2-14. 実験
攻略が終われば後はシィージェ観光を楽しむだけ。
そう宣言し、ハルとイーズは毎日朝から晩まで時間を無駄にすることなく、朝食と軽食と昼食とおやつと夕飯と晩御飯と晩酌のツマミ研究に精を出す。もちろん、ロクフィムにいる友人知人へのお土産も忘れない。
尚、イーズの胃袋はすぐ限界が来るので、美味しいと判断されたものは即刻マジックバッグへと放り込まれている。つまりイーズの胃袋はブラックホールと等しく最強という理論だ。
「何言ってんだか」
「美味しいものを満腹になるまで食べたい気持ちもありますが、今は種類を優先です」
店のリストを睨み、イーズは自分の口に入れる割合とマジックバッグに入れる割合を綿密に計算する。商会会計担当として培った計算力がとても無駄に発揮されている。やはり実践の場があると成長が早いようだ。
「毎日毎日、良くやるな」
朝食もまだな時間、今日のコースを熱心に相談する二人を見て、呆れた顔でフィーダが告げる。
流石にハリスをそんなに長時間連れまわせないので、フィーダ一家は数日おきにハル達お墨付きのおすすめスポットを訪れている。
「今日は少し気温が落ちたから、温かいものに挑戦してみようと思って」
「やっぱりお鍋とか温かい料理は寒い日がいいです」
「そんなの関係なくロクフィムでも食ってるだろ」
「郷愁の念というやつです」
年中暑いロクフィムでも味噌のボア鍋やキムチ鍋などを食べていると指摘するフィーダ。
だが本人もなんだかんだで気に入っているのだから、文句を言う立場ではないはずだ。
「文句は言ってない」
「なるほど。確かに?」
イーズは口元にペンのお尻を当てて首をかしげる。
メラは二人の会話に笑いつつ、イーズに頼み事を告げた。
「ね、イーズ、この前買ってきた調味料、また買える? えーっと、ハラペーニョの瓶詰め」
「ぺにょへにょ~、へにょ~!」
「キョ~」
「ミョ~」
音の響きが楽しいのか、ハリスが両手を上げて嬉しそうにヘニョヘニョと繰り返す。
フォークを持ったままグニャグニャと揺れるハリスの手をフィーダはそっと抑え、口の中に野菜のゼリー寄せをスプーンで突っ込む。トマトの味が口の中に広がると同時に、ハリスはぱあっと顔を輝かせた。
「ハラペーニョのピクルスでしたっけ?」
「あ、そうそう。ちょっと挑戦したい料理があるの」
「分かりました。えーっとあのお店は……」
購入品メモでお店の場所を確かめ、今日の予定のどこに入れるか考える。
別に今日じゃなくても良いらしいが、丁度帰り道で寄れそうだ。
「ハラペーニョってこのあたりでも栽培できるんだ? 暑い地方なのかと思ってた」
「さぁ? でもシィージャで売ってるハラペーニョはダンジョン産ですよ」
「え? ドロップなの?」
「はい。前にお店の人が言ってました」
頷くイーズに、ハルはそうだったかと記憶をたどる。
あの時は雑貨店に入って……不思議なメキシコ風レスラー風のお面をイーズが手に取ろうとしていたのを見て、慌てて内容も見ずにそばにあった漬物を押し付けたんだった。
「ハラペーニョはワーム型の魔獣の……」
「あーあーあー、聞こえない聞こえない」
ドロップの説明をし始めたイーズのせいで思い出した。思い出したくないことまで思い出した。そうだ。ワーム本体の酢漬けもあった気がする。あの店に行く時には要注意だ。
ハルがメラメラと戦いへの闘志を燃やしていると、食堂に幾人かの村人が入ってくる。その中にふわふわとした巻き毛頭を発見し、ハルはにやりと笑って立ち上がった。
何か危険を感じたのか、まん丸の体がピクリと揺れて屈強な男たちの影に隠れようと縮こまる。しかし残念なことにパオルの横幅をすべて隠すことは叶わなかった。
「パーオールーくーん!」
「ひっ!」
パオルの大きな体が数ミリ跳ねる。
ロクフィムで良く見かけた光景だと、イーズは懐かしむ。
