10-4. 野球かサッカーか
高い剣音がいくつも響く。
群れて襲いかかる魚に向かい、イーズは威力を強めた魔法を放った。
「浄化!」
後方からキインっと硬質な音がして、イーズは振り返る。ハルが巨大な魚が繰り出す攻撃を受け止めたところだった。
三人を取り囲んでいるのはアーミーソードフィッシュ、そしてその上位種のソードフィッシュジェネラル。
一体一体が五メートル近い大きな魔獣。その上、その名の通り、軍のように隊列を組み、そして剣のように長く伸びた上顎を持っている。
「あと、四体です!」
マップをチラリと見て赤い点をカウントする。最初に襲ってきたときは十体以上いた。
半分まで減って尚、攻撃は止まない。
上位種のソードフィッシュジェネラルにはイーズの闇魔法が絡みつき、フィーダの剣によってその場に押しとどめられている。
ハルとイーズは先に小型種を駆逐することに務めた。
「おっし、これで、ラスト!」
ハルが剣を掬い上げるように振り、ソードフィッシュの顎をかちあげる。続いて、そこにできた隙に鋭くとがった氷の槍をぶち込んだ。
そして振り向きざまにフィーダが相手をしている上位種に向け、高速旋回する風魔法を飛ばす。
「キイイイイイ!」
高い叫びを上げるソードフィッシュジェネラル。
イーズも自分が対峙していたソードフィッシュに巧みに短剣で攻撃を重ね、ドロップへと変えた。それを横目に確認してから、ハルに続いてフィーダの下へと走る。
「フィーダ、お待たせ」
「よし、俺は一旦下がる」
そう言うフィーダに頷き、ハルとイーズは彼の前に出る。
フィーダと交差する瞬間、イーズはフィーダに向けて回復魔法を飛ばした。
剣を持っていた手をブラブラと揺らし、フィーダは剣にも問題がないか確認をしてからもう一度前に進み出た。
「あと、三割!」
「メカジキー! トロー!」
「うっさいぞ、イーズ」
ドロップへの期待を叫ぶイーズに、フィーダは冷静な反応を示す。しかし肉以外に久々に大物が獲れそうだと興奮するイーズは、頭の中で食べたいレシピを躍らせる。
いや、頭の中だけでなく、口から煩悩が奔り出る。
「ガーリックバターっと、いよっと、生姜と醤油でステーキっも、いいなっと」
「唐揚げもいいよな。っしゃ」
「っせ!」
ノイズにしかならない二人の掛け声を無視し、フィーダは重量のある胴体へと剣を滑らせる。
――キイン!
「くっ!」
「ギィィィ!」
鱗のせいなのか、剣が思うように入らない。
跳ね返った衝撃に、フィーダの手が一瞬で痺れる。思わずフィーダの口から舌打ちが漏れた。
ハルは詳細な鑑定結果を見て、涙目になる。
「弱点が火って、タクマー! 召喚ー!」
「今いない人を呼んでもしょうがないと思います!」
「だよねー!」
ごもっともと呟き、ハルは空中に浮かぶ巨体をにらみつける。
そもそも宙に浮かぶ魚ってなんだ。どんな原理で飛んでんだ。いつもだったらイーズが言いだしそうなことを心の中で叫ぶ。
「フィーダ! いい加減ナメプはよろしくないかと!」
「まぁ、ハルの剣の訓練にはなっただろう。片付けるぞ」
「師匠、やっさしー! あざっすぅ!」
冷静なフィーダの答えに、ハルは泣き笑いの顔で心からの感謝を叫ぶ。
最近鈍ってきたハルの剣を鍛えるというフィーダの指摘により、魔獣と数回は剣を使って対戦するようにとのノルマが課せられた。
妻子に数日おきにしか会えない鬱憤をぶつけられているのではとハルは訝しんだが、久々に生えた無精髭面のフィーダに睨まれては反論もできない。交渉スキルは現在お休み中なようだ。
「んじゃ、とっとと行きますよっと!」
お師匠様のお許しも出たことだし、さっさと済ませてしまおうとハルは腕を高々と振り上げる。
詠唱はできなくてもポーズは取れるんだよねというイーズの感想はこの際聞こえなかったことにして、特大の風魔法をソードフィッシュジェネラルにぶつけた。
「うりゃっ!」
「ギイイイイイ!」
高速で切り刻まれる魔獣が高い悲鳴を上げる。
直後、これまでの苦戦はなんだったのかと思うほどあっさりと魔獣は姿を消した。
「うっし」
「おー、でっかい塊! これだけあれば沢山楽しめそうですね」
