2-3. おいしい階
二人が泊まる宿屋、賢者の食卓からギルドまでの距離は若干遠い。逆にギルドに行かず、ダンジョンに直行したい人にとっては便利な位置にある。
「ダンジョン前にもギルド出張所があるから、攻略をする時にはそっちを利用するのもいいな」
「分かりました。あ――」
ギルドがもう少しで見えるというところで、マップにある反応が映りイーズは思わず足を止める。
「――いるか?」
「はい」
「そうか。前を見て視線を合わせないように。行けそう?」
「はい、行けます」
ハルがイーズの肩を軽く押して、イーズを自分の左側に立たせる。子供たちがいるのとは逆側だ。
「――ありがとう」
「ん。さ、行こう」
ポンっと軽く背中を押されて、イーズは少し足早にギルドの扉に向かう。うっすらと隠密をかけてしまったのはあくまで自己防衛でありトラブル未然防止策だ。
――あんなチビちゃんたちに負けてなんかいないし!
イーズは、ハルが聞いたら完全に負け惜しみだとツッコミを入れそうなことを心の中で叫んだ。
問題なく、いや、隠密使ってる時点で問題が起こるはずないのだが、ギルド内に入り、昨日の女性がいる受付に向かう。
「こんにちは」
「こんにちは、ハルさん、イーズさん」
「まず、昨日は良い宿をご紹介くださりありがとうございました。とても良い宿でしたので、冬季中滞在することにしました」
「ご飯がとても美味しかったです」
「そうですか。お役に立てて嬉しく思います」
本当に嬉しいのかよく判断がつかない顔で、女性がうっすらと微笑む。
イーズがチラリとハルの顔を仰ぎ見ると、彼は一度小さく頷き早速質問を始めた。
「ダンジョンに入る際の最小人数はありますか?」
「ございません。一人でも入ダン、ダンジョンに入ることは可能です」
「見習いも一人で?」
「いえ、失礼しました。見習い冒険者は必ず一名以上の成人の冒険者と入る必要があります。ハルさんはお一人で入れますが、イーズさんはハルさん、もしくは別の成人冒険者と一緒でなければなりません」
その説明にイーズはふむふむと小さく頷く。しかし、ハルと別行動して他の冒険者とダンジョンに入る機会はないだろうとすぐに結論づけた。
「了解しました。次に、冒険者ランクで階層の縛りはありますか? 例えば見習いは三階まで、F級は十階までとか」
「ございますが――ハルさんの場合ですと、十五階までとなります。ハルさんと一緒であれば、イーズさんも十五階まで攻略可能です」
「その根拠は? もっと深く潜りたい時にはどうすればいいですか?」
「十五階に出現する魔獣はブラッドベアです。冒険者ランクが低くても実力が証明されている場合、つまりハルさんのように討伐経験がある場合は許可が出ます。
また、D級に昇格されますと三十階まで攻略許可が出ます」
「許可階層より深く潜った場合のペナルティはありますか?」
「――発覚しない限り、ないと言えます。
ただし、もし緊急事態が起こり救助要請が出され、その際許可階層より下にいた場合、罰金などの処罰が科せられます」
「ありがとうございます。イーズは何かある?」
ハルの矢継ぎ早な質問に、的確かつ簡潔に答えていくお姉さんはプロだな、とイーズが感心しているとハルから話を振られる。
イーズにとっては少し高めに設置されたカウンターに身を乗り出し、女性を見上げると彼女もこちらを見ていて視線が合う。
――おや?
目が合った瞬間、さっきはまっすぐハルを見て受け答えしていた彼女の視線が、ほんの少し揺らいだ気がした。
――ふむ。
気になるがいつまでも待たせてはいけないので、イーズはとりあえず質問をする。
「いつまでこの新規窓口を使っていいの?」
「制限はありませんが、ダンジョンに潜って二、三回もすると一般窓口に移られる方が多いようです」
「それ以降もお姉さんに受け付けてもらいたい時は?」
「こちらの窓口は受付担当で輪番となっています。私も来週からは一般窓口に入りますので、必要でしたらそちらをご利用ください」
「それは嬉しいですね。とてもご丁寧に対応いただいたので、是非来週からもよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「ね、お姉さん。お名前教えてくれる?」
「――キクノと申します」
「キクノ、さん?」
「はい」
「少し不思議な響きですね。由来を伺っても?」
「賢者様のお一人の名をいただきました」
「なるほど、賢者様の」
「何をした賢者様?」
「“書”の賢者様です」
「了解しました、キクノさん。本日はこれで失礼します」
「キクノさん、またね」
「はい、いってらっしゃいませ」
カウンターの向こうで少し頭を下げる受付女性、キクノに手を振って受付から離れる。
次に二人が向かったのは依頼書が掲示されたエリア。
通常、ダンジョン内の魔獣討伐依頼はない。しかし特殊個体や大量発生の対応、生産者ギルドなどからの素材採取依頼はここに出される。
