2-9. タノシイイチニチ
この外伝を書くにあたり、「まとめて読む派の方はGW頃には完結していると思います!」って宣言したアホがいます。
はい、アホです。全く終わる予感がしません。
ろ、六月末には……きっと、そう、多分きっと終わってる、はず……(泳ぐ目)
シィージェダンジョンの攻略が始まり一ヶ月。
夏の盛りの太陽が毎日ガンガンにこれでもかと光り輝いている。北部にあるとはいえ、日中に外に出るとそれなりに暑い。
「ダンジョンの中のほうが快適かも」
「でもこの前の湿地は嫌です。蚊がブンブンでしたし」
「蚊っていうよりも大きさは蜂に近いだろう。吸血蜂だ」
「血を吸う蜂なんて怖いわね。大丈夫だった?」
「湿地なので、ハルの雷がさく裂しまくりました。一緒にいたパーティー全員にドン引きされてましたよ」
「さすがハルね!」
褒めているのか呆れているのか判断の難しいメラの発言に、イーズとフィーダは小さく笑う。
攻略は順調だ。
パーティーリーダーのイゴールの指示は的確で、ダンジョン挑戦が初めてとなるメンバーへの教え方も上手い。初挑戦組も村での狩り経験が生きており、戦闘も危なげなくこなす。
危惧していたパオルも体力不足は否めないが、戦闘中のポジション取り、仲間の回復タイミング、光魔法を用いた魔獣の弱体化や攪乱などの判断にたけている。
完全な後衛ポジションから動かないパオルと、中衛もこなすイーズでは動きは異なるものの、同じ光魔法使いとしてイーズは学べるところは多いと感じている。
「えーっと、確かあの角を曲がったところで合ってる?」
「うん。大きな看板が出てるからすぐ分かるって聞いてるわ」
「楽しみですね、天然物魔獣肉料理!」
「いつもロクフィムで食ってるだろ」
フィーダの発言に、イーズはピシっと指先を突き付けてチッチッチッと揺らす。
どこかの誰かさんのようだとフィーダはちらりと視線をハルへと流す。
「同じ食材ではないでしょうし、調理方法やこだわりも違えば違う料理です」
「そうそう。ラーメンと蕎麦とうどんはどこで食べても美味いのと一緒だって」
「なんか違いません?」
「そう?」
ハルの微妙な例えにイーズは首を傾げる。
だが道の角を曲がって目に入った店の構えに目を輝かせた。
うげっとか後ろから聞こえたが全く気にならない。
「すっごい! 大迫力です! 魔獣大決戦!」
「これはすごいわね」
「おっきー!」
ハリスがフィーダの腕の中で店の外に立てられた看板を見て大きな声で叫ぶ。
そこには怪獣映画さながらに、魔獣たちが入り乱れて戦っている姿が描かれていた。
ワイバーン、オークキング、ホーンディアなど種類も様々。まるで生きているかのような迫力だ。
「ここまで綿密に描かれているとさすがに圧倒されるな」
「あ、フィーダ、あんまり褒めるのは」
「かっこいい……欲しい……」
イーズが目をキラキラさせて呟いた言葉に、フィーダはぎくりと体をこわばらせる。
ハルはため息をつき、ぐいぐいとイーズの背中を押して店の中に入るように促す。
「ほら、さっさと中に入って食べよう。魔獣肉は鑑賞するものじゃなくって食うものでしょ」
「確かに!」
ハルの言葉に乗せられ、看板に見入っていたイーズはくるりと体の向きを変えて店の入り口へと歩き出す。
これぞ花より団子。しかし、魔獣大決戦の絵が花と呼ぶにふさわしいかは判断に迷うところだ。
「いらっしゃーい」
「らっしゃいませー」
足を踏み入れた途端、居酒屋に入ったかのような元気な声が飛びかう。
居酒屋というのは当たらずといえども遠からずといったところで、昼間から酒を飲んでいる客もちらほらといる。だが天然物の魔獣肉という若干お高めな食材を扱っているからか、客層は金に余裕がある人たちらしく、下品な飲み方はしていない。
「五名様、こちらどうぞー!」
にこやかに先導する店員に続きながら周囲を見回し、イーズは良く知る顔を見つけてとっさに自分たちに薄く隠密をかける。
ハルが驚いてイーズに視線を向け、すぐにイーズと同じ人物を見つけた。
