7-4. 花と月と銀
三十分ほどして令嬢は商会を後にし、見送りに出ていたソウとタクマが中に戻ってくる。
疲れ果てた顔をした二人に、イーズは気休めと知りつつ回復魔法を飛ばした。
「こっちで甘いもんでも食おう」
気力回復には魔法よりも甘い物。
そんなハルの誘いに一も二もなく頷いた彼らを連れ、ドゥッセにも声を掛けて話し合いができる場所に移動する。
テーブルの上に次々とお菓子やフルーツを並べるイーズ。ハルも全員の要望通りにお茶やコーヒーを入れて配る。
ソウは南部出身のためかコーヒーを好むようで、旅の時からずっとブラックコーヒー一択だ。
「隣の部屋で会話を聞かせてもらったけど、かなりいい情報持ってる人だったな。彼女の事、詳しく聞いても?」
女性の身分などは使用人部屋からの小窓で見たからハルは知っている。だがソウとの関係性やあれだけの情報が集まる理由を知りたいと思った。
ソウも話を始めるには、まず彼女のことを教えるべきだと理解して僅かに顎を引いた。
「彼女は今の国王陛下の姪、つまり陛下の弟の娘になる。ディエドラ・ストゥティフ、ストゥティフ公爵家の長女で、以前は俺の婚約者だった方だ」
「婚約者!?」
お茶を飲もうとしていた手を止めて、タクマが珍しく大きな声を上げる。
一方のドゥッセは彼女の正体におおよそ予想がついていたのだろう、気にした様子もなく水饅頭を堪能している。髭面と水饅頭の組み合わせに既視感が凄い。
一方ソウは驚きの声を聞いて、さらりと前髪を撫で上げてその美しい顔をあらわにした。
「発言権の強い侯爵家の長男と、王家の血を引く公爵家の娘の婚約なんて普通にあるだろう?」
「いや、普通にはねえよ」
「ないねー」
タクマとフーカの否定に、ソウは前髪に指を通したまま固まる。二人の反応は想像していなかったらしい。
だが日本の常識とこの世界――厳密に言えばラズルシード王国の常識は違うことに気付いたのか肩をすくめる。
「政治的な婚約だったのか?」
「半々かな。勇者召喚反対派を抑えたい王家と、現王家から一歩引きたい公爵家。彼女とは年も近いし関係は良好だったけど、俺が辺境送りになっちゃって婚約もパア。彼女、まだ結婚してないみたいだけど、相当迷惑かけたと思う」
政略で始まったと言えど、お互いを大切に想っていた。
謎かけのような会話は、その美貌で常に注目を浴びるソウジロウと、公爵家の娘として気を抜けない二人が周囲にばれないように始めたもの。ソウジロウがソウとして王都を離れ、疎遠になった四年が経っても変わらず通じた。北部に行ってから冷えきっていたソウの胸が温かくなったのは、気のせいではない。
「それで、重要な情報が多数出てたよな。改めて、ソウの口から説明してもらいたい」
ハルの願いにソウは深く頷き、彼の元婚約者ディエドラが届けた情報を教えてくれた。
――そう言えばこの間、卑屈なゴブリンが子を成したとかで、花を傷つけそうになったらしいんですわ。
ディエドラが言う“花”が指すのは風の勇者であるマユ。
そして“ゴブリン”とは、マユの元護衛の恋人だ。この護衛、どうやらダンジョン氾濫を抑える攻略に向かう前に恋人をはらませていたらしい。
彼の死後に出産をしたこの女性――護衛の子供を「彼の元同僚に見せるため」と言って、図々しくも王城に現れた。元護衛も彼女も貴族であるため、王城に上がることは問題ない。
だが、子供を遊ばせるという名目で人目が多くある中庭に現れたことで、事件は起こった。
それが、療養中のマユが散策する時間とかぶったのだ。
「絶対に、意図的じゃん!」
激高するフーカ。イーズも激しく首を上下させて同意する。タクマは眉を寄せてソウにその後どうなったかと聞いた。
「マユは?」
「大規模な風の魔法を中庭で放って、暴発だと言っているらしい。それ以降、軟禁状態が続いてる」
「マユユのせいじゃないじゃん!」
