3-1. 人というもの
外伝三部始まります!
場所
ラズルシード王国南部・腐海周辺
登場人物
土龍:愛称はツッチー
タクマ:勇者(火魔法使い、模写スキル)
フーカ:勇者(補助魔法使い、歌唱スキル)
名前のみ登場
ソウ(ソウジロウ・サカノウエ)
一度政争に負けて辺境に追放されていた貴族。金髪碧眼の美男子。
ディエドラ・ストゥティフ
王弟の娘であり国王の姪。公爵家長女 ソウの婚約者。ゴージャス美女。
頭上から土龍の名を呼ぶ声に、瞼を開ける。
目を開けたとて、地中奥深くに潜っているため視界は暗いままだ。
だが自分の名前に乗って届く勇者の魔力に、体をふるりと震わせる。心地よく、くすぐったい。
呼ばれたならば、出ていかねばなるまい。
ごつごつとした突起のついた足を動かし、地表を目指して登り始める。
土をどかし、押しのけ、大地を揺らす。
前に地上に出る際、少しばかり場所がずれてせっかく建てた塔の土台がずれてしまった、と火の勇者に愚痴られた。 すぐに強固な土台に直してやったらなんともいえぬ顔をしていたが。
今日呼ばれた場所は彼らが建てている新しい町とは離れている。多少強引に体を出しても大丈夫だろう。
人は大地が有り余っていても一か所に集まる。
もっと広がって住めばいいと思うのだが、それは「効率が悪い」のだそうだ。短い足でせかせかと動き回るには建物はかたまっていたほうが良いらしい。
なるほど。人というのは面白いと納得する。
記憶を引き継ぐ龍ではあるが、その中で人と暮らした経験はわずかだ。
女神さまからの使命は人を守ること。
異界とつながったダンジョンという穴から魔獣があふれ出す時、人々が無駄に命を散らすことがないように助けることだ。
人の命は短い。ダンジョン氾濫の際に言葉を交わした相手は、次の氾濫の時にはもうすでに土に還っていた。
人はそういうものだと気づいた時には、大地の砂一粒一粒が愛おしく感じられたものだ。
背びれを揺らし、力強く手足を動かして体を押し上げる。
硬い地面も、強固な岩も、土龍にとっては障害にならない。魔力でできたこの体と同じで、魔力を通せば大地の欠片は意のままに土龍の巨体をよけていく。
そうして数分もしないうちに、土龍は地中奥深くから青空の広がる大地の上へと姿を現した。
「おっす。久しぶり」
「ツッチー、おひさ~」
思った通り、そこには当代の勇者二人が待っていた。
火のタクマと補い手のフーカ。
ダンジョン氾濫の際に出会い、その後も腐海からの大量のハグレを屠るのに協力した勇者たちだ。
出会った当時は魔力の使い方もおぼつかない嬰児ではあったが、今は勇者として女神から与えられた魔力を余すことなく行使できるようになっている。人の成長とは斯くも早いものか。
『久しいな。息災でおったか』
「うん。忙しくて死にそうだったけど最近ちょっと落ち着いてきた~」
「大っぴらに動けないってのに、ディエドラとソウがこき使ってきてたまんねえ。あいつらよりも魔獣のほうがまだ聞き分けがいい」
『ははは。巨大な魔獣どもに怖気づいておったお主がそんなことを言うようになるとはの。よほどあの女子は恐ろしいらしい』
面白くて体を揺らすとぱらぱらと土がこぼれて落ちる。
タクマは唇を尖らせてそっぽを向いた。
フーカは土龍の顔のそばに立ち、顔周辺の鱗に引っかかった土を撫でて落としながら笑う。気づけば遠慮なく触れるようになった。
「最近、腐海の森はどう? 少しは小さくなった?」
『変わらずよな。ハグレがおさまってからはさほど大きく中の魔力も動いておらん』
「そっか。じゃあ、しばらくはまだまだ森は腐海に見えるってことだね~」
フーカの呟きに、土龍は彼女を傷つけないように注意しながらゆっくりと頷く。
その間にタクマもそばに寄ってきて土龍の腹辺りに背中を預けた。どうやらそこで一休みすることに決めたようだ。
「ディエドラとソウの計画は順調だ。腐海そばの町もツッチーが基礎や素材をくれたからあっという間にできたし。あ、土魔法使いたちがまた会いたいって言ってたから今度会ってあげて」
『あい分かった』
「ほんと、ツッチーの協力には助かった」
『そうかの』
タクマの率直な声はどうにもくすぐったい。
顔のそばでフーカがくすくすと笑っている。
その後もポツポツと人の子らが建てている町のことを聞く。腐海だった土地が切り開かれ、町ができ、人が集まる。新たな人の営みが始まる。