「魔石もそこそこいいのが出たな」
コロリと転がった赤く丸い魔石を拾い上げ、フィーダは呟く。そしてコロリと転がして少し考えた。それからおもむろに横にいたハルの手の上に落とした。
「ん?」
「ハルがとどめを刺したからな。お前が持っとけ」
「え、いいの?」
「ああ――いずれ必要になるかもしれんだろ」
低く潜めた声で告げるフィーダ。彼の視線がツイっと横に流れた。
その先を追いかけ、ハルはかぱっと口を開ける。
色のついた丸い魔石――その意味を再度思い出して、ハルの顔が一気に熱くなった。
「トロは刺身と漬けと炙りとタタキで!」
足元で上機嫌でメカジキのドロップをマジックバッグにしまう誰かさんは、そんな二人の会話には全く気付くことはなかった。
葉っぱの表面を覆う結晶が薄暗いダンジョンの中でも仄かに輝く。
「おー、アイスプラントマンドラゴラだって」
「そんな名前の野菜、聞いたことがあるような無いような」
「アイスってことは氷なのか?」
「いや、これはたぶん塩かな。海の底のダンジョンならではだね」
ハルは鑑定結果を見て、相変わらずマンドラゴラの嗜好は一貫していると苦笑いを浮かべる。
イーズはそんなハルの呟きを聞きつつ、地面にかがみ込む。トテトテとイーズの右側にサト、左側にアモが並んで首を傾げた。まるで早く回復魔法をあげてと催促されているようだ。
「ケキョ?」
「ミョ?」
「んー、ワサワサいっぱい葉っぱがあるけど――」
視線をずらして、イーズはマップにある黄色の印を数える。
「今までで一番多いかも。多分、七体?」
「げっ、まじ?」
「全部出てきたら煩いだろうな」
フィーダのセリフにイーズはプッと空気を吐き出す。
今までで大人しいマンドラゴラを見たことがない。出てきたらあっという間に騒がしくなることは確実だ。
「さ、待っててもしょうがないね。サトとアモも、協力してくれてありがと。回復魔法をあげるよ」
「ケキョ!」
「ミョ!」
イーズは前に伸ばした手をスッと左右に大きく動かす。
放たれた回復魔法が広がり、形はそれぞれ違うが塩の結晶を抱いた葉っぱが激しく揺れ出した。
それを見てイーズはかがみ込んだまま数歩、ちょこちょこと後ろに下がる。
するとすぐに葉っぱがペトリと地面に下ろされてぐいっとマンドラゴラの本体が顔を出し始める。
「お、意外に可愛らしい大きさ」
頭上から覗き込むようにしていたハルから声が降ってくる。イーズは同意するように小さく頷き、ふふっと笑いながら次々と出てくるアイスプラントマンドラゴラたちの様子を眺める。
塩の結晶をキラキラと輝かせながら揺れるマンドラゴラの本体は、少し前のアモと変わらない十センチほどの大きさ。色は柔らかなアイボリーで温かみがある。
「ンシャシャシャシャ!」
「オオオオオオ!」
「カカッテュ、テッテュッテ!」
「ヌオオオオオオ!」
「スーンガ、スーンゲ!」
「オオオオオオ!」
「クポックリュ、フリュリュ!」
「オオオオオ!」
「おい、お前、うるさい」
「オオ!?」
他の子を差し置いて、勝利のポーズのようにむきっと葉っぱを立てて叫ぶ一体にフィーダがデコピンを喰らわせた。
ころりと転がったマンドラゴラは目を白黒させている。
「クベッ」
「ジュリャリャ」
「デョジョ」
「ケケッ」
「ミョ」
「オオオ……」
周りを他のマンドラゴラに囲まれ、ペチペチと突かれてしょぼんと葉っぱが萎れる。
イーズは先ほどフィーダにデコピンをされた場所に指を伸ばし、優しく撫でる。表面に僅かについた砂がポロポロとこぼれ落ちた。
「ふふっ、嬉しかった?」
「オオオ!」
「良かった」
「七体もいると壮観だな。サトとアモも合わせると九体。野球チームが作れる」
「これまでに会ってきたマンドラゴラも合わせると……多いな」
指折り数え始めようとしたフィーダは、途中で断念する。名前がつけられて光魔法使いと一緒に暮らしているマンドラゴラもいれば、旅の途中でただ会っただけのマンドラゴラもいる。
ハルじゃないが、全員集まったら野球でもサッカーでもできそうだ。サッカーをしたらマンドラゴラごとゴールしそうで、イーズは思い浮かんだ光景にプフッと吹き出した。
