2-13. 黄色いやつ
手続きを待つ間、取り止めもない質問をキクノにする。
どうやら彼女はジャステッド育ちで、普段冒険者が利用しない場所などにも詳しいようだ。
キクノにこの都市に図書館のような場所はあるかと尋ねると、二人が使った門とは別の門近くに市民が利用できる蔵書館があるという。
冒険者の場合はC級以上であれば無料だが、それ以下だと入館料が必要になるらしい。
金額まではキクノは把握していなかったが、身分証明をすれば安くなるとのこと。
冬の間に是非行ってみたい。
これまでチャンスがなくて見られなかった賢者大全もあるそうなので、全巻は読めなくてもイタイ二つ名の賢者の巻だけでも確実に読んでみたい。だって絶対イタイエピソードも残ってそうだもの。
そんなイーズの考えを察してか、呆れた顔をしながらもハルも蔵書の種類などを確認している。
そうこうしているうちに先ほどのお姉さんが戻ってきて、二人とも口座入金の書類に署名をして返した。
これで今日のギルドの用事は全てだ。
二人の受付女性にお礼を言い部屋を出る。
もうあの冒険者集団はいなかったが、長居しても意味はないので足早にギルドを後にした。
「少し時間かかっちゃいましたね」
「昼には早いけど、ここから離れて防具見に行くのもな。仕様を送るだけだから、生産者ギルドを先に済ますか?」
「そうしましょう。終わったらお昼ですね」
「ああ。究極の難題が待ってるぞ」
「覚悟してます」
二人は生産者ギルドで、ベズバロ村のゾッドア宛に書類を送ってもらう手続きをする。
ゾッドアと契約をしていると言うと驚かれたので、彼は名の売れた職人なのだろう。
用を済ませて出ると丁度昼時だ。
今日の予定を組むときについぞ決まらなかった昼食。
先回のスープパスタは最高だった。あの時は食べられなかった他のメニューも味わいたい。
だが全く別の店に行くのも捨てがたい。
ちなみにスープパスタ案はハルで、新規店舗開拓案はイーズである。
イーズが行きたいのは、エッタが教えてくれたディア肉のカツレツの店。
食べたことのないディア肉を、なんとカツレツに!
「ハル……ディアカツレツが川の向こうでおいでおいでフラダンスしてます。可愛いですねぇ」
「逝くな、イーズ!」
精神状態が危険になったイーズを救うため、今日はハルが折れてカツレツ店に向かう。その代わり、次回はスープパスタで確定だ。
こじんまりとしたウナギの寝所のような店には、カウンター前に十席ほど椅子が並んでいた。
まだ他に客はおらず、二人は一番奥の席まで通される。
そして席に着くと、店員は二人の前に温かな湯気を上げる湯呑みを置いた。
「湯呑みだ」
「しかもほうじ茶」
「はい。当店ではカツレツを伝えた賢者様が好んで使った茶器と茶葉を提供しております。ではどうぞごゆっくり」
二人は手元の少し厚い、無骨な円柱形の湯呑みを両手で包む。
外を歩いて冷えた指先がじんわりと温まる。
「いいな、これ」
「そうですね。ほうじ茶や緑茶はティーカップより湯呑みの方がいいです」
注文を取りに来た店員に聞けば、湯呑みは茶葉の産地の近くで作られていると言う。
いつか茶の買い付けには行こうと思っていたので、そこにも寄ろうと二人は決めた。
「持ち帰りにできて良かったな」
「はい。絶望的な量に涙が出そうでしたが良かったです」
エッタは言っていなかったが、この店の売りの一つが“ドロップ肉使い切り” 、つまり一回にドロップされる肉を全てカツレツにする。その量、一kg。
さらにスープやパンも付き、イーズにとっては苦しい戦いになるかと思えたランチ。しかし店側は慣れたもので、快く持ち帰り用にできると言ってくれた。
これで攻略中のお弁当ができたとイーズはホクホク顔だ。
パンパンに膨らんだお腹をさすりながら、二人は冒険者用装備店が立ち並ぶ通りに入り、目的の物が売っていそうな店を探す。
イーズの体格から考えて一般の店より、特化型がいいだろう。スキルバランス的にみると斥候やシーフか。
ハルは店の前や見える範囲に出ている商品を片っ端から鑑定して、掘り出し物がないか見ている。
「イーズ、あそこに入ってみよう」
「“泥棒の始まり”ってすごい名前ですね」
「シーフ職に就くときに必要な道具が揃ってそうだろ?」
「納得です」
中に入ると他の装備店では見たことがない道具が多く並んでいる。
太さの異なる針金のような物、鉛筆のような棒の先に灯りがつけられている物、マッピングに使用するのか蛍光の塗料などもある。全体的に小物が多いようだ。
こうやって色々見ていると、まるでアイデア商品が置いてある雑貨屋をうろついている気分になる。
「イーズ、これはどうだ?」
「あ、目の保護具ですね」
「そうそう。化学実験のゴーグルみたいなやつ。でもこれだと顔全体は守れないな」
「目だけ守れたら十分じゃないですか?」
「顔にイガが突き刺さったら痛いだろ」
「ポーションで治しますって」
「でもなぁ」
「――何かお探しでしょうか?」
二人でワイワイしていると後ろから声がかかった。