両手を天に向けてムガーっと叫ぶフーカ。何か天罰を希ってそうなポーズだ。
「元護衛の仲間は、そっちの女の味方ってことだな」
「今の警備状態から見ると、そうとしか言いようがない」
ドゥッセとソウは冷静に言葉を交わす。
ソウはフーカの怒りが多少落ち着くのを待ってから話を続けた。
――黙して語らぬ月が銀の輝きに目を止めたとか。月が囁いてくれましたわ。
今の天は偽物のクズ星であふれていますから。流れる星となって銀を強めていただきたいと願っております。
続く登場人物は月と銀。
月――物言わぬ月――これは王家でほぼいない扱いになっている姫殿下の事。
なぜほぼいない扱いになっているかと言えば、彼女が「物言えぬ」、つまり口が利けないから。
そして銀は剣士であるカズト。
人の目がない夜に流れ星のように密かに散歩をする姫と、カズトが知り合ったのは最近だと言う。
片足を失い、もう片方も酷い怪我のため自由に動き回れないカズト。
更に片腕も肩から先をなくしているため、日々の生活すら一人では難しい。そんな彼の周りには、今はもうわずかな使用人以外は誰も近づかなくなってしまった。
何に興味を引かれたのか、ほぼいない扱いをされている姫と存在を忘れられた勇者。
二人の間に会話はあったのか、それすらも不明。
だが、ディエドラが入手したわずかな情報からは、姫は王家を抜けたいと願っているらしい。
「天を支配する王家。その周りにはクズばかりが集まっていて、輝ける場所などない。そうであれば、月も銀も他に光れる場所を探している」
「あー、なるほどー。そこでそんな意味があったのねー」
怒りを抑えるためか、フーカはむしゃむしゃと一口ドーナツにかぶりつく。ぱんぱんに膨らんだフーカの頬をイーズは突っついて笑う。
笑いをこらえたフーカの鼻からフスっと息が漏れた。
緊張をはらんだ話し合いがどこか緩む。
「お姫さんとカズトが出ることを希望しているなら、都合はいい。でも脱出前に会って本人の意思確認は必須なのと、その時に秘密裏に失った足だけでも再生させたい」
「頑張りますよ!」
両腕に力を入れて気合を見せるイーズ。
龍の翼さえも再生させたというイーズの治癒力を聞いていたソウとドゥッセも、答えに満足したように頷く。
それ以外に関しては、ラズルシード王国の王族に関係する話だった。
「ハルが言っていた、次の王に誰かを担ぎ出せないかという点は、無理だと思う」
「ディエドラさんが反対してる?」
「それもある。一番の候補はディエドラの弟、現国王の甥だ。彼は現国王陛下の息子、つまり王子殿下と同じ年になる。
しかし王子殿下も今のところは何か目立った瑕疵があるわけではないから、後継者を挿げ替えるのは難しい」
「なるほどね。王子様に瑕疵があればあわよくばってのもあるけど。
二人の勇者をラズルシード王国から出すことが叶えば、王家の威信は底辺になるからそれでいいかな」
「結果を貪欲に求めすぎるのも危ない。落としどころはそこでいいだろ」
ハルの意見に、ドゥッセも賛成する。
王家が荒れると国内も荒れる。王家の栄光に傷をつけることができたら、それで今のところは良しとしよう。
そう頷きあい、六人の話し合いは終わった。
次の目標は、春の祭りの前に勇者と接触すること。
小さな商会の一室で、計画は秘密裏に押し進められていった。
長く伸びたいくつもの列の最後尾につき、ハルとイーズは周囲を見回す。
貴族、役人、商人、一般、そして冒険者の列。現在二人がいるのはもちろん冒険者の列だ。
タクマ、フーカ、そしてソウは商人の列に並んだドゥッセと一緒にいる。
「王都、久しぶりですね。ズブブの実はありますかね?」
「あれが出回ってたのって真夏でしょ? まだじゃない? 探してはみるけどぅおっふ」
以前ラズルシード王都で食べた桃に似たフルーツ、ズブブ。他の場所では見つけられなかったので、王都周辺の特産の可能性が高い。
