Side Story4: 不思議な客
職人ゾッドア視線です。
自分の目線まで高さがある木桶をじっと睨みながら、ゾッドアは思案する。
このままノコギリを入れたら、変に割れて水漏れを起こすかもしれない。
では、バラして一本ずつ切る?
それは手間がかかりすぎるのではないか。
だが、必要だと思える工程を抜くなど、自分の職人としての矜持が許さない。
じぃーーーーっと睨み続けた後、ゾッドアは一言呟く。
「バラすぞ」
それを聞いて彼の様子を固唾を飲んで見ていた職人たちは肩を落とし、大きなため息をついたのだった。
二日前、小物細工の奴らの間でとある噂が目まぐるしく駆け巡った。
新しい技術が持ち込まれた、と。
それは見たこともないほど繊細で、まるで絵画のように精巧な代物だったと言う。
この木材加工を中心に発展したベズバロで、存在すら知られていなかった細工。
ギルドは知っているのか、もしかしたら商談が進んでいるのではないか。
少しでも情報を得ようと、夜になっても生産者ギルドを訪れる人の数は増え続けた。
そして昨晩、騒動で忙しくしているはずの生産者ギルド上層部がゾッドアの下を訪れた。
何でも今回新しい技術を持ち込んだ人物が、この村で職人を探しているらしい。
渦中の人物が関係する案件のため少し尻込みをしたが、話をよく聞けばただの風呂。
家関連の造作であれば自分が村一番の職人だと自負している。ゾッドアは喜んで話を受けた。
それで今朝、打ち合わせに現れた二人を見てゾッドアは内心驚く。
成人したての兄と、幼い弟。
二人で旅をしているというが、その身なりは指先まで綺麗に整えられ、くたびれた印象は全くない。
さらによくよく聞けば、隣村との定期馬車とは異なる日に村に着いたらしい。
――村の外に護衛を置いてきている貴族か?
もしかしたら外に極秘の護衛がいるのかも知れない。
恐る恐る話を進めてみれば、風呂は風呂でも旅の途中で入れるような風呂だという。
そしてゾッドアの目の前に少年の背丈ほどもある木桶を二つ、マジックバッグから取り出した。
いや、取り出したのは弟だ。
――この容量のマジックバッグを弟が?
だとすると、兄というのは建前で、弟が本物の貴族。この少年は実は護衛なのかも知れない。
そう危惧するゾッドアの前で“漏水確認”と称し、少年が信じられない勢いで水を桶に注いでいく。
――高位の水魔法使い!
これほどの速さで水を注ぎ出せるという事は、攻撃魔法もそれだけの力があるのだろう。
「余計な事は聞くな、詮索するな、話すな」、暗にそう言われているようで、ゾッドアの首筋に冷たい汗が流れる。
旅の間もゆっくり風呂に入りたい。
魔獣に気づかれない対策は自分たちが持っている。
お湯も直接生成できるから、お湯を作る機能はいらない。
使い終わった湯はマジックバッグに入れてどこかで捨てる。
聞けば聞くほど奇想天外。
水を捨てる機構がない風呂など、考えたこともない。
それなのに、浄化作用を持つスライムの存在を知らない。
こりゃ、貴族で確定だと思えば、本人たちはものすごい勢いで否定する。
――いやいやいや! 全く隠せてないし!
今までのどんな客よりも気を使う打ち合わせを終え、取りまとめた仕様書の前でゾッドアは唸る。
客は変人だが、この風呂のアイデアは画期的だ。
今までゾッドアが手がけた風呂の様式は主に二パターン。
貴族や大金持ちの贅を凝らした、使用人が主人の世話をできるような広さを持った浴室。
平民が簡単に体を洗えるように大きな水瓶と排水機能のみの浴室。
これはどちらでもなく、そしてどちらの機能も有している。
広い湯船と区切られた洗い場は、使用人が立ち回るのにちょうど良い設計だ。
さらには湯船内部に寝そべったり、座ったりする構造を加えるなど初めての発想。
ただ体を洗うだけでなく、この中でゆっくり時間を過ごしたいというまるで“潔癖”の賢者のよう。
いや、もしかしたら貴族だけが知っている“潔癖”の賢者の逸話があるのかもしれない。
さらには、もしかしたら彼らは“潔癖”の賢者の末裔ではないかと考え出す。
ならば、これは知識として広めて良いのではないか。
ゾッドアは確実にこの仕様を契約にまとめようと、工房を飛び出し生産者ギルドに走った。
そこでは既に上層部が兄と契約を結んだというので、同様の様式で契約書を準備してもらう。
あとは本人の合意が取れれば良いのだ。
そのためにもゾッドアはこの風呂を完璧に仕上げなければならない。
ゾッドアが作業を始めて数日。この小さな村に訪れた兄弟の噂が日々耳に届く。
兄が村の中を何も用がないのにグルグル走っている。大丈夫か?