窓辺の席で向き合っているのは、キラキラしい金髪のルドヴィチカと艶やかな黒髪のマユ。整った顔立ちの二人が並ぶとそれだけで近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「へぇ、デートかな?」
「むふふふ」
「おい、とっとと席に着くぞ」
「「はーい」」
席に着き、手渡されたメニューを覗き込みつつ二人の様子を窺う。
ハルとイーズだけでなく、店の客もルドヴィチカとマユのことが気になるのかチラチラと二人を見ている。
何を話しているかは分からないが、二人とも微笑みを浮かべて穏やかだ。
「んー、こうやって周囲に牽制してまわっていると」
「作戦です? あ、この小籠包っぽいのが気になります。使ってる魔獣や部位で味が異なるそうですよ」
「マユが村長の家に住んでいることは知られてるし、完全に恋人か結婚間近って思われてるんじゃない? 魔獣肉を香草で漬け込んで炙った料理美味そう。保存食に近いのかな?」
「冒険者の間ではすでに、マユは龍の村の次代と結婚するって噂が流れていたぞ。メラ、このファイヤーバードの卵の炒め物はハリスでも食えるだろうか」
「辛くなければ。とりあえず頼んでみましょ」
「とまととは?」
「トマトトはサラダね」
テーブルに身を乗り出してトマトをリクエストするハリス。肉料理の店で野菜を希望するとは、どこかの誰かさんも見習うべきだろう。
「何か?」
「何も」
メニューの中から興味を惹かれる料理を満遍なく頼み、最初に届いたサラダをそれぞれ取り分ける。トマトを見つけて目を輝かせるハリスが神々しい。
サラダを食べ終わる頃にはテーブルに所狭しと料理が並び、イーズは胸いっぱいに香りを吸い込んだ。鼻から喉、肺まですべて魔獣肉の脂の香ばしい匂いで満たされる。
「ここで眠りたい」
「やめろ。あ、これ、美味い」
ハルは頼んだ料理を食べて思わず呟く。
長期保存を想定しているのか、濃く塩漬けされた肉と野菜を重ねて蒸した料理。野菜にしみ込んだ肉の塩味と旨味。用意されているタレを漬けずとも十分味がついてる。
イーズはまだ湯気が立ち上る小籠包にしては大きな点心を皿に取る。
そっとフォークで穴をあければ艶々と輝く肉汁が溢れ出してきた。同時にイーズの顔も光魔法で照らされたように光を放つ。
「ハリス、ふかふかのパンだ。食えるか?」
「あたかたたい」
「温かいな。ゆっくりだ。喉を詰まらせるぞ」
白い蒸しパンをちぎりハリスに手渡すフィーダ。モクモクと食べるハリスを優しい目で温かく見守っている。ごちそうさまと言いたいところだが、食事はまだ始まったばかり。
メラは真剣な顔で、だが同時に楽しそうに一つ一つの料理を口にしては頷いている。ターキュア商会の開発部長は研究熱心なのだ。
「はーい、こちら、魔獣の卵の運試しです」
「おー、来た来た!」
「きたー!」
メインがだいぶ片付いた頃、運ばれてきた料理にハルが両手を盛大に叩く。
ハリスも真似をする姿がまた可愛らしくて、店員も笑顔で「楽しんでください」と言って離れていった。
「運試し、ですか?」
「そう。すごくごくたまに有精卵があるんだって。それで運試し。当たったらラッキーらしいけど、当たりたくはないよね」
「有精卵ってことは、魔獣の子供が入ってるのか?」
「うん、ロッククロウっていう鳥の魔獣」
「黒の森にもレッドベルシーゴルっていう卵を産む魔獣がいたけど、他にもいるのね」
メラの発言に全員で首を傾げる。そんな魔獣がいただろうか。
そんな三人の反応にメラは口に手を当てて笑いながら、「レッドベルシーゴルの卵で作るマヨネーズは青いのよ」と言った。
そういえば黒の森上陸して早々、青いマヨネーズのサンドイッチを食べた記憶がある。フィーダが小さく笑って興味津々に卵を見つめるハリスの額を撫でる。
「話はいいとして、どれ食べる?」
一つ一つの卵は鶏の卵と変わらない大きさ。だが模様はバラバラだ。真っ赤な色に黄色の稲妻が走っていたり、緑や青のグラデーションだったり。自然界の中では、まるで卵を見つけろと言わんばかりだ。もしかしたらそうやって獲物をおびき寄せているのかもしれない。
