1-1. 新たな需要
お久しぶりです。毎日50万近いPVを頂き喜びに打ち震えております。今日から妄想をこぼれ話にして毎週月曜日に投稿したいと思います。(決して新作が進まないからとかじゃ……)
章タイトル「お手紙です」の通り、とある人からの手紙によって各地で引き起こされるドタバタ模様をお送りします。
短編は1話ずつ独立しています。
久々に登場する人もいますので、前書きで場所や登場人物などの説明を入れます。
[場所] 黒の森
[登場人物]
カズト: 日本出身の勇者の一人。剣スキルと剛力スキル持ち。自分を救出してくれたハルとイーズを崇めている。
ブランシェ: ラズルシード王国の9番目の姫。口が聞けないが手を触れた相手に声や映像を伝えることができる。
流れる川の上に建てられた村の洗濯物の洗い場から、賑やかな声が聞こえる。
そこでは今週の洗濯担当が男も女も入り混じり、声を掛け合いながら洗濯をしていた。
ダンジョンという不思議な環境であるこのエグジール島、通称黒の森では水源から生活圏へ水を引くことはできない。
そうなると必然的に水仕事は一箇所にまとめられ、村の中で公平に割り振られる。
黒の森に来て一年となるカズトとブランシェも例外ではなく、今週は二人で洗濯場に毎日通っていた。
「これ、三番から集めたシーツ」
「お! カズト! そっちの山に置いといてくれ!」
「了解。乾いたのはもうある?」
「あっちだ!」
「おっけ。持ってくよ」
カズトは背負ったマジックバッグから回収してきたシーツ類を出し、所定の場所に積み上げる。
そして今度は乾かされて畳まれたシーツを、タグに書かれた階居や名前を確認しながらマジックバッグにしまう。
ブランシェが城から持ち出してきたマジックバッグは、容量に限界はあるが荷物を運ぶには手頃で重宝している。
この島では勇者から伝わったマジックバッグが呆れるくらい日常的に使われている。
例えば、飲料用や家庭で使われる水は、こことは違う水源からマジックバッグ持ちたちが汲み上げてそれぞれの家庭に配っている。
そこまで考えて、カズトは黒の森に来て早々マジックバッグの形状変化に走り回ったことを思い出した。自然と力の入った眉間を意識して緩める。
カズトの存在を村に覚えてもらうにはいい機会だったが、あれはない。
あれがきっかけで色んな人に顔つなぎができたが――あれは、ない。
「きっとそれも計算の内だったんだろうけど」
ニヤリと笑うある人物の顔を思い浮かべる。二手も三手も下手したら十手も先を読んで、何かを企んでいそうな顔。
時折届く手紙に書かれたダジャレはセンスの欠片も見当たらないものだが、それ以外はおおよそ完璧な人物だ。
出来るならば、最初に召喚された時に自分たちも連れていってほしかった。だがそれを願うのはただの我儘だ。
それにあの頃の傲慢で虚栄心が高いだけの幼い自分では、あの人の言葉に素直に従うことはできなかっただろう。
常に四人でいることが当たり前だと思っていたし、勇者という立場に溺れきっていた。
それに――カズトは顔を上げ、洗濯場の隅で一生懸命に樽のハンドルを回すブランシェへと視線を向ける。何か鼻歌でも歌っているのか、ご機嫌そうだ。
邪魔はしないでおこうとカズトは口元に笑みを浮かべ、別の場所で大きい箱に頭を突っ込んでいる男の下へ足を進めた。
「お疲れ様。魔法具の調子、悪い?」
「んー、どうも中で洗濯物が絡まるんだよ。大きいのはいいけど、小さいのはなぁ」
そう言いつつ、男性は箱から顔を出してぐちゃぐちゃに絡まった洗濯物の塊を床に置く。
その塊の中に一際目立つ色を見つけ、カズトはギョッとした。
「これ、高級な絹の染め物じゃん。なんでこんなので試したんだよ」
「んなもん気にするな。ババアの下帯だし」
