5-4. 覚悟がいる人
今日はドロップ換金もそこそこに奥の部屋に通されたため、書類の処理も終わり業務に戻るデュリスと別れた後に再度受付に並ぶ。
「……奥で話してる間に査定して貰えば良かったな」
「……今更だな」
「……今更ですね」
濃密な時間をすごしたせいか、三人とも言葉少なだ。
順番が来て、キクノのいつも通りの薄い笑みを見ると何故かホッとする。
「フィーダさん、ハルさん、イーズさん。本日はドロップ査定でよろしいでしょうか?」
「はい」
「では、こちらにお願いします」
いつも通りに渡される箱に、ハルとイーズで次々と集めたドロップを入れていく。
前回コカトリスの査定がなかなか良かったので、四十九階に行ったついでに気合いを入れて狩ってきたのだ。
つい先ほど目玉が飛び出そうな高額取引をしたような気もするが、やはりドロップ換金の方がワクワク感があって良い。
「ありがとうございます。しばらくお待ちください。
――失礼いたしました。ハルさん、生産者ギルドよりメッセージが届いております」
そう告げてキクノはハルの前に紙片を置き、再度カウンター奥へと引っ込んだ。
ハルはそれを聞いてオッという顔をしてメモを見た後、疲れた表情でため息と共に生産者ギルド員の名前を告げた。
「ウェイリーからだ」
「ウェイリーさん……」
「ウェイリーか……」
三人とも彼の名前に続いて盛大なため息が漏れる。
いや、彼は悪い人ではない。悪い人ではないが、今日は日が悪いのだ。
こめかみをぐりぐりしながらイーズはハルの手元を覗き込み、そこにあるメッセージを読んでさらに力が抜けた。
――ご注文の品がゾッドア殿より納品。至急ギルドに来られたし。是非可能な限り至ウェイ――
「なんか、メッセージが中途半端に見えます」
「長すぎで途中で切られたんだろ」
「え? そんなことあるの?」
「基本文字制限はないが、あまりに長く送ろうとすると、ギルド員に切られるんだ」
「さすが、ウェイリー……」
お互いに「どうする?」という目で牽制し合うが、誰も口火を切らない。
仕方なくフィーダが、昼も過ぎているから食事の後に決めようと意見した。ある意味問題の先送りとも言うが、残る二人もそれに乗っかる。
戻ってきたキクノから査定結果と入金票を受け取ってギルドを出ながら昼の相談になる。
「何を食う?」
「甘いもの!」
「昼だぞ。今は却下。昼の後だ」
「うーん、顎が努力しなくていい食べ物」
「なんだそりゃ。真剣に考えないなら勝手に決めるぞ」
「真剣ですよね?」
「大真面目なんだけどなぁ。そう言うフィーダは?」
「……白身魚の煮付けと、穀物のスープ」
「おじ様もお疲れ様ですね」
「もうそれにしよう。お腹も脳みそも限界」
一時間後、すっきり晴れ晴れした顔で三人は生産者ギルドに向かう。
それぞれの手には繊細な飴細工。
もちろん、ゴツイ親父のフィーダの手にも。
「やっぱり疲れた時には甘いものです」
「“アラクネの毛布”の新作は絶品だな。甘酸っぱい味はなんの果実だろう」
「チェッシュじゃないか? 初夏に出る赤い実だ」
「へぇ、今度果物屋さんで見てみましょう」
ぺろぺろ、パリパリ、ザクザク。
それぞれの楽しみ方で飴を完食して気合を入れ直す。
「納品確認済んだら、次は実際に使ってみないとな」
「泊まり込みですね」
「攻略階、採取植物、ドロップの獲物を決めるぞ」
「俺はファイヤーブルの肉が食いたい」
「そうなるとファイヤーマゴンも一緒か」
「旅のためにたくさん取っていきましょう。 ほかには、ペッペアとポーアポー?」
「その二つを一気に狙うのは難しいぞ。 ポーアポーは四十階、ファイヤーブルは三十七階、ペッペアは 二十八階だ」
「四十階行くなら、四十一階のオークジェネラルでヒレ肉!」
「じゃあ、四十前後で動くか。 念のため “泥棒の始まり”で必要な素材がないか確認していくぞ」
「えー」
「ジョーは変な依頼を押し付けてくるから……」
「お前たちもジョーを散々な目に合わせてると思うがな」
散々な目に合わせた覚えはイーズには全くない。
茹でたチェスナットボマーをおすそ分けしたり、バンブッシュ料理をふるまったり、ベロアイールの試食をさせてあげたり。何故か受け取るたびにジョーの肩はひくひくと痙攣していた気もするが、多分嫌がってはいなかった。
なんだ、いいことばかりしかしていないじゃないか。
うんうんと頷くイーズを不審な目で見ながら、フィーダが最初に生産者ギルドの扉をくぐる。
「お待ちしておりました!」
そこには、満面の笑みで三人を出迎えるウェイリー。
顔には出ていないが、三人の心の中は全員同じだったろう。
――ああ、これは長くなりそうだ。
今回の品物は大きいので、と言いながら早速ウェイリーにより生産者ギルドの裏手に案内される。
納品物の検品をしたり配送先に仕分けたりするエリアだそうで、作業着を着た人たちが大勢忙しなく動いていた。
その一角にドンッと置かれものすごい存在感を放つコンテナハウス。
作業員たちも受け取りに来た三人が気になるようで、ちらちらと横目に見ているのを感じる。
「これは、定期便では運べなかったのでは? 送料はお支払いしますよ」
「そこはゾッドア殿が調整してくださいましたのでご心配なく」
「ゾッドアさんが?」
「はい。なんでも今回の納品と同タイミングで、ジャステッドの貴族にトイレを納品するとか。何せ貴族のお品ですからね。あちらから取りに来られた馬車にこちらも運んでもらったそうですよ」
「おお、抜け目ないな。迷惑が掛かってないならいいです」
「お気遣いいただきありがとうございます。さ、早速こちらに」
そう言って手に持っていたいくつかの袋の中から、鍵の束を取り出してフィーダに手渡す。
「まず、こちらが外鍵になります。仕様にはなかったそうですが、防犯上必要だろうと」
「なるほど。全く考えていなかったな。ありがたい」
「内側からもカギをかけられるようになっていますので、後程ご確認ください」
「分かった」
「では、中を見ていきましょう」
嬉しそうに三人を先導して歩くウェイリーに、ハルは声をかける。
声を、かけて、しまった。
「ウェイリーさんはもう中を見られたので?」
「ええ! それはもう! 届いた日に拝見させていただきました! 実物を見るのが楽しみで楽しみで仕方がなく、間もなく届くという日にギルド長に外向けの仕事を押し付けられた時には、ギルド長愛飲の健康ドリンクに腹下しでも仕込もうと思ったほどです。ま、別のギルド職員が喜んで代わりに行きたいと申し出てきましたので、そこは何とかなりましたが。
ええ、それよりも中ですね。本当に素晴らしい出来になっています。さすがゾッドア殿!
