2-8. 囲い込んでぎゅっと
夕食までの時間、宿でゆっくり過ごしていたメンバーも揃い、攻略の最終確認が始まる。
「村の食糧のためがメインだから、ランクの高い魔獣より、数を狙いやすい魔獣を多く狙う。慣れたメンバーでも気を抜かないように」
「俺たちは初攻略が三人いる。勇者パーティーと一階から行くから、一ヶ月半から二ヶ月は食料調達班に追いつけないと思ってくれ」
ルドヴィチカに続き、ハルたちと行動するパーティーのリーダー、イゴールが告げた。
年齢は四十代半ばで、村でも若手の教育役として頼られている存在だ。
今回は光魔法使いのパオルと冬の間に成人した村人二人、合計三人の新人を含めた六人パーティーとなる。
突然パオルが追加になったため、新人の人数に偏りがあるが、そこはハルたちがサポートをするつもりだ。
「全員、定期的に宿に戻ってくるのを忘れないように。戻ってきた際、進捗表に入手したドロップの数を記載し、次に狙う食材も入れること。こちらで集計し過不足の調整をする。他に確認事項は?」
ぐるりと集った村人たちを見回し、ルドヴィチカは一つ頷く。それから思い出したように顔を上げてパオルの名を呼んだ。
「今年から光魔法使いである村長の代わりに、攻略隊につく光魔法使いとしてパオルの訓練が始まる。彼にはダンジョンに慣れてもらうことを優先する。各自、ポーションの予備は確実に持って行ってくれ。くれぐれも無理はしないように」
名指しされたパオルがピクリと体を跳ねさせる。くるくるカールの髪がふわりと揺れた。
攻略隊メンバーはお互いに声を掛け合い、手持ちのポーション数を確認している。今後は攻略に戻るたびに、ポーションの保有数も進捗表に入れることが決まった。
明日は体の慣らしのために半日だけダンジョンに入り、明後日からが本格的に攻略開始となる。
「あとは生産者ギルドとの窓口だが……」
そう言いつつルドヴィチカが首を巡らせると、一人の女性が手を上げた。
「それはマユにやってもらうのはどう?」
「マユに?」
「だって薬草栽培のリーダーだから適任だと思うけど」
「……いや、マユはまずギルドの雰囲気などに慣れるので十分だろう。ただ薬草の話になったら、マユはなるべく村の薬草の栽培担当者として出て欲しい」
「分かりました」
ルドヴィチカの要望にマユは顔を引き締めて頷く。
意見を出した女性は隣の女性たちと肘をつつきあって笑っている。ルドヴィチカと良い雰囲気にあるマユに、生産者側のリーダーになってもらいたかったらしい。
しかし続いてルドヴィチカが発した言葉に、村人たちが凍り付いたように固まった。
「マユ、生産者ギルドに卸す商品が入っているマジックバッグを預けてもいいか? 攻略隊が留守の間、マジックバッグを守るには適任だと思っている」
「え? うん、いいよ」
何でもないことのようにマユは快諾する。
村人たちの間の空気がざわりと揺れる。
対してルドヴィチカだけは目を細め、ゆっくりと笑みを浮かべて頷いた。
「そうか。卸す時までに使えるような状態にしておく。後で使い方も説明しよう」
「うん。ありがとう」
マユはサラリと黒髪を揺らして礼を言う。
何気ない二人の会話に、村人たちは肩を寄せ、ニヤついて、目だけで忙しく会話している。
全く状況が理解できないイーズは隣のハルを見上げる。
ハルは両腕を組み呆れきった顔でため息を吐いた。
「ルドヴィチカ……囲い込みに出たな」
「え?」
「確信犯だろ、あれは」
「どういう意味です?」
続いたフィーダの言葉に、イーズは二人の顔を交互に忙しく見つめる。
「ほら、カズトのマジックバッグ、覚えてる?」
「今はタクマが持ってるやつです?」
「そ、あれ。信頼する相手になら譲渡できる。でも村人を見てる感じ、代々村長家に伝わるマジックバッグを託すのは、プロポーズに近いんじゃない?」
「ぷろ……!? むぎょ」
「はい、静かに」
大声を上げそうになったイーズの口をハルが両手でふさぐ。マンドラゴラみたいな声がイーズの口から漏れた。
フィーダも状況をメラに説明したらしく、メラは顔を勢いよく上げて輝かせた。
「話題の美人勇者が、”龍の村”の村長のマジックバッグを持っていたらどうなんだろね」
「牽制、ってことです?」
「そういうこと。あーあ、ありゃ、相当な執着されてるぞ。マユ、やばいのに捕まったな」
「……まだ、捕まった、とは」
「マユもルドヴィチカが好きなら時間の問題でしょ」
「おおう」
ハルのセリフにイーズは言葉を詰まらせる。
ちらりとマユを見ると、不思議そうな表情で村の女性と話をしている。先ほどのやり取りの意味を分かっていないのは確実。
