3-3. ハルの企み
イーズの成人の儀が一週間後に迫ったその日、攻略から戻って風呂に入った後、ハルはエッタに声をかけた。
「エッタさん、少しお尋ねしたいことがあるのですが、お時間はありますか?」
「どうしたの、そんな畏まっちゃって。そうね、こっちでお皿洗いながらでいいなら、そこのカウンターに座って話してくれるかしら?」
「ありがとうございます」
そう言ってハルは厨房を見渡せるカウンター前に座る。
エッタは早速中に入り、山と積まれた皿をカチャカチャと音を立てて片付け始めた。
「それで? 聞きたいことって?」
「来週にイーズが成人の儀を受けるんですが、」
「え!? あの子が!?」
ハルが話し始めた直後、エッタが驚きで手を止めて顔を上げる。
予想通り、本題に入る前に話が中断されてしまった。
「ええ、十五歳になります」
「あらまぁ、あらあら……まぁ」
驚きで言葉も出ないエッタに苦笑しながら、ハルは続きを話す。
「それで、タジェリア王国というか、ジャステッドの皆さんは、成人の儀に何かお祝いをしたりするのか知りたくって」
「あー、そういうこと。ハル君もイーズ君もこの辺りの“普通”は知らなそうだから」
そう言いながらやっと皿洗いを再開するエッタ。
「先に、二人のお国ではどうだったか聞いても?」
「そうですね……僕の時は、伝統的な衣装を着て、同じ時期に成人する仲間と集まって美味しい料理と酒を飲みましたね」
「聞いた感じは変わらないわ。男も女も綺麗めの服着て、成人の儀が終わったら家族で美味しい食事に行くくらいね」
「エッタさんも?」
「そうそう。母親が綺麗なワンピースを用意してくれてね。軽く化粧して、髪も結って。もうそれだけで大人になった気分になれたわ」
「服の色に決まりは?」
「そんなのは無いはずよ。好きな色でいいわ。イーズ君ならいつも着てる感じの服で十分だと思うけど……まぁ、ちょっとは何か特別な物を足してもいいかもね」
「特別、ですか……」
一通りの情報をもらって考え込み出すハル。
「――二人の、事情はよく知らないけどね」
少しの間の後に話し始めたエッタに気づき、ハルは顔を上げる。
「祝ってくれる家族がいてくれたら、何だって嬉しいわよ。あたしから見たら、イーズ君はお兄ちゃんであるハル君をすごく信頼してる。後からフィーダさんが合流しても、それは変わらないように見えるわ」
「そう、ですか。それはとても嬉しいです」
「だから、何をしても喜んでくれると思うから、ハル君も心配しないで、イーズ君にしてあげたい事すればいいのよ!」
そう言って最後は豪快に笑うエッタに、ハルも少し肩の力を抜いて微笑み返す。
と、そこへフィーダが上から降りてきて声をかけた。
「ハル、ここにいたのか」
「フィーダ、何かあった?」
「いや、イーズが階段の前ウロウロして、『ハルが帰ってこない。酔っぱらいに絡まれてるのかも』って心配してたから代わりに見にきた」
「悪い。イーズは部屋に戻った?」
「ああ、押し込めといた」
「了解――それじゃ、エッタさん、ありがとうございます」
「いいえ、お兄ちゃんは愛されてるわね。また何かあったら相談してちょうだい」
「そうさせて頂きます。ありがとうございました」
軽く礼をして階段を上がりながら、ハルは後ろのフィーダに声をかける。
「明後日の休息日で、別行動するかもしれないけど、イーズと一緒にいてくれる?」
「別行動って、イーズともってことか? 珍しいな」
「ちょっと上手くいくか分からないけど、やってみたい事があって」
「分かった。理由はまだ言えないんだな」
「そう。イーズの事、頼めるかな?」
「心配すんな。街の中だったら、俺でも大丈夫だ」
「街の外でも頼りにしてるよ」
相変わらず褒め言葉に弱いフィーダが、口ごもって顔を赤くする。
その様子に軽く笑いを漏らしながらハルが部屋の扉を開けると、イーズがベッドの上で心配そうに待っていた。
「ごめんごめん。エッタさんとレシピのことで話し込んじゃってた。鍋の次の味噌料理は何がいいかなって」
「良かった。前みたいに、変なおじさんにハルが狙われたのかと」
「あれは記憶から消せと言ったはずだぞ……」
