2-2. リハビリ
コツ、カタン
コツ、カタン
松葉杖は歩きにくい。
コツ、カタン
コツ、カタン
ああ、長い階段だ。
コツ、カタ……
階段の上に立って下を見る。
さぁ、降りなきゃ。
――市川和泉さん、あなたはエレベーターに乗らず、階段を使うはずでした。
ここを降りないと。
――市川和泉さん、あなたはあの階段で、最上段から足を踏み外し、命を落とす予定でした。
帰らないと。
――チビのお前じゃ役に立たない。
痛い!
膝、膝が!
――ざまぁ。
――クスクスっ
――自業自得ってやつ。
足が! 痛い!
――さっさと降りてよ。
――ドンッ
落ちる!
誰か! 助けて!
誰か! ――!!!
「イーズ、起きろ! イーズ!」
「痛い! やだ! やだやだやだ!」
「イーズ! 落ち着け、イーズ!」
「痛い痛い!」
「どこだ? どこが痛い?」
「痛い、足、膝が! 痛い!」
「イーズ、大丈夫、大丈夫だ。膝は治ってる。どこも悪くない。大丈夫だから」
「治った?」
「ああ、痛くないだろ?」
「痛く、ない……」
「大丈夫だ」
「だいじょうぶ?」
「そう、大丈夫だから。ゆっくりお休み」
温かい。
ここはとても温かい。
――こりゃ、イーズにも感謝だな。
――ありがと、イーズ
ううん、ハル、ありがとう。
バターの香りがイーズの鼻をくすぐり、目が覚めた。
目を開けるとそこは清潔そうなベッドが並ぶ、朝の光が眩しい部屋だった。
――パンの香りだ。
バターがふんだんに使われているだろうパンの香りに、イーズのお腹が小さくキュルルと切ない声で泣いている。
――昨日、夕食食べ損ねた気がする。
ギルドを出てからの記憶が曖昧で、寝転んだまま首を傾げる。
そこに、イーズの感知マップに慣れ親しんだ気配が映り、直後に部屋のドアがノックされた。
「イーズ、起きてるか? ドア開けるぞ」
ガチャリという解錠音の後、ドアが開きハルが入ってきた。
イーズは慌ててベッドから身を起こし、ハルに挨拶をする。
「おはようございます」
「お、起きてるな。腹減ったろ? 女将さんに朝食もらってきたよ。
それから、宿に風呂と予約制の個室シャワーがあるって。入りたかったら後で予約しに行こう」
喋りながらハルはマジックバッグから小ぶりのサイドテーブルを取り出し、イーズが腰掛けているベッドの横に並べる。
そしてその上に朝食が山盛りに乗ったトレーを置いた。
「――美味しそう」
「おう、美味かったぞ。自家製ベーコンは最高だった」
「いただきます!」
自家製ベーコンという言葉に、イーズは大きな声で挨拶をしてフォークをガシリと掴む。
イーズの食事が終わるのを待つつもりか、ハルはベッドの上で昨日ギルドでもらった冊子を読み始めた。
色々聞きたいことはあるが、イーズも一旦目の前の食事に集中する。
しばらくしてイーズが使い終わったシルバー類をトレーに置くと、ハルが顔を上げた。
「食い終わったか。どうだった、ベーコン」
「すっごい美味しかったです。燻製の香りはしないのにすごい濃厚で、油もくどくなくって、でもカリッと焼かれてて」
「そっかそっか。
――イーズ、ベーコンはダンジョン産オーク肉だ」
「ダンジョンの?」
「オーク肉」
「え! 早く言ってくださいよ! もっとちゃんと味わったのに!」
「問題ない。ここの宿の名物らしくって、嫌だって言わない限りは毎日出してくれるってさ」
「ふぁぁぁ! サイコーです!」
「だな!」
ジャステッドについて初の食事で既にオーク肉とは!
ここの食事には期待ができる、あのお姉さんには感謝せねばと二人は称賛の言葉を重ねた。
「さて、何から話そうかな。
ん、これ。昨日受け取ったフィーダからの伝言」
そう言ってハルは昨日ギルドの受付女性から貰った紙片をイーズに差し出す。
そこには短いメッセージが書かれていた。
――現在北上中。アブロルに数日滞在予定。国境越えたらまた連絡する。フィーダ――
日付は三日前のもの。タジェリアの国境都市からジャステッドは直行便で十日ほどなので、合流はあとほんのちょっとだけ先だ。
「無事に移動できているようで安心です」
「だな。次は――この宿のことか。
ここ“賢者の食卓”に冬中滞在できるよう手配できた。三人で入れる部屋はここがラスイチだったから本当にギリギリセーフだ。
奥に寝室兼装備保管庫みたいなのがもう一個ついてるから、フィーダにはそっちを使ってもらおう。
割引条件は“女将さんの興味をそそる食材もしくはレシピ”。詳細不明、以上」
「えっと最後が不思議でしたが、状況は理解できました」
レシピへの愛が溢れる女将さんのようだ。
もし日本食に興味がありそうならば相談してみるのもいい。
「おし。さて、イーズから何か質問は?」
「質問……ではなくて、昨日ギルドから運んでくれてありがとうございました」
「どーいたしまして」
「あと、夜もなんかうっすらと迷惑かけた気がします。すみま――」
「そこは気にすんな。俺も後で気づいたけど、階段はドンピシャトラウマだったよなぁ。すぐ気づけなくって悪い」
夜中の記憶は曖昧だが、何か叫んでハルに縋った覚えは何となくある。
イーズが頭を下げようとすると、ハルはイーズの言葉を止めて逆に謝ってきた。
「いえ! 自分でも忘れてたくらいなので……びっくりしました」