「──強く生きろ」
「何の励ましだ」
イーズの呟きに、ハルはぺしっと頭頂部をはたく。
前途多難な恋模様だが、どう転んでも結果は同じになりそうだとハルはふんっと鼻から息を飛ばした。
夕食を終え、寝る準備も整ったところでフィーダ一家とハル、イーズは宿の一室に集まった。
ハリスはアモをぎゅっと抱きしめて夢の中。アモはどこか遠い目で、逃げ出したサトを恨めし気に見つめる。
「みぴゅう」
「っき、きょ……」
イーズの膝を狙って歩きだしたサトは、アモの悲し気な声に足を止め、クルリと振り返ってハリスのところまで戻る。そしてがっつり抱き込まれて身動き取れないアモのそばに寄り添い、葉っぱを触れ合わせた。
「くっ、尊い!」
涙目になって両手を口元にあてるイーズ。
その隣でハルは手早くタブレットを操作し、アプリを起動させて中身にさっと目を通した。
「年末年始の毎年の目標とは違うから、どうしようかな。タジェリア王国の番外編でいいか」
新しいプロジェクトページを追加し、ハルは顔を上げて息を大きく吸い込む。
「さて、明日からいよいよ第一級ダンジョン、シィージェへの挑戦となります。その前にこの都市にいる三ヶ月の間の目標を立てましょう!」
「はい!」
熟睡するハリスを気にしつつ、イーズは元気よく答える。
メラは指先だけで拍手をし、フィーダも小さく「ああ」と答えた。
「んっと、まずはダンジョン攻略組と居残り組だね。フィーダはB級階層までは一緒に来てくれるってことで良かった?」
ハルの問いかけにフィーダは頷く。
ダンジョンには五階ごとにポータルがあり、地上には定期的に戻ってこられる。メラとハリスも移動の間に村人たちと十分に打ち解けることができ、数日なら留守にしても問題なさそうだ。
「メラも行きたければ交代でダンジョンに入るか?」
「ダンジョンも楽しそうだけど、この都市のレシピとか村の人たちのレシピとかも知りたいから残るわ」
「そうか」
「美味しい肉レシピが手に入るといいですね!」
「肉以外でもいいけど。蒸籠はいっぱいあるから、蒸し料理は大歓迎」
「まかせて」
フウユヤでもらった蒸籠はスペラニエッサで施設に配った後もそこそこの数が残っている。
暑い地域であるロクフィムで蒸し料理は人気ないが、ハルたちで楽しめれば十分だ。
「ってことで、えっと、B級階層まで入ればマンドラゴラに会えるかな」
「黒の森以来ですね。楽しみです」
「だな。あとは……光魔法使いパオルの教育、と」
続くハルの呟きに、フィーダは渋い顔になって髭をこする。
「マンドラゴラに会うまでのほうが前途多難だろうな」
「今日は食事する以外、一日寝てたみたいよ」
メラの言葉に、全員の頭にくるくる巻き毛のぽっちゃり光魔法使いが思い浮かぶ。
攻略へのやる気がみられないが、どうにかなるのだろうか。ハルの予想ではどうにかなりそうということらしいが。
「どうしてもだめだったら、ルドヴィチカに次期村長として命令してもらうっきゃないね」
「最後は丸投げですね」
「そうとも言う。これはベッテドンナ村に関わることなんだし、俺たちはマンドラゴラの存在が確かめられればそれでいいんだし」
「明日からしばらくは様子見か」
「そういうこと」
頷き、ハルはタタタタッと素早くタブレットに目標を打ち込み、満足げに頷いた。
「んじゃ、問題なければ、こんな感じでどう?」
【目標: 三ヶ月】
・B級階層までの攻略
・マンドラゴラを見つける
・光魔法使いの教育
・新しいレシピの開拓
・ロクフィム発展のアイデア集め
「問題ないでっす!」
「大丈夫だ」
「頑張るわ」
全員の賛同を得て、会議は終了となる。
そして同時に全員の視線がハリスへと向かい、そろって笑顔を浮かべた。
そこには小さく丸まったハリスの胸と腹に圧し潰され、遠い目をした二体のマンドラゴラがいた。
「きょう」
「ぴみよ」
サトとアモの悲しい声に、四人は慌てて口を押えて肩を震わせた。
翌日、慣らしのために続々とダンジョンへと向かい始める。
経験者たちはC階層からスタート。一方、フィーダたちと新人が加入したパーティーは一階からスタートだ。
五階まで行ければ最初のポータルへの記録ができる。問題なければ午後過ぎには終わる予定となっている。
「では、行くぞ」
「「「おう!」」」
リーダーであるイゴールの号令に、村人たちが威勢の良い声を上げる。
盆地の中央に位置する第一級ダンジョン、シィージェ。見ようによってはアリジゴクの底のようで不気味だ。
その中にどんどん冒険者たちが吸い込まれていくのを、ハルは後ろから見つめる。