サワサワと騒々しかったマンドラゴラはまた土に埋まっている。時折意思を持ったように揺れる葉っぱは、彼らがまだ起きている証拠だ。
サトとアモの葉っぱは相変わらずご機嫌に寄り添っている。
「さて、最奥ボス戦に備えるぞ」
「あーい」
「はい」
この階の次が最奥ボス戦となる。
テーブルの上にサンドイッチやおにぎりなど軽めの昼食を並べ、三人はそれぞれの席に着く。
フィーダの声がけにハルとイーズは真面目に頷き、続く説明に耳を傾けた。
「ここのボスは珍しく一定じゃない。少なくとも五種のボスがランダムで出現すると言われている」
「へぇ、変わってる」
「全部に備えるのは大変ですね」
イーズの言葉にフィーダは頷き、手元のメモを見ながら五種の魔獣の名を挙げた。
「ジャイアントシーサーペント、ギガジャイアントタートルキング、ファントムセイレーンクイーンとファントムセイレーンの群れ、ロックヘッドザラタン、ソードキングオブへリングスの群れ、だそうだ」
「なんかちょっと懐かしい名前が出ましたね。亀王様の降臨でしょうか」
「亀王じゃないし。雷王だし」
「最初はキング・タートルって名乗ってなかったか?」
「そうだっけ?」
一番初めにジャイアントタートルと遭遇したジャステッドダンジョンはすでに記憶の彼方。フィーダに指摘されても何が正解か思い出せず、ハルは腕を組んで首を捻った。
「どれが一番大変とかあります?」
小ぶりなサンドイッチに手を伸ばしつつ、イーズはフィーダに尋ねる。
フィーダはカツレツサンドに大きくかぶりつき、口をモゴモゴと動かしながらメモを覗き込んだ。
僅か数回の咀嚼で飲み込んだフィーダに、イーズはよく喉を詰まらせないものだと感心する。歳をとると誤嚥が増えるらしいので今後は気を付けてほしい。
イーズにそんな心配をされているとは露知らず、フィーダはイーズの質問に答えた。
「冒険者の話だと一番はファントムセイレーンクイーンと群れだ。嫌な音を発して精神錯乱に追い込まれるらしい」
「そこはイーズの魔法で防御できそう。んで、グラタンっぽい名前のは何?」
「ロックヘッドザラタン。巨大なカニの魔獣だ。口から岩のように硬い泡をいくつも飛ばしてくる。盾役がいない俺たちには、こいつが一番強敵になるかもしれん」
「可愛い名前っぽいのに、残念です」
ぷんっと口元を膨らませるイーズ。
泡に関してはハルの氷の壁で防げるかもしれないが、甲殻類だとフィーダの剣では決め手に欠ける。魔法で倒すしかない相手になるだろう。
「最後のは?」
「ソードキングオブヘリングス。蛇のように長いが、平たく、鬣のような背ビレがあるらしい。体が剣のように鋭くて、暴れまわると危険だそうだ」
「うわっ、全身が刃物ってことか。どこの漫画キャラだよ」
「でも、三級ダンジョンなので対応を間違えなければ一つのパーティーでも問題なく倒せるってことですよね?」
「そうだな。安全を取ってレイドを組むこともあるらしいが、上級冒険者のパーティーであれば問題ない」
「了解。んじゃ、それぞれの魔獣に合わせて作戦組もう」
「はーい」
ボスがガチャ仕様なダンジョンは珍しいが、それはそれで攻略のしがいがあるというもの。
三人はどのボスが出てきてもいいように戦略を立てた。もちろん、万が一の場合には勇者の特大魔法で終わらせることが大前提ではある。
「久々のダンジョンボス戦。楽しみです」
「だな。黒の森以来か?」
「あの時は他の人たちもいたから、俺たちだけのボス戦だとさらに前じゃない? スパイスダンジョンとか?」
「そうか……随分昔だな」
メラに出会うよりさらに前。それが今こうして結婚して子供もいるだなんて、あの頃の自分が聞いたら鼻で笑い飛ばすだろう。
温かな湯気が昇るカップに口を寄せながら、フィーダは目を細める。
奇しくもこの潮吹きクジラダンジョンもスパイスダンジョンと同じ三級。
ハルとイーズもふわりと笑いながら目配せをして、同じようにカップにほうっと息を吐いた。
ソードフィッシュ
メカジキ、長いツノのように伸びた上顎が特徴
キングオブヘリングス
リュウグウノツカイの英語名の一つ