それに関わることになるとは、何千年と続いた龍の生の中でも初めてではなかろうか。そしておそらく二度とないだろう。人とは一度作り上げた場所から早々動かぬものだ。
「政治のことは俺も良く分かんねえけど、あともうちょっとってとこまでは来てるらしい」
『ワシも人の政はよう知らん』
「だよね」
「貴族とか絡むとさらに良くわかんないよ~」
人には階級がある。龍にとってはこの世界の子らと勇者くらいの区別しかないが、人は生まれでその後の人生がほぼ決まるという。
魔獣がダンジョンで生まれてそこに縛られるか、外の世界に生まれて自由を得るかのちがいだろうか。きっと違うと言われそうだということは土龍にも分かる。
「あとねぇ、な~んかきな臭いんだよね」
『きな臭い、とは?』
言葉の意味は分かる。だがそれが何を表すのかは分からず問いかける。
首回りのえらに何か大き目の鉱石が引っかかっていたらしい。グリグリと取り出して「おお~」と声を上げる。ワシの質問に答える気は無いのか。
タクマはあくびをし、半分眠りそうな声でここから離れた場所に見える町の塔を眺めて呟く。
「ディエドラとソウは頑張ってる。でもバックに南部の高位貴族たちがいるっていっても若いし、今の王国に不満があるからと言って新たな領主につこうって思うほどのものじゃないって考えているやつがちらほらいる」
「氾濫で被った痛みも、時間が経っちゃえば他人事だしね~」
そう言ってフーカは小さく歌を口ずさみながら鉱石をハンカチで磨き始めた。異世界の歌なのだろう。声に含まれる魔力によってなんとなく意味は伝わってくる。晴れた夏の空が似合いそうな歌だ。
「フーカー、スキル使うなよー」
「あ、うん。ごめん」
眠そうなタクマの声に、フーカが慌てている。補い手の魔法が出ていたようだ。
龍には効かぬ故、すぐには気づかなかった。
その後は言葉を紡がず、鼻歌だけが広がる。
そうか、人とはこうだった。
ダンジョン氾濫という魔獣を前にした戦いばかりが人との交点だった。
人の営みがどのようなものかは、地の底から見てはいたが触れたことはなかった。
『補い手、何か歌を歌ってくれぬか?』
「お? ツッチーからのリク? どんなのがいい?」
『そうだな。大地を感じる歌を』
「ん~、大地ね~。あ、いいの、知ってる」
そう言ってフーカが歌いだす。
最初はゆっくりと、そして徐々に早くなる曲調が心地よい。
腹の辺りでタクマがゴホゴホと咳き込み、「ちょ、おま、それ、アニソン」と呟く声が聞こえる。
『これ、邪魔するでない』
尻尾を揺らし、タクマを黙らせる。
その間もフーカの声は伸びやかに続く。
目を閉じてその声に浸る。言葉が染みこんでくる。
一人ではない、生きることには意味はある。
何をするにも遅いことはない。大地を踏みしめて進んで行けと柔らかな声が促す。
最後の余韻を残して、フーカはゆっくりと口を閉じた。
『良いな。良い。とても良い』
瞼を閉じたまま告げる。
人の子は面白い。
龍よりもはるかに短い時しか生きられないのに、その中にある知恵は深遠すら悟ったかのようだ。
『また、歌ってくれ』
「気に入った?」
『ああ、とても心地よい』
「へへー、ありがと」
フーカはぴたりと土龍の体にくっついて嬉しそうに笑い声をあげる。
「スキルが出るんじゃないかってひやひやした」
「失礼! もうコントロール覚えたから大丈夫だって~」
「被害浴びまくってるから、信じらんねえ」
「え~、そんなに~?」
二人がワシの体を挟んで言い合いをする。
これは仲がいい証拠だとソウという子が言っていた。
なるほど。確かに楽しそうだ。
空が高い。
大地が歌っている。
ああ、今日はとても良い日だ。
龍として生まれたことに感謝ができた。
変わらず続く二人の勇者の声を聴きながら、土龍はゆるりと背を揺らした。
え~、フーカが歌ったのは「departure! by 小野正利」(HUNTER×HUNTER(2011) OP)です。
歌詞を知りたい方はぜひ調べてください。
ツッチーの話は長編と言うより、短編で続けていく感じになります。
フーカ達中心で作ると政治とかいろいろ難しい話になって、逃亡賢者の雰囲気からずれそうだなと。
では、第三部、引き続きお楽しみくださいませ!