ダンジョンの入り口上部で光る魔石の色は、複雑なマーブル模様。このダンジョンが氾濫するのは百年以上は先と言われている。
その時、勇者が召喚されるかどうかは全く予想できない。
自分たちの力で乗り越えたスペラニエッサの前例ができた。
龍の存在は大陸各地に広まった。強力な魔獣はダンジョン外に出し、龍の力を頼って討伐することもできる。風龍ウェンディであれば嬉々として魔獣を蹴散らしてくれるだろう。そばにいる人間まで蹴散らさないかだけは心配だが。
今を生きるハルとイーズは、未来の王族がどのような決定をするか知ることはない。それでも、勇者として召喚される地球人も、この国の人たちも幸せになれる未来を願うだけだ。
「一階はゼリー状のスライムだ。軟膏の材料にはなるが今日は二階にそのまま行く。二階はラット系。これも問題ないが、一応体慣らしだから数体は狩るように」
「「「おう!」」」
てきぱきと指示を出すイゴールの後について進む。
新人と言っても、ベッテドンナで暮らす間に野生の動物や魔獣の狩りの経験を持つ生粋のハンターだ。浅い階は生ぬるいくらいだろう。
「ふぇえ、ふぉい!」
少し情けない声を出しつつ、光魔法使いのパオルがラット二体をショートソードで倒す。
スピードは無いが、構え方や立ち位置は問題ない。彼は足元に落ちた魔石のドロップを見て顔を綻ばせた。
「おお、すごいなぁ。血が出ないのはいい」
彼の呟きに、フィーダとイーズはちらりとハルを見る。
「血が苦手な、光魔法使いか?」
「誰にでも苦手なものはあるでしょ」
「虫が嫌いな勇者もいますね」
「……誰にでも苦手なものはあるでしょ」
フハハと硬い顔で笑うハルに、フィーダとイーズは感情のこもらないジトっとした目を向ける。
幸いというべきか、ロクフィム周辺は虫の魔獣はほぼ出ない。時折魔植物が引き連れてくることもあるが、それはそれで日常のスパイス程度だ。ハルにとっては精神力の鍛錬になっている、はず。
その後も順調に攻略は進み、五階では三体で群れて現れるハイエナのような魔獣を相手に連携の確認もされた。
「ふへぇぇぇ、疲れたぁ」
ポータルがあるエリアにたどり着き、パオルが額に浮き出た汗を腕で拭う。
五階の草原エリアは暑くないと思うのだが、北部の村人にとっては十分暑いのかもしれない。なお、汗をかいているのがパオルだけという現実は考慮しないことにする。
「自分の体力を回復したりはしないんです?」
ハルの体力がまだついていなかった頃、必要に応じてイーズは回復魔法をかけていた。
パオル自身が光魔法スキルを持っているのだから、そんなに疲れているのなら積極的に使いそうなものだが。
「んー、でも、回復魔法使うと、頑張らないといけないでしょ?」
「え?」
パオルがもっちりした頬をプクリと膨らませて言う。意味が理解できずに両目を瞬かせるイーズに彼はもう一度告げた。
「回復魔法で元気になっちゃうと、まだ動けると思われちゃうでしょ?」
「まだ動けたらダメなんです?」
「だめだよう。本来の体力以上に動く必要はないんだもん」
「でも、ダンジョンにいたら必要だと思います。逃げる時とか」
「そりゃ、逃げる時にはね。体が疲れたって言ってる時には休ませてあげるのが一番」
分かるような分からないパオルの理論に、イーズの眉が八の字に下がる。
だが彼の人となりがなんとなく分かった。
「んっと、パオルさんが好きな事って何ですか?」
「食べることと、寝ることと、だらだらすること」
「潔い」
基本、働かざる者食うべからず――高齢者子供は除く――のこの世界において、そこまで言い切れるとはすごい。
「でも光魔法使いとしては働かないとだめですよね?」
「そうなんだよね。だからみんなには頑張って怪我しないでって言っておいた」
「怪我は無いほうがいいのでそこは賛成です」
「だよね。怪我すると血が出るしね」
心底嫌だと体を震わせて垂れた眉をさらに下げるパオル。
これ以上はイーズが聞き出せる情報は無さそうだ。後は心理眼持ちの賢者様に任せるしかない。
「ハル、バトンタッチです。ヒーローは遅れてくるのです」
「お、おう。とりあえず今日は終わりだから明日以降な」
「おい、帰るからとっととポータルに入れ」
フィーダに促され、ハルとイーズもポータルに入りフィーダを見上げる。
二人の期待のこもった眼差しに、フィーダははあっと息を吐き出して告げた。
「ポータル」
「「ばんざーい!!」」
こうして、第一級ダンジョンの攻略はそれなりに順調なスタートをきったのだった。