黒の魔王、暗黒の魔術師、社畜養成所所長などと呼ばれるハル。その所業を知られていないベッテドンナやシィージェでは久しく見ていなかった反応だ。
「な、なに?」
「そんなに怯えないでよ。取って食ったりしないし。聞きたいことがあって」
「……うん」
「前言ってた、ライトニングボムフルーツの木」
「エマリーはあげないからね!」
「いや、いらないし」
即座に拒否をするパオルに、ハルは白けた顔で返す。
パオルの中でハルはどんなイメージなのか聞いてみたい。お前のものは俺のものって言いそうなキャラなのだろうか。
パオルとハルががっつり関わるようになったのはマンドラゴラ採取の時くらいなのにこの怯えよう。そんなに怖い思いをさせただろうかとイーズは振り返る。
高速再生した記憶の中はいつも通りのハルだけだ。違和感が見つからない。まさか自分も毒されているのだろうか。
「ライトニングボムって木に成ってる時って発光してる?」
「ん? あ、逆、だよ。生の時は口の中がぱちぱちするけど、乾燥させて、えーっと、確か塩水とかに漬けると光るって聞いた。僕はやったことないけど」
「あ、それそれ。なるほどね。了解了解。そこまで分かればオッケー」
ぽんぽんとハルに肩を叩かれ、パオルはまだわずかにこわばりを残しつつコクコクと頷いた。そしてそそくさとハルから逃げるように去っていく。
満足げな顔で微笑むハル。一体今の会話は何を確かめたかったのか。
「まだちょっと考え中なんだけどさ」
「暗躍計画第二弾ですか?」
「え? 何それ」
「マンドラゴラ作戦が終わったので第二弾なのかなと。ハルを暇にすると変なことを考え出すって有名ですし」
「失礼な。誰だよ、そんなこと言うの」
「フィーダです」
「は?」
突然名前を出され、フィーダが間の抜けた声を上げる。だがすぐにイーズの発言を反芻し、器用に片方だけ眉を上げる。
「ま、あながち間違いでもないな。企むのもほどほどにしとけよ」
「酷い、フィーダ」
無駄だと分かっていてもフィーダは一応釘を刺す。
フィーダの言葉にハルは傷ついたふりをしながら、にやりと笑って見せた。
「さてさて! ここにご用意いたしましたのは、ライトニングボムフルーツを乾燥させたもの二十個、三パーセント濃度の食塩水、特別でもなんでもない頑丈な糸、それからフルーツに穴を開ける道具、以上!」
日が傾き始めた頃、フィーダ一家も一緒になってシィージェ中心を流れる川のほとりにやってきた。
ハルが声高々に紹介しているのは、昼間に雑貨店などで買ってきたものだ。その中には今朝パオルから聞き出した乾燥したライトニングボムフルーツもある。
「で、これをどうするんだ?」
「とりあえず、数個穴を開けてつなげてみたのがこれ」
そう言ってハルは、巨峰サイズのライトニングボムフルーツ三つに糸を通したものを取り出した。
そしてそれを食塩水が入っているというバケツに無造作に浸ける。実は沈むことなくプカリと水面に浮きあがった。
「しばらくするとフルーツの表面がほころんでくるらしいんだけど……」
ハルの説明に五人でそろってバケツを上から覗き込む。
怪しげな光景にも見えるが、幼児が楽しそうにバケツの中身を突っついているおかげで詮索はされない。大方、川で取れた小魚か何かを見ていると思われているはずだ。そう願う。
その時、小さな指でツンツンとフルーツを触っていたハリスが一番最初に変化に気づいて声を上げた。
「あ! 光った!」
淡い青白い光がライトニングボムフルーツから漏れ始める。
それと共に聞こえるパチリパチリとフルーツの皮がはがれるような音。あるいは、その名にふさわしい小さな雷でも起こしているのだろうか。
ハルはつながった糸の両端を今度は丁寧に持ち上げ、バケツの中から実を取り出した。
三つの実は食塩水に浸かっていない状態でも光を放ち続けている。
「綺麗……」