もちろんハル殿の仕様も素晴らしいものでした。棚の上や壁などに仕組みを付けたり、テーブルに二つの機能を持たせたりという発想は、考えようとしてもなかなか思いつくものではありません。ばね式の機構も着眼点が違います!
それをさらに使いやすく作りこんだゾッドア殿の技術も、まさに神の領域!」
話し出したら止まらないウェイリーの後ろを歩きながら、イーズは鋭い目でハルを見やる。
思いっきりやってしまったという顔をしているハルのお尻に、フィーダがボスボスと膝で軽い蹴りを入れた。
フィーダのこんな態度は珍しく、たまらずイーズは吹き出す。
と、奇しくもその音でウェイリーの演説が止まった。
「――どうかなさいましたか?」
「いえ、くしゃみを止めようと思ったら、変な音になってしまいました。お恥ずかしいです」
「ああ、なるほど。もしかしたら木くずが舞っていたのかもしれませんね。申し訳ありません。
――では、こちらです。扉を開けてここに座れば、靴が脱ぎやすくなります」
ウェイリーはそう言ってドアを開け、できた段差に座って靴を脱いでから持参した袋に入れて中に入る。
「皆様のお履き物は入口横の靴箱に入れられるようになっております」
フィーダ、ハルの後に続いてイーズもコンテナハウスの中に入ると、その広さに思わず声が漏れる。
「大きい!」
「ええ、今はベッドも家具も出していない状態ですので、さらに広く感じます。
では確認箇所を見ていきましょう。組み立て式テーブルが一点、ベンチ兼ベッドが一点、跳ね下ろし式のベッドが二点となります」
ウェイリーはそう説明しながら、まずコンテナハウスの一番奥まで歩き、壁際の箱から数点パーツを取り出す。
「こちらが組み立て式テーブルとなります。マジックバッグの中にテーブルもお持ちとの話でしたので、使う頻度はあまりないかもしれませんが……」
「いや、出し入れが面倒なこともあるから、備え付けがあるならうれしい」
「それは安心です。これは足をはめ込むだけで組み立てができますので邪魔にはならないでしょう。
ベンチ兼ベッドはこちらの壁側にはめられた板を下ろし、下側に足を差し込むだけです。上部の板が二重になっていますので、ベッドにする際はこの板をさらに広げて足の場所を移動させてください」
ウェイリーは一旦テーブルを片付けた後、実演しながら今度はベッドを組み立てていく。
長方形型コンテナハウスの一番奥、短辺側の壁に取り付けられた板を手前に下ろすと、ベンチシートが出来上がった。
そして折りたたまれた座面をさらに広げると、ベッドとして十分に活用できる広さになる。
もちろんイーズに最適な広さで、男二人には無理なサイズだ。
「こちらはイーズ殿がご使用になると伺っております」
「はい、そうです」
「念のため、 高さや幅、バランスに問題がないか横になっていただけますか?」
「はい。 失礼します」
促されてイーズは一番奥に進み、天板に膝をついてベッドに上り、ゴロリと横になる。
幅も長さも十分。ちょっと悔しいけれど、この何とも言えない狭さのフィット感が癖になりそうだ。
軋みや歪みがないか確認をしてほしいとウェイリーに言われ、ベッド上でゴロゴロ転がり、最後はコンテナハウスの壁にぶつかって止まる。
「……大丈夫なようです」
立っている三人の前で一人ゴロゴロしていた自分に気づき、羞恥にイーズの顔は一気に赤く染まる。
「ぶっ、真っ赤」
「う、るさいです。さ、ハルのベッドを確認しましょう。男二人の添い寝ベッド!」
「ぐあ! その表現には悪意が!」
「その言い方はやめろ、イーズ……」
「で、では残りのベッドを組み立てますね!」
三人の会話に乗るように、ウェイリーはがらんとした中央に足を進めた。