せっかくだからここにいる間に大量に入手したかった。諦めきれないイーズにわき腹を刺され、ハルは微妙に体をくねらせた。
「時間があれば下町にも行く? 俺が成人の儀を受けた教会とかさ。もう一度見てみたい」
「考えてみればぐるっと一周してきたんですよね。スタート地点に戻ったと言うか。もう一度同じ場所に行くのは初めてですね」
「だな。いつか、他の場所にもまた行きたいな」
まだ訪れていない場所は多いが、それでも大陸を回ってきたことに感慨を覚える。
五年前の七月の末に召喚され、十月に入った頃には王都を出た。
ほんの少しの期間しかいなかったラズルシード王都だが、今更になって感動してきた。
「感動で鼻から水が!」
「それはまんま鼻水だな。花粉症?」
「無かったはずですけど」
ズビズビと鼻をすするイーズにハルは笑う。
あの時、フィーダが護衛する馬車に乗ってこの王都を出た。フィーダとの思い出の始まりもこの場所だ。
ここに、イーズの隣にフィーダがいないのを少し寂しく思う。
「次!」
どこか空港の税関に似た声に呼ばれて列が徐々に進む。
王都にはダンジョンはない。
もっと言えば、ラズルシード王都はどのダンジョンからも遠く離れている。それがこの国の王族のスタンス。民が戦う姿を、苦しむ姿を見ようとしない。
王都から二ヶ月もかかる一級ダンジョンの氾濫など、遠い国の出来事と変わらない。そこで戦う冒険者も、兵士も、そして勇者も。彼らの存在も生死も、王族や王都に住む貴族からすればすべて他人事だ。
「でもあれだよな」
「あれ?」
「前王都にいた時は、イーズはほら、性別詐称してたよな」
「あ」
以前お世話になった人に会いたいという話から、当時は二人は兄弟のふりをしていたことを思い出す。
そんなことで気分を害するような人たちではないとは思うが、少しばかり後ろめたい。
「しかも、だいぶ同情を誘うような生い立ちにしてなかったっけ?」
「あーっと、そうですね。お金持ちの商人の子供で、冷遇されてたとか、そんな感じでしたっけ?」
「確か、そんな感じ」
本人たちもうろ覚えな設定に、二人の視線もうろうろと彷徨う。
とりあえず、今の元気な姿を見てもらえばきっと何も言わずとも分かってもらえるだろうと結論付けた。
「一週間、忙しくなりそうだな」
「ですね。魔獣と違って人が相手だと色々難しいところもありそうですけど」
「だよなぁ。あ、あっち空いた。行こう」
「はい」
腐海のハグレ討伐作戦に参加したことが実績と認められ、イーズはいまやB級冒険者。
イーズの冒険者登録証を見た役人が、ぎょっとした顔でイーズを見る。だが温度のない瞳と満面の笑みに気おされたのか、彼は無言でドンッと通行許可に印を押した。
「次!」
何事もなく二人は門をくぐる。
受け取った証書を満足気にマジックバッグに入れて、イーズはハルに続いて人込みの邪魔にならないように進む。
「勝ちました」
「何にだよ」
「正義です」
「正義に勝ったらまずくない?」
「確かに」
尤もな意見をさらりと聞き流し、イーズは通りの店や建物を見回す。
春の祭りを控え、そこら中に花が飾られている。地植えの花はあと一週間で丁度満開になるのかもしれない。膨らみ始めた蕾が揺れている。
「お祭り、参加したいですね」
「変な名前がついてない祭りだしな。花で飾られた巨大な神輿が出るとも聞いてないし。ほら、あっちに行くぞ」
余計な心配をしていたハルがある方向を指さす。王都市内を走る乗合馬車だ。
ファンダリア商会として入ったドゥッセたちはそのまま馬車で支店まで行く。
ハルたち二人も遅れないようにと乗り場へと急いだ。
この日、勇者四人が誰にも知られることなくラズルシード王国王都に入った。
彼らの存在も、そしてその思惑も――全てが明かされるのはまだ少し先のこと。
章の途中ですが、明日は二人の勇者の様子をサイドストーリーでお届けします。





