4-2. 清潔さは大事
問: イーズの魔法威力がでかいのは何故か。
解: 八ヶ月に及ぶ魔法の継続使用により、イーズの魔法器官が最適化され、極小の魔力消費で魔法が放てるようになっているから。
「ね、それって俺もやろうと思えばできるのかな?」
「水とか風をどうやって長時間維持するんだ?」
「だよな〜。鑑定と交渉もずっと起動状態だと鬱陶しいしな」
「鑑定で見える文字って、薄くできないんです?」
「どういうこと?」
「ハルの目に鑑定結果がどう見えてるか分からないけど、邪魔にならないようにできればいいんじゃないかと思って」
「目に映るっていうより、頭に浮かぶんだよな。
――これをどうにかすればいいのか。イーズありがと。ちょっと工夫してみる」
「話を戻すぞ」
「「はーい」」
とりあえず、魔法を少ない魔力消費で放てるのはいいことだ。
将来的に転移魔法を身につけたとして、魔力量が転移距離に影響する可能性は大きい。それを考えれば、今気づいておいてよかったと言えるだろう。
「確かに、良いことの方が大きいので前向きに考えます」
「必要なのは魔法の威力を抑えることか」
「バングルの存在感ねえな」
「あれはファッションです」
「魔法少女の杖なのに」
「ファッションです」
「お前ら」
「はい。そうですよ、真剣に聞きますよハル」
「……はい」
その後イーズは何回か魔法を放ち、何とかハイビームがスマホの懐中電灯の明るさになった。あれはあれで眩しいが、「全員で有名な大佐ポーズ!」とかにはならないので許容範囲だろう。
「根性感が半端無いです。もっと魔法って理性的なものかと思ってました」
「概念がふんわりしてるから、精神の影響は大きいのか」
「俺は魔法スキルはないからそこは理解できないが、賢者の末裔の魔法の大家なんかは、幼い頃から精神コントロールを学ぶと聞くぞ」
「何か血族の闇が見えそうです」
「踏み込まない方がいいな」
無表情で魔法をぶっ放す魔法使いが登場しそうで嫌だ。
ハルとイーズはサクッと聞かなかったことにする。
「闇魔法の練習はどうだ?」
「そうですね。ちょっと概念の理解が足りてないような気はしますが、使ってみたい魔法があります。
――フィーダ、あそこの的は使っても?」
「ああ、大丈夫だ」
イーズは部屋の壁に取り付けられた、人の形を模した的を指差して確認する。
フィーダはそれに返事をして、的を壁から外し床に設置されている土台に嵌め込んでその場を離れた。
「何をするんだ?」
「闇魔法の定番で、闇縛りです。大型の魔獣の足止めに使えそうかと」
「確かにそうだな。今みたいに接近して足止めしなくて良くなりそうだ」
「光魔法で無理矢理影も作り出せるんじゃない?」
「その通りです、ハル! やっぱり狙いどころが素晴らしいです。さすが、」
「厨二じゃないからな」
「残念。では、試してみます」
今回は特に危険じゃなさそうだと、フィーダもハルもイーズの横で的の観察をする。
「よいっさ!」
ハル並みの気の抜ける掛け声が響き渡った瞬間、的の下にあった影が上に伸び的に絡みつく。
そして――
――ミシッミシッベキッ
「イーズ、止めろ!」
「ひゃい!」
不穏な音が的から響き、慌ててフィーダが止める。
ハルはタタタッと小走りに的に近づき、その状態を確認し始めた。イーズもフィーダに続き、恐る恐る様子を覗き込む。
「おー、芯まで行ってるな」
「これは足止め以上になるな」
「……べんしょー?」
「これくらいは大丈夫だ、気にするな」
不安げに見上げるイーズの頭を、フィーダがポンポンとなでてなだめる。
「なかなかいいな。遠隔で相手を止められるのはすごいぞ」
「今俺が水魔法の壁でスピードを落としてるのも、今後はイーズが出来そうだ」
「あれはあれで、ちょうど良い地点に誘導できるから使い分ければいい」
フィーダがそのままぐしゃぐしゃとイーズの髪をかき回し、ハルが嬉しそうにグラグラになった的をペシペシと叩く。
その度に的からメキョッベキョッという音がするが、フィーダが問題ないと言ったからいいのだろう。
「影から、こう、ニョキっと棘が出てブッ刺さるやつもいつかやってみたいです」
二人の称賛にイーズも乗っかって、やってみたい技を口に出す。
「影から棘とは、怖いな」
「暗黒に支配されるなよ、イーズ」
「なぜ!?」
どうやら身内には不評だが、出来そうな技は全部試してみるべきだろう。
その後イーズが思い描いた闇魔法を放ちまくり、傾いていただけの的は、最後は原型がわからないほど木っ端微塵に粉々になっていた。
数十分後、演習場から出てくる最高に機嫌が良いイーズと、疲れ果て憔悴し切ったフィーダとハルの姿を見たギルド職員がいたとかいなかったとか。
翌日は朝からダンジョン攻略の日だ。
今日から魔法使いとして戦闘に参加できるため、イーズはかかった馬のようになって何度もハルになだめられていた。
「タケと立場が逆転してるぞ?」
「どういう意味です?」
「普通かかりきった馬をなだめるのはジョッキーだからな」
