7-2. 呟く
相変わらずのフィーダと水龍アズリュシェドで始まります。
土龍が作ったレンガが積みあがっていく。
浜辺でその様子を見守る水龍アズリュシェドは不機嫌なのを隠そうともせず、フィーダの背中に向かって水を飛ばした。
「だぁ! 冷てえって!」
『吾の持ってきた素材でも良かったであろう』
「海の魔獣の背骨コレクションなんて要らねえって。あんなの喜ぶのはイーズだけだ」
『光の子が喜ぶのであれば良いであろうが』
「あほ。イーズの趣味は普通じゃねえんだよ。メラだって引いてただろ」
ここにイーズ本人がいたらハニワ顔でショックを表現しそうなセリフをフィーダは放つ。
実際、水龍が持ってきた魔獣の素材の数々は、変なイボイボが付いていたり、ギンギラに輝いていたりと家の素材にするには微妙、というより呪いを呼び込みそうな物ばかりだった。
それを見て即座にフィーダが「元の場所に返してこい」と言い放ったのは間違ってはいない。
ただ水龍がますますふてくされてしまっただけだ。
フィーダは水龍の鼻面をごしごしと強く撫でながら、深いため息をつく。
もう十分に役に立ってもらっていると告げても、他の龍の存在が目に入るとどうも冷静になれないようだ。
「あんたは、これからも俺たちの近くにいるんだろ。火龍や土龍は違う。だからあいつらの気持ちだけでも汲み取ってやれ」
『だが、また火の奴も会いにくるであろう?』
「まぁ、関係はなくならないと思うがな。なんせ最初に知り合った龍だ」
『それは……最初と言われてしまえば、吾はどうしようもない』
「駄々こねるなぁ」
苦笑いをしてフィーダは両手を広げても抱えられない龍の顔をグリグリと揉む。
頬の肉が盛り上がったり、目が半分隠れたりと変な顔になるアズリュシェド。自然とフィーダの口から笑いが漏れた。
「ハルたちが、風龍に会ったらしい。また何か面倒なことが起きなければいいが」
『あやつは風のように軽い。気を抜くとさらわれるから気を付けろと言っておけ』
「少し変わったやつだとは聞いてる。龍でまともな奴はいないけどな」
『お主、それは遠回しに吾を侮辱していないか?』
「まさか。事実だ、事実」
『余計に酷いわ!』
鼻息と共に飛んでくる水しぶき。フィーダは一歩二歩と後ろに引いて手を上げる。
そろそろ作業に協力しないといけない。マジックバッグの中には土龍から押し付け、いや貰った土産が大量にまだ入っている。
「んじゃ、行くから。また帰りは頼むな」
そのフィーダの言葉に水龍は返事をせず、ただ煌めくトビウオのような翼を水の中で大きく揺らした。
一日の作業を終え、ロクフィムに戻る。
水辺から作業員たちと共に建物が立ち並ぶ区画に入れば、西部国境開拓部隊、通称西拓や冒険者たちからねぎらいの声がかかる。
第六堤防警備隊――六堤から分隊した彼らだが、その性格はおおらかで友好的な隊員が多い。
もしかしたら指揮官として指名されたダムディンが冒険者や商人、町民と多く関わるこの町の特性を考えて、人選したのかもしれない。
そういう点では、ダムディンを後任として指名したジェシカ大佐の慧眼に感謝せざるを得ない。
おかげでロクフィムは軍による引き締まった空気を保ちつつ、各ギルドとはお互いの領域を尊重するいい関係が築けている。
なんとなくだが、ハルの望んだ形に近いのではないかとフィーダは思う。
「フィーダ殿、お疲れ様です。“龍の寝床”の進捗はどうですか?」
「素材が多く入って作業員が張り切ってる。早く使いたくてたまらないらしい」
「はは! そりゃ、龍お墨付きの建築資材ばかりですから。こちらも順調です。つい昨日、南回りのラズルシードからの船が着いたようで、また詳細の報告が届きましたら会議にご出席ください」
「了解した」
顔見知りの隊員からの報告を受け、フィーダは軽く手を上げる。
ちなみに“龍の寝床”とは今建築が進んでいるハルたちの家がある場所だ――いつの間にかそんな名前が浸透している。
こればかりはフィーダのせいではない。
あの洞窟が水龍の寝床に見えるとか、水龍が手伝ってくれるからとか、作業中水龍がずっと水場で寝てるからとか――つまり、全て水龍のせいである。
あとは賢者が二人も住むため、彼らの力を龍に例えて、ずっと眠っていてほしいという願いもこもっているのだとか。
それは恐らくハルに大量の課題を押し付けられているギルド職員たちが言っている。
ハルに代わってビシバシ進捗を確認しているフィーダは全く関係ないだろう。そのはずだ。
そわそわする胃の辺りを押さえ、フィーダは滞在している建物に足を向ける。
ここは商会の準備をするオレニスや、黒の森と水龍の仲介役のレアゼルドも滞在している。
ハルとイーズが抜けた後も、なんだかんだで賑やかな共同生活だ。
「フィーダ、お帰りなさい」
「おー、お疲れさん」
家に入るとキッチンで夕食の支度をしているメラと、食卓に皿を並べているレアゼルドから労いの言葉がかかる。
ハルとイーズがご飯への期待に顔を輝かせてちょこまかと動き回る様は微笑ましかったが、二メートルを超す巨体が箸を一膳ずつ並べるのはどうにも目が痛い。
「なんだ、その顔は」
「いや。元村長にそんな仕事をさせて申し訳ないなと」