四人はお互いの視線だけで会話をし、それぞれ気になった卵を指さす。
「お、ばらけたね。じゃ、さっそく」
「殻だけでも取っておきたいくらいに綺麗です」
「……これはちゃんとゆで卵だ」
「あ、私のもそうね」
モザイクタイルのように色とりどりの殻に見とれていたイーズは、フィーダとメラの声に慌てて卵をむき出す。だがその手はすぐに止まった。
「あー、当たっちゃったみたいです」
当たりを引いてこんなに残念なのは初めてだ。イーズは卵を回転させて、殻の間から覗く魔獣の子供から目をそらす。
「あらま。残念。俺の半分あげるから、それ、こっちに頂戴」
「いいんです?」
「いいよ。でも俺も食えないけど。ロクフィムに帰ったらロデリックにでもお土産って言って渡そう」
「……ロデリックなら心が痛みませんね。不思議です」
「ミートゥー」
二人のやりとりにメラは肩を震わせる。その隣でフィーダは当然だというようにフンっと鼻息を飛ばす。
何年も前にたった一度メラに言い寄っただけで、いつまでも勇者二人からいじられているロデリック。今回もロクフィムに戻ったらぎゃあぎゃあと騒がしいことになりそうだ。
四方を山に囲まれ、市内を大きな川が流れるシィージェは山からの魔獣、川で取れる魚にくわえて野菜も種類が豊富だ。ダンジョンがなくとも豊かな資源が備わっている。
「豊かな森と川があるってところで、ロクフィムのモデル都市にするにはいい町だね。畑の開拓はまだまだこれからだし、気候も全く違うけど」
「つまり今後も調査は必要ということですね。次はスイーツです」
「お前たちが食いたいだけだろ」
「「その通り」」
二人の魂胆があからさますぎてフィーダは口の端を上げて笑う。理由をつけなくとも観光と言って回るくせに、何がしたいのだか。
相変わらずの三人にメラはくすくすと笑いながら告げた。
「村の女の人たちにスイーツのお店をいくつか教えてもらってるわよ」
「さすが、メラ!」
「ぜひ行きましょう!」
メラの発言にハルとイーズはさっそく乗っかる。フィーダは呆れつつも肩をすくめ、この後の予定に追加しても問題ないと意を示す。
こうしてダンジョン攻略休みは、旅をしていた頃のように美味しい食べ物をメインに、街の観光を楽しんだのだった。
夕方、一日の観光を終えた五人は宿泊所への道をのんびりと進んでいた。
五人とは言っても、はしゃぎ疲れたハリスはとっくの昔に夢の中。父親の腕の中は安定感があるのか、馬車がガタガタと大きな音を立てて横を通り過ぎても起きる気配はない。
「楽しい一日でした。次は川の反対に回りたいです」
「川の東は蒸し料理が多くて、西は窯焼きで作る料理が主流って聞いたわよ」
「へ~、調理方法からして違うんだ」
「あれは、ルドヴィチカとマユか?」
会話の途中、通りの百メートルほど先を歩くルドヴィチカたちを見つけたフィーダはふと声を上げる。
自分たちも相当長い時間出かけていたが、二人も街歩きを堪能したようだ。
「ん? 知り合いか?」
フィーダたちを追い越した煌びやかな馬車が二人の横で停止する。
中から声をかけられたのか、ルドヴィチカがその中にいる誰かと会話を始めた。
だがフィーダにつられてそちらを見たイーズは両目を見開いた。
「ハル、あの馬車、赤い!」
「え?」
イーズの声にその場に緊張が走る。
直後、馬車の扉が勢いよく開いた。
中から飛び出してきたのは武装をした三人の男たち。
そのうちの一人の持つ剣がまっすぐ伸び、ルドヴィチカの胸元に吸い込まれていく。
「行け!」
フィーダの声が響く。
放たれた弾丸のように、イーズは瞬足スキルを使って駆け出した。
有精卵……最近はもうないのかな。子供の頃に一度だけ見たことがあります。あれはトラウマ。
青いマヨネーズ&レッドベルシーゴルは「第266話 第三部第五章 黒森上陸編 5-1. 上陸」で出てきます。