まだ日の落ち切っていない薄暗闇の中、青く儚い光が揺れる。
実の中心から放たれた光が、皮の割れ目から漏れ出て不思議な模様を作り出す。
ハルは一旦紐をイーズに押し付け、手元にスマホを取り出してメモを取り始めた。
「漬けてたのは二分くらいか。漬ける長さでも発光時間が変わるかも」
「要検証ってやつですね」
ハリスが口を開けてフルーツをじっと見ている。まん丸な目とパカリと開いた口。フルーツがすっぽりと中に入ってしまいそうだ。
「パオルはこれを食べるのよね?」
「ああ。生の状態だと口の中でバチバチとはじけるらしい」
「痛くないのかしら?」
「他の村人は引いていたから痛いんだろうな」
メラの素朴な疑問。フィーダは村人たちの反応を思い出しながら眉を寄せる。
紐をピンっと引っ張ったり緩めたりすると、フルーツが回って光の模様が変化する。面白くてイーズがそれを繰り返すと、ハリスも興味津々で回る三つの球を見つめる。
淡い光が散ってハリスの柔らかな顔を照らす。イーズは口元を綻ばせてハリスに求められるまま何度も糸を引っ張った。
「あ、消えちゃった」
程なくしてフルーツから徐々に光が失われて、ついにただの黒い球になった。
ハルは手元のスマホを見て「十分もないか」と呟く。
「イルミネーションみたいに飾りたかったんだけど無理かな。せめて三十分は欲しい」
「でも三十分だと、塩水で濡らして、飾って、光を楽しむには短いですよね」
「ハルは何がしたいんだ?」
「ブリーグス村みたいに光で絵がかけるかなって思ったんだけど」
「ああ、あれは綺麗だったからな」
プリーグズ村はタジェリア王国のもう一つの第一級ダンジョン都市スペラニエッサを出て、氾濫の恐れがあるアンデッドダンジョンを有するソーリャブに向かう途中に立ち寄った村だ。
早春に開かれる祭りでは山肌に祈願をこめた色を塗り、それを離れた広場で鑑賞する。そして夜、日が沈んだ瞬間に塗料に混ぜられた蓄光効果のある石が光を放つ。幻想的で、それでいて郷愁を誘う光景だった。
話を聞いていたメラは、少し考えて全く別のアイデアを出してきた。
「海に投げたらだめ?」
「え?」
次のライトニングボムフルーツに穴を開け、紐を通す作業を始めていたハルは手を止める。
メラはその手元を指さしてから、お弁当箱の歌の出だしのように指先で四角形を作ってみせた。
「こう……木枠みたいなのにフルーツを結び付けて、海にポーンって入れたら光る時間だけは楽しめるかなって」
メラの発言に三人は押し黙り、じっとメラを見つめる。
その強い視線にメラがたじろいだところで大きな声が重なった。
「メラ、天才!」
「凄い! 絶対できますよ!」
「なるほど。賢い」
メラは驚きに体を震わせた後、次々にかけられる賞賛の言葉に照れたように微笑む。
ハルは手の中でころころとフルーツを転がしながら、どうやったらこの実を生かせるかぶつぶつと呟く。
「実が成るのはシィージェ周辺やさらに北。でもこの辺りは海からは遠い内陸。んー、どうしたもんかな」
イーズは光の消えてしまったライトニングボムフルーツを突っつき、ハルを見上げる。
「ね、沢山買って南に戻ったら海に入れる実験してみません? 海が光るのを見てみたいです」
「そうだね。ま、しばらくは俺たちだけで楽しむのもありかな」
ハルが同意すると、イーズは嬉しそうに顔をほころばせた。
家に戻ったらやることができた。実験を繰り返せるようにたくさんライトニングボムフルーツを買って帰らなければ。
もうすぐ旅の時間も終わる。
シィージェに迫る秋の気配。ベッテドンナ村に戻る日が近づいている。
そして五人がロクフィムに帰る日も。
「家に戻ったら、ですね」
「うん、家に戻ってゆっくり考えよう」
きっとお互い同じことを考えている。
旅は楽しいけれど、やっぱり家が良い。
温かな風が吹く川べりの家が懐かしい。
帰る場所が待っている。