「なるほど? 褒めてないのは分かりました」
「理解できていないのは理解しました」
ハルが大声で笑ってダンジョン前の広場をスタスタと進む。イーズが横を見上げれば、フィーダが似非アメリカ人のように両肩をすくめてみせた。
「で、最初はゴブリンで試すの?」
「パッと行って、パッと魔法使って、パッと戻りましょう」
「大幅に時間は使わなさそうだからいいだろう」
「じゃ、十階へ参りまーす。ポータル万歳!」
「ポータル万歳!」
「……万歳」
三人は掛け声と共に十階へ飛び、すぐに十一階の階段へと移動する。
「おお、夏の労働をしたおじさまのカホリ」
「本当にこのように物凄い悪臭を発する生物にも、光魔法は効果があるのでしょうか。ワタクシ、信じられませんわ!」
「ワタクシ?」
「まあまあ、奥様見ていてください。この浄化魔法を使えば、ほい! あら不思議、臭いが消え……」
「ゴブリン本体が消えた?」
「後ろのオークは苦しんでるぞ」
「あれえ?」
フィーダが前に進み出て、苦しんでいるオークの腹に剣を一振りし、ドロップ肉に変える。
「さあ、どうしましょう」
「どうする、フィーダ。もう一回くらい検証した方がいいか?」
「そうだな。近いところにいるなら」
「一キロ先でも大丈夫ですか?」
「ああ、それくらいならいいだろう。行こう」
イーズが示した方向に三人で歩き出しながら、先ほどの状況を振り返る。
「さっきのは浄化だったな、イーズ」
「はい、そうです」
「イメージしていた効果は?」
「臭いと汚れの洗浄です」
「……それがああなったのか」
「スッゲー効果だな。魔獣自体を汚れと捉えていたとか?」
「それはないとは言い切れません」
「魔獣は敵だからな。オークは強い個体だから残った?」
「……それか、イーズにとって完全な敵ではなく、肉判定されているから?」
「まさか、そんな」
そう言いつつ二人はイーズを見やる。
盛大に目が泳ぎだすイーズ。ぐるんぐるんだ。
「……可能性あり、か」
ため息ながらにフィーダがつぶやくと、ハルもニマニマと笑ってイーズをつつく。
「ま、弱体化させられるんだったら、俺たちは嬉しいけどな」
「本当です?」
「そうだろ。だって、俺たちは自分の力を見せつけたい訳でもないし、冒険者として大成したい訳でもない。安全に自分たちの狙ったものを狩ったり、それをお金にしたり、危険が迫った時に対抗できる手段を育てておきたいだけだからな。
イーズが自分を守れて、それで余裕があれば俺たちを守れる。その力があるなら、俺は満足だ」
そう言いながらハルが指差した先に、目当てにしていたゴブリンとオークの集団が見える。
「さあ、もう一回やってみよう」
「今度はオークを中心に、ゴブリンは範囲で認識するように当てるんだ。できるか?」
「はい!」
ハルの言葉と、フィーダの信頼を胸に、イーズは先ほどの浄化魔法をもう一度発動させる。
「せいっ!」
イーズを中心に魔力が広がり、遥か先のオークがぐらりとよろめく。そしてパンッと何かが弾けるような音の後、
――パパパパパッ
小さな破裂音と共に、オークもゴブリンもその場から消え失せた。
「うわーお」
「おいおい」
「てへ!」
そのあまりの効果に、三人揃って変な声が出る。
魔獣がいた場所で肉と魔石を拾うと、全部で十四体いたようだ。
それだけの数をオークも含めて一回で倒せたため、フィーダは違いをイーズに確認する。
「魔法の放ち方を変えたか? さっきは音が出ていなかったはずだ」
「さっきは綺麗にしたいっていうイメージで、布巾で拭く感じでした。今回は、範囲を広くって言われたので、お掃除の泡を上からぶっかけるイメージをしました」
「掃除……」
「ああ、だから弾ける音がしたってこと?」
「あ、そうかもしれません」
「なるほどな。これは戦闘の組み立てを考えないとな」
フィーダが若干呆れつつも、良くやったとイーズの頭をぐりぐりする。
その動きに合わせて、イーズはグラングランに揺れて歩きながら明るい声を出す。
「C級の許可されてる階層、全部行けますかね!?」
「そうだな。泊まり込みの準備もするぞ」
「げっ、それってこの街の冒険者基準?」
「両方だ。野営場所に他の冒険者もいたら、目立つだろう」
「お風呂が……」
「トイレが……」
「長くて二日だ。我慢しろ」
「清潔に朝を迎えないと、活動力が半減します」
「睡眠も大事だぞ」
「……最悪隠密で隠れてなら」
「フィーダ素敵!」
「フィーダ様、最高!」
なんだかんだ言って二人に甘いフィーダが、完全に妥協しまくった案を出すと、二人の顔が輝く。
「それじゃ、一階に戻ってから次は三十五だ。いいな?」
「おっけ! ポータルサイコー!」
「ポータルサイコー! おー!」
「さいこー」
三人は今までの活動階でイーズの魔法との連携を試し、問題なく今後も攻略が進められることを確認した。
次はC級が攻略を許されている五十階に向け、まずはその手前の攻略登録階である四十五階を目指し、準備を進めていった。