「したおび?」
「あれだよ。下着だ」
「げっ」
カズトは絡まりを取ろうと伸ばした手を引っ込める。洗濯物の運搬はするが、さすがに他の家の女性の下着は担当外だ。
男は自分の家族の洗濯物を適当に持ってきたのだろう。気にした様子もなく手早く絡まりをほどいていく。
「絡まる以外の問題は?」
「使い終わった水を排出する管が短い。伸ばすか角度を調整するか……魔法具を設置する場所によって変わるから後付けにできたほうがいい」
「なるほど」
長いホースのような素材があると嬉しいかもしれない。そこは素材班に相談か。
「基本的な動作は合格。今ある手回しの方でも十分だけど、何回もやってると男でも手が疲れるしな」
「大物のシーツとか敷物は魔法具にして、絡まると良くないものは従来のやり方にするとか?」
「それが一番か。ああ、あと、動かしてるうちに蓋が開くんだよ。乗せる感じじゃなくって、しっかり閉じる方がいい。それと魔石の消費が意外と大きいから、うちは良くても外だと微妙かもな」
「貴族とか金持ちで魔石の入手がしやすければ?」
「よく知らねえけど、貴族が洗濯のこと気にするか?」
男の返しにカズトはぐっと言葉を詰まらせる。金は持っていても、下の使用人の仕事に魔石を大量に使う貴族がいるのか。答えは否だろう。
黒の森は常に魔石が余っているから良いが、魔石の消費量を改善しないと一般家庭への普及は厳しいかもしれない。
「了解。とりあえず、次の試作品の改良案として出しておく」
軽く手を振り、先ほどカズトの声に気づいて顔を上げたブランシェの下へと近づく。
黒の森に来て一年が経った今では、儚い雰囲気は薄れて健康的な美しい輝きにあふれている。
黒の森では心配いらないが、これが外の世界だったら誘拐や他の男たちの存在に気を張らないといけなかっただろう。その点でもこの地に来て良かったと思える。
「お疲れ様」
声を掛けるとふんわりとした笑みがブランシェの顔を彩る。
ゴロンゴロンと樽を回す手を持ち換え、伸ばされたブランシェの手をカズトは握る。途端、数字をカウントする軽やかな声が響いてきた。
(よーんじゅうにー、よーんじゅうさーん)
小さく笑って、カズトもその声に合わせて声を出す。
「よーんじゅうよーん、よーんじゅうごー」
(よーんじゅうろーく、よーんじゅうなーな)
「よーんじゅうはーち、よーんじゅうきゅー」
「(ごじゅう!)」
二人の声が重なり、同時にブランシェの手が止まる。惰性でクルクルと回る桶にカズトは手を伸ばし、それ以上の回転を止めた。
いそいそと排水の弁を開けて、中から洗濯物を出し始めるブランシェにカズトは声を掛ける。
「それじゃ、俺は次の所に行くから」
(うん。またね、頑張って)
「そっちも」
微笑みを交わして、カズトはブランシェの傍から離れた。
周りにいる女性たちとも挨拶を交わし、先ほど伝えられた魔法具の改良項目を忘れないように頭の中で繰り返す。
カズトたちが黒の森にたどり着いた頃、黒の森では魔法具ブームが沸き起こっていた。
まるでお年玉で手に入れたゲーム機を自慢しあう子供のように、村人たちが炊飯器を腕の中に抱いて喜びの声を上げていた姿はなかなかに異様だった。
そして今まさに次に欲しい魔法具として黒の森の要望を受け、ファンダリア商会が魔法具師に依頼を出して取り組んでいるのが洗濯機だ。
なぜ炊飯器の次が洗濯機なのか。
それには様々な事情と思惑が絡んでいるが、原因を端的に言ってしまえばとある人からの手紙のせいである。
カズトとブランシェが黒の森に来てからしばらくして、とある人からの要望でファナットーの収穫を定期的にするようになった。それ自体は特に問題はない。カズト自身も納豆はたまに欲しくなる。