またダンジョン以外、つまり壁外の魔獣討伐や護衛依頼、市内で冒険者の力が必要となった場合の依頼ももちろんある。
冒険者ランクを上げるには、こういったダンジョン以外の依頼も達成しないといけないそうだ。
「今受けられそうな依頼はないな」
「へぇ、こっち、魔術師ギルドの依頼です。初めて聞きました」
「主に魔法具開発と研究をするギルドらしい。なんで魔術師ギルドっていうのかは知らないけど」
「厨二な影がちらつきます」
「……完全に否定できない。さ、次は資料室に行こう」
「はい」
資料室にはダンジョン攻略に役立つ資料に加え、ジャステッドの歴史、防衛機構、政治的立場などの本も集められていた。
ダンジョン攻略が休みの日はここで本を読むのもいいかもしれない。
本棚が並ぶ薄暗い部屋を見回して図書室を思い出しながら、イーズは本の背表紙を眺めていく。
先ほどキクノから教えてもらった“書”の賢者も気になったが、ここに賢者大全は置いてないようだった。そもそも今日の目的はそれではない。
二人それぞれ良いと思った本を持ち寄り、読書スペースにある机に向かう。
差し当たっての二人の活動場である十五階までの魔獣分布や、各階層の構造を手分けして書き出していく。
「イーズ、イーズ。十三階のベロアイールってのが気になる」
「イールってウナギ?」
「じゃないかな。ヌメヌメしてて、捕まえにくいって。たまにピリッとするのは電気かな?」
「狩っても蒲焼にできないですよ」
「そこは、ほら、エッタさんにレシピ研究してもらって」
「エッタさんが持ってるレシピに蒲焼きのタレがあったら考えましょう」
「おう、そうしよう」
「ハル、魔獣じゃないですが、チェスナットボマーという魔植物があるみたいです。イガイガしてて、攻撃すると爆発するそうです。
うまく口から外殻を削ぐと中に実があるそうですが、硬くて食べられないんだとか」
「栗?」
「栗っぽいですね。硬くって食べられないのは殻のことかな。中はどうなってるんだろ」
「何階?」
「九階です」
「オッケ。そこもチェックで」
「はい」
「イイイイイイイーズ! 三十二階! 絶対行くぞ!」
「え、ハル、今日は十五階までって言ったじゃないですか。突っ走りすぎですよ」
「いいから、いいから。ここ見て」
「三十二階、ファイヤロブスター? ロブスター!」
「絶対行くよな!」
「絶対行きましょう!」
各階層の構造……も調べているはずである。
結局、七階までは冒険者としても食いしん坊としても、おいしい魔獣は出ないという結論に達した。
最初の肩慣らしではしばらく使うかもしれないが、二人の本格的な活動は八階以降になるだろう。
ギルドを出てひっそりと階段を降り、二人は宿に近い教会に立ち寄る。
神父の案内で聖堂に入り、イーズは女神様の像の前にゆっくり膝をついた。
――無事、ここまで来ることが出来ました。ありがとうございます。ここには春の成人の儀まではいる予定です。またご報告に来ますね。
イーズが祈りを終えて上を見ると、女神像がニッコリと、鮮やかに、微笑んだ?
「ん?」
イーズは慌ててもう一度見返すが、そこにあるのは元の優しい表情をした女神像。
しかしその顔が悪戯をした後の澄まし顔にも見え、イーズは喉奥で笑いを堪える。
一方、突然下を向いて震え出したイーズを不審そうに横目で見ていたハルも、顔を上げた途端ギクリと硬直した。そうして同じように体を小刻みに震わせて笑い出した。
ちなみに聖堂のそばを通りがかった神父が二人の様子を見て、祈りを捧げながら涙している敬虔な信者だと勘違いしたのは仕方がないことである。
ハルとイーズは道中大笑いしながらもなんとか宿に戻り、夕食までギルドでもらった冊子と資料室で集めた情報を照らし合わせる。
他に知っておくべき重要な情報は、ジャステッドダンジョンは八十九階まであり、そこにはドラゴンが棲んでいるということ。
前回の氾濫では攻略隊がほとんど弱体化させた後に外に出たため、ダンジョン前で一斉攻撃で倒したらしい。
「五階ごとの踏破登録とジャンプポータルか」
「踏破登録の意味は?」
「なんだろう。あ、これかな? ジャンプポータルは帰還は一階にしか出ないが、行きは踏破登録がある階から選択できる」
「なるほど。ポータルはどこの階にでも行けるわけじゃないんですね」
「でもこれは便利だ。絶対神様間で取り決めとかありそうで怖いけど」
「触れないでおきましょう」
「このポータルとかの情報がジャステッドダンジョン特有として記載されているということは、他ではまた異なる可能性があるな」
「別のダンジョンにアタックする時には要注意ですね」
ダンジョン攻略に必要な情報はこれでほとんど集まった。明日、街に出て冒険者に必要な装備の確認を行えば、準備は完了だ。
二人の本格的な冒険者デビュー、そしてダンジョン攻略開始まで、あと二日。





