紙なはずなのに、イーズは何故かそこから目が離せない。
ジャステッドと同じ二級ダンジョンが、二年の間に二か所も氾濫を起こす。 戦力の確保も必要だが、近い場所での氾濫では住民の避難も難しいはずだ。
この国の、東部崩壊のタイムリミットは――あと二年。
イーズは初夏の部屋の中で、ブルリと震える自分の体を抱きしめた。