感知を使っていたわけではないが、直前まで気配が感じられずイーズは驚く。
振り向くとそこには店から数歩出たら忘れてしまいそうなくらい、印象の薄い男性が立っていた。
「手袋と顔周辺の防具を探しています」
「それぞれの用途をお伺いしても?」
「この子はナイフでの接近戦を得意としています。最近、敵との接触で手に衝撃が響いてしまったり、毒持ちの相手と素手で戦ったりというのが続いて危険だなと。
できれば手を守りつつ、ナイフの取り回しには影響が出ない物がいいです」
「防具はチェスナットボマー用です」
「……チェスナットボマー?」
「はい。こうトゲトゲの」
「あ、いえ。チェスナットボマーは存じておりますが、あれは採取も滅多にされないと覚えております。どうしてチェスナットボマーを?」
「食べます」
「は?」
イーズの簡潔な答えに、店のお兄さんぽいおじさんがポカンと口を開ける。
「あ、あの、故郷にアレにそっくりな木があって、茹でたり焼いたりしてから中の実をくり抜いて食べるんです。もしかしたらチェスナットボマーも食べられるかなって挑戦してみたくって」
「すっごい甘くて美味しいんですよ?」
「そ、そうですか。ふふっ、チェスナットボマーを。ふふふっ、た、食べるための、ぼうぶ。ふふふふっ」
「お兄さん、普通に笑っちゃっていいですよ?」
「そ、そうです? ぷっ」
「ええ、どうぞどうぞ」
「では、少し失礼します」
そう言って彼が足音も立てずに店の奥に引っ込む。
一瞬の沈黙の後――
「ぶひゃひゃひゃっぐふっぐっくっくっくふはっ! ひーーーっははははっげほっごほっひっひっひ、ふふ! ふひゃ! ぶふぅ!」
何とも盛大な笑い声が店の中にまで響いてきた。
「笑い上戸?」
「かなぁ。どうやら食べる人はいなさそうだぞ」
「試してみるまでは分かりません」
「それもそうだな」
「――失礼いたしました。けほっ」
数分後、やっと落ち着いたのか店の人が戻ってきた。
その手にはいくつかの手袋やヘルメット、マフラー、ゴーグルなどを抱えている。
「まずはこちらが手袋です。素材違いで数種お持ちしました。緑色は毒耐性がついています。他のは衝撃耐性や劣化防止が施されています」
「実際にはめてみても?」
「ええ、どうぞ」
イーズはまず毒耐性の手袋をはめる。
感覚としてはトイレ掃除に使えそうな寸胴のゴム手袋をしている感じで、ストレッチ性は少ない。
「――少しナイフが持ちにくそうです」
「よろしければナイフを握ってみますか?」
「いつも使っているものを出しても?」
「え? は、はい」
指輪型マジックバッグからナイフを取り出し、握ったり振ってみたりするイーズ。
夢中になっているイーズの奥で、ハルがあちゃぁという顔をしているのには気づかない。
チラリとハルを見る店員に、ハルは目配せをして黙っているように伝える。
存在感の薄い店員は、薄い唇を薄ら引き上げて薄い笑顔でコクリと頷きを返した。
「――やっぱちょっと硬いかな」
「こちらの青みがある方は伸縮性に優れています。内側と外側の素材を変えているので、強度もあります」
「ありがとうございます」
指を通してみると、ストレッチ性がありフィット感も良い。
さっきのがトイレ手袋なら、これはお医者さんの手袋のようだ。
ナイフを握っている感触も悪くない。
「これ、いいですね」
「ありがとうございます」
「予備も買う?」
「ちょっと実戦で使ってから決めたいです。敵によって換えるかもしれないし」
「了解。じゃ、それは決定で」
「次はチェスナットボマー、ぷふっ、用の、ぶっ、ごほん。あー、チェスナットボマー用の防具ですね。目の周りは先ほどのメガネがよろしいかと。
首から顔の保護にはこちらのマフラーはいかがでしょう」
込み上げてくる笑いを抑えながら店員が差し出したのは、スヌードタイプのマフラー。
ただ少しファッション用と異なり、数箇所にフックが付いている。
「ここの金具は?」
「下側の金具で服に引っ掛けて動かないようにしたり、上側の金具で先ほどのメガネのような別の装備に引っ掛けたりできます」
「イーズ、つけてみる?」
「はい」
イーズはメガネとスヌードを受け取り、それぞれを装着した後にフックでずれないように固定する。
「――なんというか、関西のテーマパークに出てきそうな感じだな」
「どういう意味ですか?」
「そういうゴーグルした黄色い物体いなかったっけ?」
「あー、なるほど? っていうか、それ褒め言葉じゃないですね」
「褒め言葉じゃないな。でも顔の防御はできてるし、九階でしか使わないだろ?」
「そうですね。何度も使うとも思えないので、これにしておきます」
「他は良さそう?」
「どうかな。店員さん、何か他におすすめ商品あります? 今季中に二十階まで進むのは確実なんですけど」
イーズが防具を外しながら店員に尋ねると、彼は二十階ですかと呟きながら、店のカウンターの下から何かを取り出し、カウンター上にそっと置いた。
「「タケノコ?」」
やけに重々しい仕草で置かれた物体は、どう見ても春の代表的な食材、タケノコであった。