「顔を赤くして涙目で怖がるハルの顔がさっきから浮かんで消えなくって……思い出してほしくなければ、心配させないでください」
「返す言葉もない。気をつけます」
素直に謝るハルに、イーズは満足そうに頷いてゴロンとベッドに横になる。
枕を抱えてクスクス笑う姿をひと睨みして、ハルもベッドに上がる。
「お前ら、明日もダンジョンだぞ。ちゃんと寝ろよ」
「ダイジョーブ」
「問題なーい」
「賢者と接した人たちの手記で、誰も彼もが常識的に考え過ぎると疲れると一度は書いてたが、本当にその通りだな」
「え? どういう意味?」
「褒め言葉じゃない気がしましたよ?」
「気にするな。寝ろ」
「気になって寝れない!」
「逃げるとは卑怯!」
喚く二人を残してフィーダは自分の部屋にさっさと入っていってしまう。
こんな時、個室があるのはずるい。
「賢者じゃないもんねー」
「成り損ないだな」
「だから、常識はある方ですよね」
「王城でずっと暮らしてる奴らよりはな」
ハルの回答にうんうんと頷いてイーズも同意を示すと、今度こそベッドに入る。
「おやすみなさい、ハル」
「おやすみ、イーズ」
互いに就寝の挨拶をして布団に潜る。
暗闇の中、イーズに内緒で成人の儀のお祝いを準備するにはどうすればいいか悩みながら、ハルはゆっくりと眠りにおちていった。
次の日、攻略が終わって三人で食事を取っていると、同じ宿に泊まっている冒険者の一人がハルに声をかけた。
「ハル、ちょっと後で時間もらえるか?」
「ケニス、大丈夫です。部屋に行けばいいですか?」
「いや、あっちで仲間で飲んでっから」
「了解です」
そう言って彼はテーブルに戻っていった。
イーズがそちらを見ると、ケニスのパーティーメンバーのうちの女性二人がヒラヒラとイーズに手を振ったので、イーズも手を振りかえす。
「ああ、あいつらか」
フィーダもチラリと見て納得したように呟いたので、イーズは不思議に思って尋ねる。
「知ってるんです?」
「ついこの前C級に上がった奴らだ。防具を新調するとかで、少し相談された」
「あー、もしかしたら俺への依頼かも」
「依頼?」
「鑑定」
「だろうな。お墨付きってのは重要だ。ゲン担ぎでもある」
「そうそう」
案の定、食事後に彼らの話を聞いて部屋に戻ってきたハルは、明日彼らの防具購入に付き合うと言う。
「えー、いいなぁ」
「イーズは乗馬を頑張れ」
「ううう……頑張ってますよ」
「明日は俺が後ろに乗って走ってやる。体幹は悪くないから、リズムを掴めばすぐだろう」
「いつも瞬足でかっ飛ばしてるくせに」
「だって、自分の頭より高い所に乗るって怖いですよ」
「慣れりゃ、気にならん」
「じゃなきゃ、永遠にフィーダと二人乗りだぞ」
「頑張ります!」
ハルの言葉に俄然気合を入れたイーズに、フィーダは何気にショックを受けた様子。
思わず吹き出しながら、明日は自由行動が許されそうでハルは安心する。
そうやって、イーズの知らないところで準備は着々と進められていた。
それから四日後の夜、ハルはお風呂から戻ってきたイーズに声をかけた。
明日は本来であれば攻略の日だが、イーズの成人の儀のために特別にお休みだ。
「イーズ、ちょっといい?」
「はい」
部屋に置いてある小さなテーブルセットの横でハルが手招きするので、イーズも席に着く。
その後ろに立って習慣になった人間ドライヤーをしながら、ハルが話し出す。
「明日は成人の儀だろ?」
「はい」
「緊張、してる?」
「――少し」
「ふっ、素直なことはいいことだ」
サラサラと風と一緒に流れるハルの指に安心しながら、イーズは素直に答えた。
「余計なことかもとは思ったんだけど」
話しながらハルはイーズの髪を乾かすのを終えて、前の席に座る。
「最終的にどうするかは、イーズが決めていいから」
そう言って、マジックバッグから何かが入った袋を取り出して、テーブルの上に置く。
「――見ても?」
イーズが尋ねると、ハルは少し緊張したようにコクリと小さく頷いた。
その様子にイーズまで緊張しながら、袋を膝に置いて中を覗き込む。
「これは――」
そこに入っていたのは、ハルが準備したイーズの成人の儀用の服一式。
そして、イーズが震える指で取り出したものは、
「ワンピース……」
淡い青色のワンピースだった。