「落ちそうになったのがキッカケか。ここは三階だけど、もし階段が怖かったらすぐ言うんだぞ。宿を変えるとか、俺が運ぶとか方法はあるから」
「まだ階段を前にしないとなんとも。でも、すぐ相談します」
そう言ってイーズは今度はちゃんと頭を下げる。
すると、ハルがぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜ始め、イーズは必死に抵抗するがすでに遅かった。
「あーあ、ぐっちゃぐちゃ」
「誰のせいですか、誰の」
「ま、風呂入れば直るっしょ。下にトレー返しに行くけど、ついでに風呂空いてたら借りてきな」
「はい。準備します」
階段はやっぱり少し怖くて、一人では降りられなかった。
階段前で固まるイーズの前にハルは立ち、両手を前に出す。
「ほら」
「え?」
「両手握ったら行けそうじゃない?」
「ハルが後ろ向きで、落ちそうで余計怖いです」
「えー? そう? じゃ、前向くけどどうするのがいいかな? やっぱ抱っこ? おんぶ?」
ハルは前を向き、後ろのイーズに向かってヒヨコのようにピコピコとお尻あたりで手を動かす。
何なら、お尻をちょっとフリフリしている。
「……ちょっと肩借ります」
イーズは一段だけ前にいるハルの背中を見つめ、そっとその両肩に手を置く。
――うん、いけそう。
「よし。出発進行!」
「お、おお。行くぞ」
子供の電車ごっこみたいなスタイルで一段一段、ハルの背中と自分の足だけを見て確実に降りる。
恐怖はあるけれど、冬の間に何度も行き来していればすぐ気にしなくなるだろう。リハビリあるのみだ。
「あら、弟さん、起きたのね」
「はい。食事も完食です。ほら、イーズ。宿の女将さんのエッタさんだ」
「おはようございます。イーズです。昨日は挨拶出来ず、すみませんでした。ご飯とても美味しかったです。冬の間、よろしくお願いします」
「あらあら、小さいのにしっかりした弟さん!
イーズ君、リラックスして固くならないで、家だと思って過ごしてちょうだい。
それと、誰かにいじめられたらすぐ言うのよ。ぶっ飛ばしてやるから、うちの旦那が!」
「は、はい。ありがとうございます……」
“可愛く元気なイーズ君”キャラ脱却を図ったイーズだが、豪快なエッタに押されてしまう。
しかし挫けてはいられない。幼い見た目はどうにもならないが、大人な雰囲気は身につけていきたい。道のりははるか険しく遠い気はするが、繰り返しが大事だと決めたばかりではないか。
心の中で固い決意をするイーズの横で、ハルがテキパキとシャワー予約をしてくれた。一階にあり朝の今の時間帯はすぐ使えるそうだ。
「あ、エッタさん。俺、水魔法使いで馬車三台分くらいは余裕で行けるので、必要な時は声かけてください。まだしばらくは本格的にダンジョンアタックする予定ないので」
「あら、それは嬉しいわね。今週はタンクを満タンにしちゃったから、また今度ハル君の魔力に余裕がある時にお願いするかも。もしキツかったら言ってね」
「はい。了解です。じゃ、イーズ、俺部屋に戻るから、ゆっくりしておいで」
「うん、ありがとう」
ヒラヒラと手を振って階段を登るハルを見送る。
「とてもいいお兄さんね」
「はい、とても」
横からのエッタの声に、イーズは満面の笑みで同意した。
シャワーから戻って部屋をノックすると、
「開け」
「ごまー」
と言ったら開いた。
十五歳でもやらない気がするな、とイーズは首を傾げる。
「どうした?」
「いえ、合言葉はもっと凝りましょうよ」
「“オープン”」
「“セサミ”」
「変わってないな」
「変わってないですね」
部屋に入ると、朝も読んでいた冊子がテーブルに置かれていた。
「使える情報はありました?」
「半分がおそらく一般知識で知っておくべきもの。後半分がジャステッドダンジョン固有の情報だった」
「ジャステッドダンジョンってそのままですね」
「略すとJDってジョン・ドウみたいでやだな」
「名無しの権兵衛……行方不明の冒険者が死体になって出てきそうです」
「うあああ、ヤダヤダ。怖いことはやめてくれよ」
「言い出しっぺはハルなのに」
前半の一般知識を抜粋してハルが説明してくれるのを、イーズもパラパラと冊子をめくりながら確認していく。
まず、以前から知りたかったダンジョン氾濫時期をどうやって知るのかがわかった。
各ダンジョン入り口付近には破壊不可能な魔石がある。普段、この魔石は様々な色が混ざり合っている状態である。
しかし氾濫が近づくと徐々に一色に集束していく。そして氾濫が迫ると黄色が数年続き、丁度一年前に赤色となる。
赤一色になった時、氾濫の日が確定するのだ。
また、攻略が進みダンジョンリソースが減少してくると、赤色の濃さが変わると言う。
「なるほど。それでラズルシードも氾濫の時期が迫っていると判断したんですね」
「おそらく、召喚に必要な“玉”の輝きと照らし合わせて結論づけたんだと思う」
ここまでは一般知識で、続きはジャステッドダンジョン固有の情報だが、それを話しているとギルドに行くのが遅くなってしまう。
朝の喧騒の後が狙い目なのはラノベ設定と同じだ。
帰ってきてから続きを話すと言うことにし、二人は宿を出てギルドに向かった。