弟が山の果実の収穫を手伝っていた。一個もらって美味しそうに食べていた。可愛い子だ。
兄が地面にしがみついて何度も変なポーズを繰り返している。大丈夫か?
弟が雑貨屋の婆さんを手伝っていた。いい子だ。
兄が何もない空間に木を何度も振り回していた。大丈夫か?
弟が山の材木運びをマジックバッグで手伝っていた。偉い子だ。
――何やってんだ、兄は。
いや、最後はおそらく剣の素振りだろう。だがその前の行動が不気味すぎる。怖い。
冬も既に迫っているというのに、なぜか冷や汗が止まらないままゾッドアは作業に集中する。
外からは覗けないスリット窓を何箇所かにつける。
あの子が突然不審な奴らに襲われたりしないように。
棚の板一つ一つに丁寧にヤスリをかけ、角を丸く整える。
あの子が頭をぶつけたり、手を切ったりしないように。
湯船に傾斜をつけて浅い場所を広く取る。
あの子が湯船で溺れたりしないように。
兄と主張する護衛が満足するよう、しゃがみ込んだり背伸びをしたり、様々な角度から確認して風呂を仕上げていった。
完成品引き渡し日。
二人はものすごい勢いで村を飛び出し、数時間後にはゾッドアの下を再度訪れた。
同じ薬剤の匂いをまとい艶々に輝く笑顔の二人は、ゾッドアに溺れそうなくらいの称賛の嵐を浴びせた。
緊張しながらも、これだけ喜んでもらえたのだからと契約を提案するゾッドア。
それに対して兄は、この計画は弟のものだから弟と契約してくれと応える。
――やっぱり弟が直系貴族なのか!
冒険者の立場で契約してほしいと言われるが、二人は明らかに貴族。冒険者じゃない場合の条件付けもしっかり加える。
そういえば既に結ばれている兄の契約も同じ様式。
生産者ギルドの面々も二人がただの冒険者だなんて微塵も思っていないのだろう。
風呂の香りもものすごく良かったと絶賛した弟が、お礼にと香りの元であるポルペッタを一箱マジックバッグから出して置いていった。
なんでもラズルシード王国の国境都市にポルペッタ農園を持つ貴族がおり、部屋が埋まって困るほど大量にもらったと笑いながら言っていた。
隣国の貴重な果実を大量に貴族から届けられる存在……もう乾いた笑いしか出ない。
断るのはかえって不敬だと思い、恐縮しながら受け取る。
そうですか、剥いた後の皮は茹でて乾燥させるといいんですか。
それを刻んで菓子に入れる? 風呂にもいい? あ、紅茶にもですか。
はははは。ありがたいです。ええ、ええ、とても……。
馬車もないのに歩いて村から出ていく二人を見送り、ゾッドアはそのまま地面に崩れ落ちた。
疲れた。
しかし疲労の分、達成感もある。
これから他の貴族にも提案できるよう、仕様を職人たちと話し合おう。
そうやってゾッドアは再度気合を入れ直した。
それから半月も経たない頃、仕事に励んでいたゾッドアの下に、二人から新しい依頼と仕様書が生産者ギルドを通して届けられる。
二人の要求の数々を叶えたゾッドアは、そのうち「旅の概念を大きく変えた職人」として名を知られるようになる。
だが、彼は生涯にわたってその功績は自分のものではない、と謙虚に否定し続けたと言う。
注) ハルが地面にしがみついていた奇行は腕立て伏せです。
第ニ部第一章これで完結です。
明日からは第二章「初回攻略編」となります。
引き続きよろしくお願いします。