「そんなこと。黒の森では働かざるもの食うべからずだ。手が空いている者が動いて当然だろ」
「いい考えだな」
部屋の隅にある手洗い場でさっと手と顔を洗う。
メラのいるキッチン側に入り、フィーダも出来上がった料理をテーブルに移動させる。
今日のメインは魚か。魚がある日はレアゼルドの機嫌が良い。早めに食堂に来ているのはそのせいだろう。
「オレニスは?」
「さっきレアゼルドが呼びに行ったから、もうすぐ来ると思うわ。王都でつなぎを取った人たちと、早く商売が始められるように調整してるみたい。だいぶ根詰めてたわよ?」
「そうか。今日の夜にでも愚痴を聞いておこう」
「それがいいわね」
小さく笑うメラに、フィーダも微笑みを返す。
最後の大皿を受け取り、メラと一緒にダイニングテーブルに移動すれば、ちょうどオレニスが入ってきた。
銀の髪をいい加減にまとめ、目頭を指で揉んでいる。
どうにもくたびれ果てている様子に、フィーダはツイッとあらぬ方向へ視線を向けた。
もともと商会を立ち上げる案を出したのはオレニスだったとはいえ、明らかに働かせすぎている気がする。
「利益を求めていない商会なんだから、気楽にやればいいぞ」
気休めだとは思いつつ、フィーダはオレニスに声を掛ける。
ただでさえ生気のない容貌のオレニスが、完全に死んだ目でフィーダを見つめ返した。
「分かっている。だが、腐海開拓は王都で今最も注目されている。他の商会が腐海産製品を売り出す前に、我がターキュア商会こそが勇者から委託されているのだと知らしめなくてはならない。
今を乗り越えれば、あとは放っておいても客は来る」
死んでいるはずなのに温度の高い視線を窓の外、さらには腐海に向けるオレニス。
根っからの商人。彼がやりたいのならば好きにやらせるのがいいのかもしれない。
時々愚痴や相談に乗ればいいだろう。トンッと軽くオレニスの肩を叩き、フィーダはメラと並んでテーブルについた。
「美味そうだな」
「今日はレアゼルドが釣ってきた魚よ」
「この辺りは水龍様のおかげで水の魔獣が出ないからな。魚がよく釣れるぜ」
「その礼は本人に言っておくと機嫌が直るな」
「また機嫌が悪くなったの?」
フィーダの発言に、メラが少し呆れた顔をする。フィーダは何も悪くないはずなのに、なぜかウっと言葉に詰まった。
レアゼルドが心底楽しそうな顔をしている。なぜだ。おい、オレニス、トラウマだからと緑系の野菜を遠ざけるな。
「土龍のレンガが運び込まれて不機嫌になっていたくらいだ。あとは風龍は気に入った奴をさらうから気を付けろと言っていた」
「あら、それじゃあ、ハルは大変ね。風魔法使いだもの」
本気で心配をしている様子もなくメラは呟く。
なんだかんだで、ハルならばどうにかしてしまうだろうとでも思っているのかもしれない。それにはフィーダも激しく同意しかできない。
「今はもう腐海から出ているのなら、スキルを使うのに腐海に入らなくっていいんだろ? 負担が減って良かったな、メラ」
冬の間にレアゼルドとオレニスにもメラの伝達スキルについて打ち明け、問題なく離れていても会話できるようになった。
オレニスと会話する機会など無いに等しいが、レアゼルドとは気軽に「魚が釣れた」とか今日のメニューの相談をしているらしい。
気軽に、スキルを、使いすぎでは、なかろうか。
いや、メラにとっては信頼している人が増えて嬉しいのだろう。そうに違いない。
ミシリと嫌な音を立てた箸を握りなおし、フィーダはレアゼルドが釣ってきたという魚にかぶりつく。
咀嚼の回数がいつもより少なかったのは、早く飲み込みたかったとかいうわけではない。
存在を消したいとか、思っているはずもない。
大きすぎた骨に喉を引っかかれ、フィーダは激しく咳込んだ。
そんなフィーダの背中を優しくさすりながら、メラはレアゼルドの発言に応える。
「腐海に入らなくても良くなったけど、距離が離れたから今度は西の街道を使わせてもらおうって話しているの。フィーダが土龍からの贈り物を受け取りに行く時に、私もついていくつもり」
「なんだ、また行くのか。仕方ねえ、俺は少しばかり南で水龍様と一緒に釣りでもしてようかね」
「水龍を乗合馬車感覚で使うとは、さすが黒の森」
「おうよ。立ってるものは親でも使え。暇してるものは水龍様でも使えってもんだ」
オレニスがさらっと嫌味を言えば、レアゼルドが片眉を上げてニカリと獰猛な笑みを浮かべる。
幼いころのオレニスも知っているレアゼルドにすれば、彼の嫌味などじゃれついてくるホーンラビットよりも可愛らしいのかもしれない。レアゼルドならばホーンラビットなど一蹴りでドロップに変えてしまいそうだ。
「春が過ぎればラズルシード王国の勇者関連のごたごたは収まるだろ。今年の夏はゆっくりできそうだな」
「そうね。サトと一緒に川で泳ごうってイーズと言ってたの。やっと叶いそう」
フィーダとメラが目を合わせて楽し気に語る。
だが、もしこの場にハルとイーズがいたらきっとこう言っていただろう。
――それ、フラグ!
だがそんな声は二人の恋人たちには聞こえない。
この夏への期待を胸に、ただただ微笑みあっていた。