問題は、そこではない。問題は――その手紙に書かれたダシャレだ。
いや、ダジャレ自体にも文句はない、はず。会ったことはないがフィーダという人物が作るダジャレは知的でウィットに富んでおり素晴らしいセンスと言える。きっと本人も知性に満ち溢れた人なのだろう。
だが――ある人が作るダシャレは、この黒の森エグジールの民を阿鼻叫喚の地獄に叩き落とした。
訂正する。今もその地獄は続いている。
そしてその地獄を一度でも体験した者、及びその家族が喉から手が出るほど欲しいと望む物が洗濯機なのだ。
ダンジョンの層を移動し、カズトは個々の家に洗い終わった洗濯物を届けて回る。
「洗濯物置いていきまーす」
あけ放たれた玄関近くに置かれた籠に乾いた洗濯物を積み、声を掛ける。
泥棒などいないこの村では防犯の概念などかけらもない。
カズトは最初は慣れなくて玄関扉を閉めていたが、鍵すらない扉を遠慮なく開けて訪問を告げる村人たちによって容赦なく受け入れさせられた。
「あー! 来た! ねえねえねえ! どう!? 臭い、取れた!?」
「問題なく」
家の奥からばたばたと待ち焦がれたように出てきた村人男性に、カズトは苦笑いを浮かべて答える。
「良かったあ! もう、次は絶対負けねえ。じゃねえと一週間飯抜きにするってカカアが言うし。家族総出で次に備えてっから」
「まじか。他の助けを借りるのはずりい」
「知っかよ。こっちは飯がかかってんだ」
握りこぶしを固めるこの男性。前回のファナットーの収穫時、地獄のファナットー集中砲火を浴びた被害者だ。
ファナットー収穫は、手紙に書かれたダジャレの中からとある人の作品以外で収穫を行う。
そしてそれに続き、収穫に参加したメンバーが自作のダジャレを披露する。ここまでは、良い。
問題は、メンバーの中で最も少ないファナットーを獲得した者が、あの悪夢のようなクオリティの低いダジャレを読み上げなくてはいけないということ。
地獄、まさに地獄の一言に尽きる。
結果が目に見えているのに、敗北が分かっていても挑まなくてはいけない戦い。
カズトが黒の森に来て一年、被害者は両手の指の数を超えた。そして今後も増え続けるだろう。最近はファナットー収穫のメンバーすら平等な交代制になっているのだから。
そうして悪夢は広がり続け、とある嘆願が出された。
――あのファナットーまみれの服をどうにかしたい。
最初は被害者である収穫参加メンバーからだった。
そして今度はファナットーまみれになった彼らを迎える家族から嘆願が出た。
最後に、ファナットーまみれになった洗濯物を洗った村人たちから嘆願が出た。
もうこの時点で老人と子供を除く、全黒の森住人から嘆願が出たと言っても過言ではない。
そして、ついにその嘆願は村長であるパレシェトナバンからファンダリア商会へと提出されたのである。
こうして始まった誰が命名したのか分からない「ファナットーまみれの服を手を使わずに洗える魔法具を作ろう」プロジェクト。
カズトの異世界の朧げな知識を基に、最初からまずまずなクオリティの洗濯機ができた。今はこの世界で使える素材で試行錯誤を繰り返しているところだ。
近い将来完璧な洗濯機が出来上がる日がくるだろう。 完成したらきっと何台かロクフィムの町にも届けられるはず。
切っ掛けは何であれ、生活が楽になるのであれば良いことだ。たとえこの黒の森から地獄が去ることはないとしても。
そんなこんなで、黒の森は時折西から届く手紙に振り回されつつも、平和な毎日が続いていた。
何気にフィーダの株がアップ。
こうやって何だかんだで、カズトはアドガン共和国でも受け入れられそうな魔法具の開発に勤しむことになりそうです。秘密の島なら新製品のトライアルし放題だよね!
次週はどこの誰の話になるのか、お楽しみに。





